遊ぶ・楽しむ・感じる・悲しむ・悩む・気づく・・・・生きて経験することはすべて宝、宝満載の宝船は私。デコデコに盛った宝船は今日もゆっくり航海中。
今日も着物で作業である。随分余裕こいてるな、と思われそうだけど寒くなくて、体が苦しくないって結局着物なんだよね。着物が1番体が楽なんだよねぇ。楽に着たいから紐類は腰紐(ゴムベルト)とはだけ防止のコーリンベルトしか使わない。帯も省略しようと思ったが、帯がある方が断然暖かいので半幅帯で簡単に侍結び。多分洋装でスースーするのの対策は腹巻だろうな、とこの体感から推察されます。実際、ドロドロになるから洋装の作業着を着ているとお腹周りが寒くて、ウールのマフラーを帯みたいに巻いたりした。これがウール100%のゴム編みの毛糸なら、ってそれは腹巻じゃん!と。腹巻って昔ながらの日本人の体の欲求からできたのかしら。この着物は母方の祖母の遺品で、厚地の、ネルみたいな感じのウール。袖やおはしょりで隠れる部分が継いで仕立ててあるから本当の普段着、惜しみなく作業着にする。
久々着物の話題。寒過ぎ対策と先日何気なく着た頂き物の紬が快適すぎるため、着物で作業を復活させた。すでにお出かけには普通に洋装ミックスの着物か自作の2部式着物なので今更記録していないのだが、作業着にも着物、とこだわっていたのは何年か前まで、多分信楽に居て大きい作品を制作する時に途切れたのだと思う。作業着にはウールか綿、と思っていたんだがもはやウールは100%でも単なんで寒いのだ。絹100%で労働する豊かさを体験できる有り難さ。ヒートテック系下着に綿のタートル、足元はあったかレギンスと厚い靴下、自作の絹の短め腰巻と短めモスリン長襦袢、紬の袷、多分合繊の半幅帯は今日初めてトライした侍結び(キリッとしていて良い)。作業には襷と大きめのエプロンで対応。ドロドロや粉まみれになる作業の時はさすがに着替えます。とにかく着物は暖かい。それから自分で着るから紐などを極力省略したり緩めているからすごーく楽。そして寒さ対策以上に、洋装でいるよりなんでだかすごく身体が楽。こういうことについて書かれた本も確か持っていたっけ。日本の家屋は夏を旨とせよ、だそうだが多分対になって日本の衣服は冬を旨とせよ、なんではないかと思ったりして。(「家のつくりようは夏をむねとすべし」って「徒然草55段」からだったのね。そちらには冬は着込め、くらいしか衣類の言及はない。洋装がなかったから当たり前か)地味過ぎるのをちょっとポップな帯が救う。襷と前掛け。割烹着は?と言われるがあれは腕の機動性が落ちるから嫌いなんだ。この着物は義兄のお母様のお下がり。初めて着た日に帰ってきたらそのまま寝っ転がりたくなるくらい気楽な着心地。絹だから、と「大切にする」より着心地が良くて気分が良くなるから「愛用する」を選択。
冬至明け初めて見た夢。夢だからね、そこんとこ夜露四苦。大好きな滋賀県信楽の陶芸の森の研修施設に来ている。信楽の若い友人で作品が海外に最近バンバン売れ始めたKちゃんと再会、彼女の窯に作品を入れてもらったらしい。自分も窯詰をしに来たみたいだが、陶芸の森の施設が原型を留めないほど新しくなっている。まず入り口が高層ビルで、エントランスから入ると(汐留のパナソニック美術館のあるパナソニックの本社みたいな回転ドアだった)果てしなく高いぶち抜きのエレベーターホールがあり、どこだかわからないほど高い天井から涙形の空洞のガラスが吊り下がっており、これが私の作品、私が置いて行ったものを「使わせてもらった」のだ、とか。そう紹介してくれたのは信楽で凄くお世話になっているSさん。でも自分の作風では全くないし、自分も「ふーん?」みたいに聞いている。エレベーターホールは艶のある、マホガニーみたいな木でクラシックな感じに作ってあり門番さんか執事さんみたいなビシッとスーツを着た白髪のおじ様(西洋人)もいました。