ココロヘン #9
HONDAの4ストロークは、甲高い音を伸びやかに響かせる。250ccの排気量は、薄いトルクを高回転で補う。
(やっぱり、バイクはオモシロイな・・・)
壮介が大学生のときに乗りはじめたオートバイは、社会人になった今も実家に置いてあり、月に二、三度は乗ることにしている。昨夜、壮介は実家に泊まり、翌朝自分の部屋に戻り、持ち帰ったヤワラ寿司のちらし寿司を食べた。
直線と緩やかなカーブだけのバイパス。青い燃料タンクに日の光を輝かせて、壮介が操るオートバイは、島村彩花のいる場所へ向かって走り続ける。
「彩花!とんでもないものが、見つかったよ」
昨夜、実家の部屋で"ココロヘン"を読み終えた壮介は、外へ飛び出して、興奮しながら島村彩花に電話を入れた。
「ナニナニ?誰かの死体でも出てきたの?」
壮介の昂ったテンションに、すぐさま応える彩花。
「オレの家にあったんだよ。オレの実家に!オレの部屋の本棚で生きてたんだよ!」
「・・・・・・。!!。もしかして、ソレちゃん!?」
彩花は、直感でたずねた。
「そうなんだ。今、オレの目の前に、"ココロヘン"があるんだよ!スゴくないか!?」
「スゴイ!スゴイ!マジで、驚きだよ。奇跡じゃん」
今度は演技でなく、彩花は本気で驚いた。
「壮介、次に会うとき、持ってきてよ」
「ああ、そのつもりだよ。っていうか、明日なんか、どう?」
「明日か・・・。よし!明日は、会社を休もう!」
「えっ、マジ?夜にでも、そっちに行こうと思ってたんだけど」
「いやいや。このテンションのまま、早く読みたいんだよ、わたしは。あっ、そうだ!ソレちゃんの最後は、どうなってる?」
壮介は、薄暗い空のぼんやりした半月を眺めた。
「それがさぁ・・・。誰が描いたのかわからないんだけど、あの続きが書かれてあるんだ・・・・・・」
バイパスを降りた青いオートバイは、二車線道路をキビキビと走る。平日の昼にも関わらず、交通量は程良く、壮介はストレスなくアクセルをあけることができた。
(十二時ジャスト・・・。あと、十分ぐらいだな・・・)
黒いフルフェイスヘルメットのバイザー越しに、企業ビルの電光表示の時刻を確認した。
(ココロヘンの続きを見たら、彩花のヤツ、なんて言うかな?それにしても、誰があの続きを書いたんだろ?)
背中に回した黒革のボディバッグに入っている絵本のことが、昨日から気になって仕方ない。母親と従姉の京子にきいてみたが、二人とも知らないと言っている。続きを記した文字は、明らかに女の手によるものだったが、念のため夜中に帰ってきた父親にも聞いてみた。やはり、答えは同じだった。
左車線を走る壮介のすぐ前の右車線に、黒いタクシーがいる。そのタクシーは、方向指示器を出さずに左へ車線変更をはじめた。壮介の前方は空いており、走行車はかなり先までいない。最後に左折しなければならない交差点には、まだ距離がある。スピードをあげてタクシーの前に出ようか一瞬迷ったが、壮介はタクシーの後ろを走ることにした。
壮介の目前で、タクシーのブレーキランプが光った。つられて、壮介もブレーキをかけた。タクシーの減速が、壮介の予測よりきつい。急ブレーキに近い。
壮介は、思わずクラクションを鳴らして、タクシーをかわそうと車体を右に傾けた。
タクシーの運転手は、ルームミラーの端に写るオートバイの存在に初めて気付いた。驚いた運転手は、ブレーキペダルを更に強く踏み込んだ。
「マジかよ!?」
壮介は、ヘルメットの中で叫んだ。右手の中にあるブレーキレバーは、これ以上握りしめることができない。
青いオートバイのフロントタイヤは、ロックしたまま、タクシーの後部バンパー右に激突した。
凶暴な物理エネルギーが、跳ね上がるオートバイから人間を引き離しにかかる。あまりにも自然に、しなやかな螺旋が、斜め上空に描かれていく。
逆さまになった世界の中で、壮介は大型トラックの運転手が何かを叫ぶ表情を確認した。
「母さん、ごめん!」
声を出すことができたのか、自分でもわからない。壮介は、黒革のボディバッグごしに、アスファルトの硬さを背中に感じた。
さっきまで青いオートバイだったものが、ヘッドライトが割れたトラックの前に横たわる。大きなリアタイヤのすぐそばでは、黒いヘルメットを付けた物体が、ぐったりと寝そべっている。物体の中心付近は勢いよく破裂したらしく、そこから溢れ出る薄紅色の光沢をたたえた細長い弾力が、渇いたアスファルトの上でみずみずしい。
ベルトが千切れたボディバッグが道路脇の背の低い植木に刺さっている。
