「おっちゃん王国」NTG(大人になりきれないおっちゃん)のブログ -85ページ目

ココロヘン #6

ソレちゃんは、「ココロヘン」という古い絵本に出てくる空想の生物だ。

むかしむかし、とおいとおいところに、「ココロヘン」というクニがありました。
ココロヘンには、ソレちゃんがすんでいました。ソレちゃんのからだはまっしろで、まんまるです。
ソレちゃんは、まいにちまいにち、じぶんのココロをさがしていました。
ソレちゃんには、ココロがないのです・・・・・・。

ソレちゃんは、物語の中でたくさんの仲間に出合い、どうすれば自分の心を持つことができるのかを知る。それはココロヘンの神さまにお願いするという方法だった。仲間たちの協力を得て、ソレちゃんはついに神さまと出会う。ソレちゃんは神さまに自分の心を持たせてほしいとお願いするが、神さまはソレちゃんの願いをきかなかった。
ココロヘンの物語はそこで終わるのだが、その続きは絵本を見た子どもが自分たちで考えていくという内容で、ラストシーンは好きなように作ることができる。他の絵本とは少し違った無名な作品だった。
幼少時に母親に読んでもらったこの絵本の行方はわからないが、壮介はココロヘンの内容をはっきりと覚えている。
しかし、物語の続きをどうしたのか、最後がどうなったのかは、全く記憶になかった。

壮介は、ソレちゃんの存在を覚えている者が自分以外にいることに、衝撃を受けた。
「ココロヘンのソレちゃん?」
壮介からの回答に、彩花も驚いた。高揚する気持ちを出来る限り押さえ込んで、言葉を選びながらキーボードを叩く。
「そうです。よく知っていましたね。あなたのソレちゃんは、どうなりましたか?」
ココロヘンについての話題は、二人とも自分の記憶がないと告白した時点で完結してしまった。
「職業は?」
「趣味は?」
社交辞令の文章の会話でさえ、いちいち輝きを見せては、特別な意味があるように飾り立てられる。年齢が同じだということも、やりとりが盛り上がる要因の一つだった。
全世界で、二人だけしか記憶していない昔話。
特異な出会いのきっかけは、お互いの相手に対する興味を増幅せずにいられない。画面の中で繰り返される会話は、一足飛びで二人の間にあった距離を削り取る。
「電話していい?」
直の接触を呼びかけたのは、彩花のほうからだった。

壮介の古い記憶が呼び覚まされてから数時間後、二人はロキシーで現実世界での初対面を済ませていた。
「壮介君、ワニの唐揚げって、食べたことある?」
生ビールのジョッキを壮介に向けて、彩花がたずねた。
「あるよ。食べてみる?」
「食べたい、食べたい。どんな味なの?」
「普通のワニの味だよ」
壮介は店員を呼んで、ワニの唐揚げとトマトサラダを注文した。

ロキシーを出てから、二人は駅前のカフェに入った。
「うーん。やっぱり、運命かもね」
対面の壮介を妖しく見つめる彩花の頬の桃色は、少し濃くなっていた。
「そのセリフ、三回目なんだけど」
紙コップのホットコーヒーを口に運びながら、壮介は笑った。
「心配しないで。あと、五回は言うから」
彩花は、アイスティーが入ったプラスチック容器に挿されたストローを、何度も上下させている。
「壮介ってさぁ、普通にイケメンだよね。女にモテるでしょ?」
「男よりはね。彩花ちゃんこそ、それだけ美形なら男がほっとかないでしょ?」
「"彩花"でいいよ。・・・・・・。多分だけど・・・。壮介とわたしはね、同じ人種なんだと思う」
彩花のストローの動きが止まった。
「・・・・・・」
「壮介も気付いてるんでしょ?っていうか、わたしが考えてること、わかってるんでしょ?」
「・・・・・・」
(ホントに綺麗な顔してるよな、この女・・・。美人っていうのは、こういうのを言うんだろうね。女優になっても、おかしくないんじゃねえの?)
壮介は思惑を巡らせながら、上目使いで覗き込んでくる彩花の視線から目が離せない。
「健全な若い男女が、したいことをできなくなったら、わたしはこの世界で生きていたくない」
彩花は軽く笑って、アイスティーに刺さったストローにキスをするように口をつけた。

壮介と彩花は、不定期ながらも頻繁に会うようになった。会うたびに、どちらかの部屋のベッドで一緒の時間を過ごす仲だったが、恋人の関係にはならなかった。溶けあうほどに、自分たちが同じ感覚を持ち合わせた同種だと思い知る。
幾度となく相手の体を確認しあうのは、お互いの不可侵領域をミリ単位で察知しておくためだ。
どこで、誰と、なにをしようとも、それに対しては干渉しない。二人だけの暗黙のルールは、破られることはなかった。

ココロヘン #6


ココロヘン目次(クリック)