エレベーターで移動して降りるといきなり陶芸の森の研修館となっていたようで、リニューアルされて真っ白な広い廊下をずんずん進むと両脇に窯の部屋や出てきた作品を置くガラス戸付きの飾り棚が出てくる。自分が使うらしい窯のある部屋をちらっと確認したり、ガラスケースの中にある作品を見たり。Kちゃんが現れて自分の窯から出てきた私の作品を示すが、鶴首の壺で人工的な黄緑色のカエルちゃんみたいな釉薬が上の方から一部土を残しながらかかっている。釉薬は不透明で粘りがあり、まるでケーキにたっぷりアイシングをかけた感じにそっくり。土もそういえばスポンジケーキそのもの、という全く自分のリアルの作品とは違うもの。Kちゃんとの再会を喜んでいたら、奥から予備校時代からの友人で武蔵美油絵科卒、趣味の陶芸教室から瀬戸の窯業訓練校を経て器の作家になったIちゃんが現れる。彼女も陶芸の森に研修にきていたみたい。再会を喜んでいたら「Tさんも来ているよ」と言われる。Tさん、は、リアルでは女子美の版画科に行って東京で少しデザイナーをして今は故郷の神戸に帰っている人。ここでは自然に陶芸家らしい。と、奥からそのTさんが現れる。予備校時代そのままのおかっぱにサロペット姿。「私、大賞取ったんよ〜、見てくれた?」と嬉しそうに言う。夢の中では彼女は信楽伝統の大壺を作る作家になっていて、直径1.5mもありそうな自然釉のかかった大壺で何かグランプリを取ったのだ。ガラス張りの明るい展示会場みたいなところで燦々と日を浴びたその大壺を見た記憶がある、と頭の中に浮かんだ。「今、ここで展示してるの?」と訊くと陶芸の森の実際の施設「産業資料館」(という地元の窯のショールームスペースがたくさん入った立派な展示館)に展示してある、と。後で絶対見に行くね、と笑顔で一旦別れてさらに進むと、窯道具(窯の中に組む棚板や突棒など)がたくさん置いてある場所に行く。そこで大学院時代のインドからの留学生ラディカに会う。(彼女はリアルでは制作でなくインド陶芸の歴史の研究者として大学教授になっている)「日本に来てたの〜!」「タコチャンも来たの〜?」と英語で話しながら再会を両手を恋人繋ぎにして喜び合う。作業の途中みたいだから「また後でゆっくり」と一度別れてなお奥に進むと、奥から黒猫の子猫が走り出て来る。あれあれ、可愛い🩷と目で追うと先程のTさんが現れて子猫を捕まえて「迷い込んできたからみんなで飼う」のだ、と言う。Tさんが楽しい思いつきを話す時によくしていた話終わってから目をキラキラさせて高い鼻からフーン、と息を出して笑う笑顔を久々に見る。作家達の休憩所みたいなところに行き、数人居る外国人の作家に英語で挨拶したりしているうちにお腹が空いたのに気がつく。スタッフらしい黒眼鏡の男の子に「1番近いコンビニってあの交差点渡ったところのローソン?」と訊くとそうだ、と言うので外に出てそこを目指す。(リアルでは徒歩で買い物に行くのはやや大変な距離、行けるけど)そのローソンを目指したつもりが、何故か街並みが渋谷と松濤の境目の東急本店と文化村があるあたりになっている。「あれ、昔の記憶だけで歩いて来たらやっぱり間違ったかな」と思うが、うろうろしてセブンかヤマザキみたいな赤系のロゴのお店に入る。コンビニで買い物した気がするが、その辺りまでしか憶えていない。こんな夢。陶芸の森は実際の施設だけど、汐留パナソニックのエントランスだのマホガニーのエレベーターホールだのリニューアルされて発光しているみたいな白い空間でどこまでも続く広くて明るい施設、は全くリアルとは違う。よく拉致された宇宙船の中が白く発光しているような壁、と読むけど、そんな感じ。マホガニーのエレベーターホールは実は今までも夢にちょこちょこ出て来ている。次元を移動するエレベーターなのかもしれない。予備校時代の友人達・信楽の友人・大学院時代仲良くしたラディカ、、みんな活気に満ちて張り切って活動していて、そんな友人達とキャーキャー再会を喜んでとても楽しい夢だった。陶芸の森を出ると松濤になってしまうのはなんでだろう。今、東急本店って建て替えで無くなってるのだっけ?山梨県大月市の若てぃだ(冬至明けの太陽)。9時くらいで全然早朝じゃないけど、早朝だとお日様そのものが山蔭に隠れてて撮れない。すっごい寒そうだけど綺麗な風景に撮れたね。