何も動かない白昼の景色のなかで、物体から漏れる新鮮な赤い液体だけが、静かに面積を広げていた。
(やっぱり、バイクはオモシロイな・・・)
壮介が大学生のときに乗りはじめたオートバイは、社会人になった今も実家に置いてあり、月に二、三度は乗ることにしている。昨夜、壮介は実家に泊まり、翌朝自分の部屋に戻り、持ち帰ったヤワラ寿司のちらし寿司を食べた。
直線と緩やかなカーブだけのバイパス。青い燃料タンクに日の光を輝かせて、壮介が操るオートバイは、島村彩花のいる場所へ向かって走り続ける。
「彩花!とんでもないものが、見つかったよ」
昨夜、実家の部屋で"ココロヘン"を読み終えた壮介は、外へ飛び出して、興奮しながら島村彩花に電話を入れた。
「ナニナニ?誰かの死体でも出てきたの?」
壮介の昂ったテンションに、すぐさま応える彩花。
「オレの家にあったんだよ。オレの実家に!オレの部屋の本棚で生きてたんだよ!」
「・・・・・・。!!。もしかして、ソレちゃん!?」
彩花は、直感でたずねた。
「そうなんだ。今、オレの目の前に、"ココロヘン"があるんだよ!スゴくないか!?」
「スゴイ!スゴイ!マジで、驚きだよ。奇跡じゃん」
今度は演技でなく、彩花は本気で驚いた。
「壮介、次に会うとき、持ってきてよ」
「ああ、そのつもりだよ。っていうか、明日なんか、どう?」
「明日か・・・。よし!明日は、会社を休もう!」
「えっ、マジ?夜にでも、そっちに行こうと思ってたんだけど」
「いやいや。このテンションのまま、早く読みたいんだよ、わたしは。あっ、そうだ!ソレちゃんの最後は、どうなってる?」
壮介は、薄暗い空のぼんやりした半月を眺めた。
「それがさぁ・・・。誰が描いたのかわからないんだけど、あの続きが書かれてあるんだ・・・・・・」
バイパスを降りた青いオートバイは、二車線道路をキビキビと走る。平日の昼にも関わらず、交通量は程良く、壮介はストレスなくアクセルをあけることができた。
(十二時ジャスト・・・。あと、十分ぐらいだな・・・)
黒いフルフェイスヘルメットのバイザー越しに、企業ビルの電光表示の時刻を確認した。
(ココロヘンの続きを見たら、彩花のヤツ、なんて言うかな?それにしても、誰があの続きを書いたんだろ?)
背中に回した黒革のボディバッグに入っている絵本のことが、昨日から気になって仕方ない。母親と従姉の京子にきいてみたが、二人とも知らないと言っている。続きを記した文字は、明らかに女の手によるものだったが、念のため夜中に帰ってきた父親にも聞いてみた。やはり、答えは同じだった。
左車線を走る壮介のすぐ前の右車線に、黒いタクシーがいる。そのタクシーは、方向指示器を出さずに左へ車線変更をはじめた。壮介の前方は空いており、走行車はかなり先までいない。最後に左折しなければならない交差点には、まだ距離がある。スピードをあげてタクシーの前に出ようか一瞬迷ったが、壮介はタクシーの後ろを走ることにした。
壮介の目前で、タクシーのブレーキランプが光った。つられて、壮介もブレーキをかけた。タクシーの減速が、壮介の予測よりきつい。急ブレーキに近い。
壮介は、思わずクラクションを鳴らして、タクシーをかわそうと車体を右に傾けた。
タクシーの運転手は、ルームミラーの端に写るオートバイの存在に初めて気付いた。驚いた運転手は、ブレーキペダルを更に強く踏み込んだ。
「マジかよ!?」
壮介は、ヘルメットの中で叫んだ。右手の中にあるブレーキレバーは、これ以上握りしめることができない。
青いオートバイのフロントタイヤは、ロックしたまま、タクシーの後部バンパー右に激突した。
凶暴な物理エネルギーが、跳ね上がるオートバイから人間を引き離しにかかる。あまりにも自然に、しなやかな螺旋が、斜め上空に描かれていく。
逆さまになった世界の中で、壮介は大型トラックの運転手が何かを叫ぶ表情を確認した。
「母さん、ごめん!」
声を出すことができたのか、自分でもわからない。壮介は、黒革のボディバッグごしに、アスファルトの硬さを背中に感じた。
さっきまで青いオートバイだったものが、ヘッドライトが割れたトラックの前に横たわる。大きなリアタイヤのすぐそばでは、黒いヘルメットを付けた物体が、ぐったりと寝そべっている。物体の中心付近は勢いよく破裂したらしく、そこから溢れ出る薄紅色の光沢をたたえた細長い弾力が、渇いたアスファルトの上でみずみずしい。
ベルトが千切れたボディバッグが道路脇の背の低い植木に刺さっている。
何も動かない白昼の景色のなかで、物体から漏れる新鮮な赤い液体だけが、静かに面積を広げていた。
ココロヘン #9