「おっちゃん王国」NTG(大人になりきれないおっちゃん)のブログ -83ページ目

ココロヘン #8

輪花に駅まで送ってもらった壮介は、切符売場に向かった。
(あれ?新しい線ができてる。だったら、ここから、めっちゃ近いじゃん)
壮介は路線図を確認して、自分の実家へ少しの時間で行くことができることを知った。
思い立って、母親の携帯電話に電話してみた。すぐに繋がった。
「もしもし、母さん・・・」
「壮介!どうしたの?なにかあったの?」
電話の向こうから、小さな子どもたちが騒いでいる様子が聞こえてくる。実の息子からの電話に驚き、不信感を抱く母親の反応に、壮介は複雑な心境だった。
「京子ちゃん、来てるの?」
「そうなのよ。マサヤとショウタも来てるわよ。どうしたの、壮介?」
一つ年上の従姉が息子兄弟を連れて、よく母親をたずねてきていることは知っていた。京子が子どもたちを叱る声が電話の向こうで響く。
(そんなに、自分の息子からの電話が珍しいのか?)
二度も電話の理由を聞かれるのがおかしくて、壮介は心の中で笑った。
「今から、そっちに行っていい?」
「自分の家に帰るのに、いいも悪いもないよ。なんか、欲しいものある?」
相変わらずだった。
自分のことを無条件で受け入れてくれる。
甘えさせてくれる選択肢を、いくつも用意してくれている。
いつも、いつでも、母親は自分の母親でいてくれる。
「ヤワラ寿司のちらし寿司。頼んでくれる?」
当たり前のように甘えることが、親孝行の一つだと、壮介は思っている。
電話の向こうでは、ヤワラ寿司の名前を聞いた将也と祥太が大喜びで先程以上に大騒ぎしていた。壮介は、無意識のうちに笑顔を作っている自分に気付いた。


母親と京子がリビングの座卓に、出前の寿司とスーパーで買ってきた天ぷらの盛り合わせを並べている。少し早い時間の夕食の用意ができるまで、壮介は子どもたちの遊び相手をしていた。
「壮介。ちらし寿司、一つ余分に頼んどいたから、持って帰りな。あとでタッパーに入れといてあげるからさ」
「ありがと」


夕食を終えて、壮介と母親と京子はインスタントコーヒーを飲んでいた。子どもたちは、テレビの前でおとなしくアニメ番組を観ている。
壮介は、スマートフォンのメールをチェックしはじめた。
理由も無く、ふと、思い出した。
「母さん。オレが小さい頃、ココロヘンっていう絵本があったの覚えてる?」
「ココロヘン?さあ・・・。どんな絵本なの」
「ソレちゃんっていう丸くて白いキャラクターが出てくるんだけど・・・」
「それ、見たよ」
思い出そうとしている母親を尻目に、京子が答えた。
「あれ、そういえば、"ココロヘン"っていうタイトルだったよね。"ソレちゃん、ソレちゃん"って言ってたから、本当の名前を忘れてたよ」
壮介は、京子の言葉を聞きながら、なんとなく違和感を感じていた。
「京子ちゃんも、子どもの頃、読んだことあるの?」
「ううん。最近は見てないけど、ちょっと前まで、ウチのチビたちが、ときどき見てたよ」
(どういうこと?あの本、京子ちゃんのものだったのか?)
壮介は目を細めて、考え込んだ。京子の言葉と自分の感覚がかみ合わず、状況がうまく飲み込めない。
「たしか、あっちの部屋にあったはずだよ。マサヤが家から勝手に持ち込んだ本に紛れてたと思う」
「!!・・・。そうなんだ・・・」
自分自身が演技力の欠落した役者になってしまったようだった。
(あの本、ずっと、ここで生きてたのか!?てっきり捨ててしまって、もう無くなってたと思い込んでた・・・)
冷静を装うフリがうまくできない。壮介はすぐさま立ち上がって、隣の部屋に早足で向かった。
リビングの隣部屋は、もともと壮介の部屋だった。現在は納屋のような扱いをされているが、壮介が使っていた家具類は昔のままの配置で保たれている。
ホームセンターで買ってきた白い三段カラーボックスを横置きにして三つ積み重ねてあるのが本棚だ。一番上のボックスには古いコミックが詰まっている。
真中と下のボックスは、背の高さも厚みもバラバラの本が、とりあえず立ち並んでいる。自分のものではない図鑑や絵本など、小さな子ども向けの本ばかりだ。
カラフルな背表紙に挟まれて、古びた雰囲気を醸し出す小さな本がある。取り出してみると、十五センチメートル角の正方形のくたびれた紙の集積物だった。表紙だったはずの表面は全て剥がされ、灰色のむき出したザラザラ紙がかろうじて本体にくっついている。
それを慎重にめくると、ソレちゃんが現れた。森の中にたたずむ白くて丸い姿を目にした瞬間、周辺の空間が完全に停止した。
壮介は、物語の中へと静かに飲み込まれていった。


ココロヘン #8


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