祝冬至!一陽来復!!昨日21日は我慢できなくて最終日閉廊1時間前に自由が丘のgallery21yo-jの青木野枝さんの個展に山梨から突撃。移動片道2時間で在廊20分くらい、でも本当に行って良かった!自由が丘駅から歩く道筋も古き良き、と言いたくなるようなインバウンドの垢がついていない真っ当なお洒落商店街とザ・世田谷な閑静な住宅街が楽しく、冬至前日の暮れるのがあまりにも早い夕暮れも味わい深く。2日続けて4時起きで朝パートして、昨日は帰って昼風呂使ってお昼食べていたら寝落ちしてしまいそうになった。このまま一度寝て起きてから仕事しようか、と思ったらFBでこの展示に行った方の投稿が流れてきて、「今日最終日」と。眠気で船漕いでいるなら出かけちまえ、と決断して支度して出かけたのは午後2時。展示の現場にいられたのは20分くらいだったけど、仮眠して作業ちょっとだけするよりずっと実りあった。出かけたのが祟り今日は覚醒しながらも身体の動きがめちゃ悪で、起きて日拝して呼吸法3種と体操したところでグダグダして11時になってしまっだけど後悔はなし。一昨日は切腹ピストルズの街頭ライブを美眉毛美女2人にお誘い頂いていたのだが、出かけると回復に次の日使ってしまうからやっぱり土曜日のお出かけは厳しいな。でも誘ってくれてありがとう。毎年恒例の自分の産土様、早稲田の穴八幡宮、埼玉氷川神社、(女體神社含む)へのお参りは出遅れたからまた改めて。早朝から動かないと回りきれないし冬至の穴八幡宮は流石に混みすぎてもう苦手だからね。
く家事をしながらYouTubeをながしていて、出てきた動画。いにしえの2ちゃんねる書き込みの発掘動画みたい。- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be曰く、病気が治らないのは「治そう」という脳へのオーダーミス「良くなった」「良くなってきている」などの過去形や現在進行形でいろ病気は今の自分の生き方が本来の自分とズレているから起こる身体からの警告病気でいることで得る得を手放せ過去の思い込み、過去の出来事は「◯◯というぃ思い込みがありましたが手放せました、お•し•ま•い。」という呪文で手放せ等々 昔からよく言われている病気のメカニズムを解りやすく解説していて良いです。このイッチはプロの治療家かカウンセラーか、とにかく脳の思い込みを解放させてクライアントを治す人みたいで実感があります。昔の2ちゃんねるはある程度ちゃんと伝えたいものがある人が降臨する場合が多く、発掘する側も職人的な人が多かったから良情報が今より多いかも。それから私がある意味精神世界古参になったから当時は眉唾で読んでいた情報を「何を今更」みたいに自然に受け取れるようにはなっているということもある。そーなのよ。私の脚がどんどん痛く悪くなっていったのはビジネスホテルの朝パートを始めてからなんだわよ。はいはい、私のようなちゃんとしたゲージツカがやる仕事じゃないよね。確かにそう。ちゃんと来年春には辞めるから(今辞めたって良いが人員不足で現場に悪い)。教える仕事は好きで向いているとは思ってるけど、それも強制終了になったのは多分もっとグレード高い場所が合ってるからなんだ、わかってる。来春には新しい場所に動くからね。うっかりクリームソーダと日の丸の旗にやられて頼んだ炭水化物祭りのプレート。サフランライスにハヤシとオム、ナポリタンという、、。ハヤシはお肉がゴロゴロ、オムライスの半熟オムレツは素晴らしく、ナポリタンは見た目よりずっと量が多くてなかなか食べるの大変でした。これにサラダと副菜とデザートのバイキングがついてデザートコーナーではセルフでプリンアラモードが作れて楽しかった!(いくらかは奢られたのでわかんないのだ。Pさん、多謝!!)このオムライスを食べてからうちで半熟オムレツタイプのオムライスを急に上手く作れるようになりました。😊
泣きたいほど痛くて杖を買おうと思った脚の痛みが不思議な治療院に行きつつ自分で体操をしたりもしていたら、通院4回1か月でほとんど軽減した話を書いています。11月14日に初診を受けに行ったのは個展が始まるまではどうしても時間が取れなかったから、そして11月15日から2泊3日で奈良と神戸に友人と旅行に行くため脚の痛みを少しでも取りたかったから。確かに初診後旅行を終わらせるくらいまでは結構脚はもってくれたのですよ。(痛いけど歩ける、という程度の痛みで一緒に行った友人も結構足弱だったので歩くペースも気を使ってくれたことも大きい)でも、やっぱり朝パート4時間半×2日と陶芸指導で1日立ちっぱなし歩きっぱなし&1日東京の雑踏の中、という労働の3日を過ぎると痛みはぶり返してくる。そこに旅行やおでかけなどで休養を取らずにさらに脚を酷使すると、さらに悪くなる。おでかけも奈良と神戸の旅行、神保町で古書街散策と羊料理呑み、今回の熱海旅行、と毎週続きました。個展会期前後の体の酷使と自分の気持ちにはご褒美だけど体には負担をかけるおでかけ3回、やっぱりいくら「浜のジョージ」先生が頑張ってくださっても追いつかなかったんだと今となってはわかります。熱海旅行の前日にはなぜだか痛みが右足の裏の小指側土踏まずの後方、という一点に激しい痛みが出てしまい、まともに足を着いて歩くこともできず、切実に杖の購入を考えました。そう思ったものの次の日早朝からの出発となり、さらに杖ってどこで売っているのかも知らないために何とかごまかしながら出かけて行ったのでした。木曜日の熱海旅行では最初からもうPさんに「元気だけどとにかく脚が痛いので長く歩くようなことはすべてできない」伝えておき、ランチを楽しく食べて温泉のはしごという楽々プラン。その日はテーラワーダのお寺に泊まって、私は5時からのヴィパッサナー瞑想をお寺の修行者さんや庵主様と一緒に座るのを楽しみにしていて就寝時間もなんと20時だったのに、寝過ごして翌朝は7時半の朝ごはんにやっと間に合うような始末。それほど右足をかばって歩くことが体力を削いでいたのだと思います。熱海ではお寺の作務を少し手伝って、サンビーチで裸足になって砂上を歩いて海水に脚をつけてアーシング。つらい坂道を登り切って駅前で足湯を使って休憩、もうそれだけで熱海を後にしました。横浜で途中下車して横浜県立美術館の付属ギャラリーでやっている展示を見る計画も中止して、ひたすら白楽の不思議な治療院へ急ぎます。治療院に行って大先生の「浜のジョージ」と顔が合うと「おっ?来たか?今日はどうした??」とかる~~いご挨拶。(好き)「右足と右の歯茎がぁ」と言いかけるとかぶせるように「ああ、右足と歯だねぇ」と言ってさっさと診断を始めます。今回はとにかくアルファベットと数字を呪文みたいに唱えて横の一番弟子らしいイガグリ頭で裸足に雪駄(ここの治療院の人は全員裸足に雪駄)のガタイの良い方に伝えて、その彼が気を飛ばすみたいなことをしてくださる。で、まず最初にその場で右の歯茎がたぶん疲れがたまったせいで腫れあがっていたのは痛みが取れた。右足の裏のかかとの前のひどい痛みは「ひどい痛み」から「痛みがあるな」くらいに軽減。おお。その後白楽の六角橋商店街のこだわりの珈琲専門店で長居をして山梨に帰宅。でもその日のうちに脚の痛みはぶり返してしまったので明けた土曜の朝にダメ元で痛いところにお灸をして、何とかごまかして朝パートに行きました。この日はパートから帰ったら何もできないくらい疲れて脚も痛み、塩化マグネシウム入りのお風呂に即座に入って昼前から「うるせー、バーカ!」と誰にともなく吠えてお風呂上りにホールのカマンベールチーズとデニッシュ生地に白砂糖のアイシングがかかったロングセラーの菓子パン「ミニスナックゴールド」を肴に微アルコールビールを2本と赤ワイン三分の二を飲んでその後爆睡。まぁ、やっちまいました。翌日・日曜日の朝も4時起きで20分の体操をして3種類の呼吸法を各5分して鬼軍曹のいる朝パートに出かけます。比較的お客様もばらばらに来て体のダメージの少ない日ではあったものの、思うところあって土曜に続き昼風呂に入って軽い肴で軽くアルコールを嗜んでそのまままた寝てしまいました。連続二日、半日廃人状態。そうしたら、本日朝目覚めたら右のかかとのあの酷い痛みが!消えているじゃあーりませんかぁぁぁぁぁぁあ!!!正直、まだ今度は腿の裏とか会陰の両脇とかの痛みが残っているんですよ。でもそれは最高時の痛みを10としたら2か1くらいのもので、痛みの残滓みたいなものなのです。それ、ほぼほぼ痛みがなくなったようなもんじゃないですか。つまりこの成果は「不思議な治療院の治療」+毎日のnobu先生の体操と西式の運動3種+しっかりした休養の3つがちゃんとそろったから現れたんだと思います。特に、休養大切。これは本当に心に刻みます。そして今日家の中で歩いたり立ったりしているときに気が付いたのだけれど、その痛みは「姿勢を正す」と痛まなくなる、のです。その痛みをなくすポーズとは 両足の足指を握り、両手の親指以外の指を感情線の上に爪の跡が付きそうになるほどしっかり握り、その上に親指を添えて握った指の方を正面に向けて、顎を引いて体の重心を後ろ側に近く置いて、胸を開いて立つ。これ、以前拙ブログで紹介した「丹田を強化する立ち方」ってやつです。たぶん、私は自分が思っている以上に前のめりになって普段立っているんだと思う。それが腰に負担をかけて、そこからどんどん他に歪みが波及していって、あの泣きたいほど痛い脚の痛みまでつながったんじゃないかと。ということで今回ばかりは本当に、朝に20分必ず体のメンテナンスの体操をすることを続けていこうと思っています。今さっき過去ブログを見返したら毎日nobu先生の運動と西式の体操をする、ってもう3月くらいに書いているんだよね。それを多分夏ぐらいから個展の作品のことで頭がいっぱいになって余裕をなくしてやらなくなった。でも今回ばかりはあの泣くほど痛い痛みをもう二度と絶対に経験したくないので真面目に続けます。いつの間にやら腰痛が無くなっていたように、今回も必ず克服してみせますよ。あ・呼吸法と物部メソッドの発声も続いています!物部メソッドに今年であえたことはかなり良かった、と思うので、その話もまたいつか書きましょう。ニューアカオといえばこのボールルーム。ここで貸衣装付きで踊るイベントをやってくれるなら社交ダンス習う気はあるぜ。
前の記事の続きです。熱海旅行の帰りに共通の友人の紹介で行き始めた「白楽の不思議な治療院」に二人で行くことにした私とPさん。この白楽の不思議な治療院はまぁとにかく不思議。治療法は律動法・半身症候鍼灸法というもので、治療者は患者から2mくらい離れたところでなにやら目視でこちらの体をサーチして、手をなんか縦に雑巾でも絞るような動きをさせながら、横にいる助手さんにぶつぶつアルファベットと数字が組み合わさった単語を伝えて、時々聞き取れる日本語で「‥‥肝臓」とか「左足の内転」とか呟く。最初に診てもらった後にいただいた小冊子によると「筋肉反射テストの結果の診断で『生命エネルギー』によって作った見えない鍼を特定のツボに打つ」ことで即座に症状を好転させる、と。実際、初めて別の友人Yさんに連れてきてもらった時には私はYさんにも確認してもらった背骨の左側への大きな湾曲をその一切触らない治療でまっすぐに治してもらったのでした。その最初の治療の後、私を横から見たYさんが「こんなにまっすぐ立ってるたこさん見たの初めて!!」と言って真横からの写真をとってくれたくらい。最初の治療の時から私はとうとう我慢も工夫も限界にきた脚の痛みをどうにかして欲しくて行ったのですが、最初の治療で治されたのはあくまでも背骨、体全体を整えること。それでもその日一日くらいは泣きたいほど痛かった脚の痛み、会陰の両脇の脚の内側の付け根の痛みは「その時は」確かに消えてなくなったのでした。しかしこの療法、即効性がある反面、その直接的な効果の持続力が短いんであります。金曜日に治療を受けて痛みを取ってもらい、しかし土日にまた朝パートで脚をこき使い痛みが復活してきて、水曜日に一日立って過ぎしてさらに悪化させて、また半泣きで金曜日に来院する。最初に来院したときに「治療効果を高めるために最初は1週間に一回程度は来てください」と言われたのを結構真面目に守っののです。それを3週繰り返して自分で解ったのは、○痛みを作った原因は自分の長い間の姿勢や生活態度の集積なので、一度や二度の治療で完治はあり得ない○治療院で取ってもらった痛みがぶり返すとはいえ、それは一番痛かった時の痛みとは違う。少しずつでも軽減はされている○ぶり返す痛みは、脚が悪くなった段階を逆回転させるように痛くなった箇所が動いていく→つまり薄紙をはがすようにでも、良くなってるということ。つまり、通院しつつ自分の脚が悪くなっている根本の原因(内転筋や体幹が弱い)を補う体操などをしてそこを底上げしていけばいつかは治る!そこで12月9日に上げた記事のように朝に20分くらい時間を取ってnobu先生の体操と西式甲田療法の体操とイチロー式のスクワットを積み上げる運びとなったわけ。始めてどのくらいになるかな?たぶん12月のはじめくらいから真面目に取り組み始めたのだと思います。で、それが今日12月15日朝、ほとんど痛くなくなった!治療に行き始めたのが11月14日、そこから4回通院して約一か月です。また長くなってしまったから切ります。白楽の不思議な治療院のHPは以下に貼ります。初めて受診したい方はHPを熟読して、さらにHPのお問い合わせフォームに必ず書き込んで予約を取ってから受診してください。初診5500円、以降受診料3300円というこういう治療院としては破格の安さです。そしてこの治療は自分の自己治癒能力があなたを治す、というもので、「浜のジョージ」先生はそのきっかけを刺激するに過ぎない、と先生自身もおっしゃっているため、治療に対してノリが良い方、こういう治療に懐疑的でない方の方が効くと私は思います。その辺は自己判断でお願い申し上げます。アクセス・料金 | 横浜 白楽 整体 カイロプラクティック 律動法「気・ありす治療院」横浜の白楽にある「気・ありす療法院」です。従来の整体やカイロプラクティックで治せなかった疾患に対して、「律動法」を用いて原因不明な難病に対しても高い効果を上げております。www.ki-alice.comニューアカオのダイニング•錦。夜に昭和のキャバレーみたいなイベントやってくれないかな?ぜったい行くけど。
く前回の記事を上げてから1週間もたっていないわけですが。完治とは言わないんですが、なんと脚の痛みがかなり良くなってまいりました。この前の記事を上げてから水曜日に東京の生涯学習講座で陶芸指導を2時間×2、通勤に1時間半、授業の前の自主早出に1時間、その日は一緒に指導をしている同僚の陶芸家さんのグループ展に顔を出す義理もあったので帰宅は結局夜の21時を超え、水曜日は早朝からフル回転。指導で立ちっぱなしになると脚の状態が極端に悪くなるので、帰ってくるときには手すりにつかまりながら階段の上り下りをして、10歩歩いては立ち止まって腰を揺らしたりして脚の痛みを散らしてからまた10歩進む、というような有様。水曜日の夜はさすがに杖を買ったほうがいいのではないか?という気持ちになりました。明けて木曜日は友人に招待されて熱海旅行へ。「私は今年クリエイティブなことを何もしていないから応援の意味もあって」と、交通費とランチ&イベント代をその友人がおごってくれました。なに?天使なの?神なの??行ったのは昭和の狂ったゴージャス空間を今も大切にしているホテルニューアカオのランチと入浴のセット。深紅の花柄の絨毯、燦然と輝くシャンデリヤ、3階分ぶち抜きの大ガラス窓から見渡せる波しぶき。もう昭和のアブラギッシュなオヤジたちの夢の凝縮のような空間で「昭和レトロ特集」という言葉に騙されてオムライス・ハヤシライス・ナポリタンの盛り合わせというよく考えたら炭水化物祭りのプレートを頼んでしまっていましたが、悔いはない。アカオの海辺であることを売りにした大浴場を二つ梯子して、夜は友人の伝手で古代仏教、日本テーラワーダ協会のお寺に泊めていた抱き、心安らかに就寝。(朝の瞑想と勤行は私は寝坊してしまって不参加、それほど脚の具合が悪かったりもしたのです)サバサバしつつ可愛らしい庵主さんのお手伝いをして、「そうだアーシングしよう」ということで熱海の公共のビーチ「サンビーチ」で裸足になって砂と海水に脚を浸してアーシング。頑張って歩いて熱海駅まで行ってしばらく駅前の足湯で休憩、その後横浜経由で「白楽の不思議な治療院」に二人で来訪。前回の投稿にも出てきた「白楽の不思議な治療院」である。(ここからが今回の本題)熱海に行った友人Pさんと私は共通の友人Yさんにこの治療院を紹介されて、時期は別々だか通院している間柄でもあります。私の脚があまりにも酷いのと熱海へ連れて行ってくれたPさんは「しばらくご無沙汰」というので、では熱海の帰りに一緒に行こう!という流れになりました。ちょっと長くなったのでここで切って次に続けます。ニュー ア•カ•オ♪
私が脚が悪くなってしまった話はあちこちに書き散らかしている。前も作業に追われて運動も散歩もしなくなったら脚が前に出なくなり搬入の日から杖をついたりしたが、今回は内股の足の付け根、会陰の両脇あたりが泣きたいほど痛くなり痛すぎて踏ん張れないし脚も動かない、という症状。朝パートで合わない靴を履いて4時間半歩きっぱなしでいたら酷い外反拇趾になってきて「あれ?」と思っているうちに急転直下に悪くなった。学生の頃から腰痛に悩まされて整体院だの色々な療法に行って私がわかったのは、結局自分の筋肉を育てない限り結局また同じ、ということ。腰痛、股関節痛、膝痛は結局は整体等でなくYouTube で見つけた元力士のNobu先生という方の簡単すぎる運動で撃退できた。だから今回もまずは痛みを白楽の不思議な治療院でまず取ってもらい(その場で嘘みたいに痛みが取れるが効果は1日)、痛みが軽減している時を見計らって衰えている筋肉をつけて身体のバランスを整える体操をすること。嫌んなるくらい地道。目下やっているのは朝20分くらい時間を取りnobu 先生の動画の運動をして、イチロー式のスクワットをして、西式甲田療法の体操3種をすること。痛みの原因は体幹と内転筋と足首の狂いだな、と段々わかってきたら、それらを整えるのはもう長いことうっすら続けている西式の体操だったことに気がついて、「青い鳥」の話みたいだな、と思ったりする。動画は3年前の信楽で西式の毛管運動をする俺様。この運動が実はとても苦手なんだが苦手=最も弱いところ、必要な運動、なんだよね。ちょっと動画のため息がデカいので無音推奨。
あれ、前の投稿って9月だったんですね。9月のこのひとつ前の投稿は「自分の制作にちゃんと新たな指針が見つかった」と高揚している記事で。ところがこの高揚感で自分が幻視した新しい作品が、水のきらめき的なもので。陶芸生活35年、私は釉薬というものを使って制作していたのは本当の最初の2,3年。それを30年ぶりに釉薬を使おう!ということで釉のテストを繰り返し、今までと全く違う造形を作ってみて10月のグループ展向けの作品は釉薬の大失敗で急遽旧作を提出。11月の個展に何とか滑り込みで作った新作群はギャラリーオーナーに「今までの作風と違いすぎる」と全面拒否をされて展示してもらえず、自分が持っている旧作をかき集めて正式搬入の次の日に搬入をやり直し、という私には大変に不本意な展示となりました。とはいえなんたって私ですから(謎)旧作だろうが売れ残りだろうが作品のクオリティは大変に高いので、私の作品を初めてみるとか久しぶりに見るとかいう方々には大変に好評で小品の何点がはご縁も付きギャラリーに損害も負わせずに私もお正月を無事迎えるくらいの収入にはなりまして結果良ければすべて良し、みたいな展示となりました。もうなんかいろいろ考えたよ。工芸系のギャラリーで企画展をすることの制約とか作家が思うほどギャラリーは作家の進歩を望んでないんだなとかそもそも私の新作っていうののクオリティーが足りないからオーナーを黙らせられられなかったのね、とかいきなり新作を搬入で出す前に「このような新作を出したいのだけどどうですか?」と小出しにオーナーに連絡を取っておくべきで、そもそもコミュニケーションが不足していた、とか(そもそもこの個展はあんまりやりたくないのを「来年うちの画廊があるとは限らないから」とオーナーに粘られて押し負けられてこの11月にやることになって、その時からうすうすこのオーナーは絶対人の話は聞かない奴なんだと察してはいたりもしたので。つまり気が進まない、なんか好きになれない人とは組んではいけないっていう)来年の2月にまた横浜タカシマヤというとってもコマーシャルなところで個展なんですが、そこの展示に関してはもう売りに徹する、みんなの好きをうまく汲む、みたいな展示を心掛けその横で実験的なことを並行してやっていきその過程も主催者に知らせて理解をもらい円満に新作も前からの作風の新作も違和感なく並ぶ個展会場にして今回のギャラリーのオーナーの狭い見識を嗤ってやりたいっす。(おっと黒い自分が出てしまった)ってことで私には今年も暮れも正月もありましぇん。2月の末にはすべてから解放されて、ついでに定職からも解放されて、思いっきり自由で根無し草で未来しかない自分になっている予定。さあ私は来春以降何がどうなっているのか。まぁ花でも見てってよ。
自分は霊性を高めるために生まれて来た。今後(今までも)出くわす事の全ては「これでどう霊性を高めろ、ってこと?」というお題である。地球の表面の害虫にしか見えない人類って奴は、実はこの「霊性」の分野で地球に貢献するのが地球的な役目で、私たち1人1人が霊性をちょっとでも上げることが地球のステージを良くする事に貢献する、のであります。あー、自分って元々所謂「上昇志向」的な生き方って苦手だったんだけど、こっちならこれを生き方の中心に据えてぶれずに進んでいける。作品作るのも人類の霊性を上げるのに貢献するためなら、作るモチベーションになる。上記は今朝よく聴いている女性神道家さんのトークライブを聴いていて確信した事。私はもうずーっとずーっとずーっとずーっとこの不安定で問題が多い世の中で不要不急筆頭の芸術作品を作る事に疑問があって苦しかったのよ。ありがたい事に個展の声もかかるし作品で喜んでくださる方はたくさんいらっしゃるし、でも米を作って畑をやって里山や水源を守ったりする方が先じゃね?と。自分を含めて美術関係者全員砂上の楼閣でダンスパーティしてるみたいな感じがしてもう全身痛くなっちゃっていたのよね。でも根本的な目的に「自分の、見てくれる人の、世の中の、人類の霊性を高める」を中心に据えれば、また私も作る事に意味を見出せる。作れる。この考えに確信を持ったら、自分の中で赤ちゃんが可愛いパチクリした目を開いてこっちを見つめた。これは多分赤ちゃんの私。私は赤ちゃんの頃の写真が一枚もないからそうかどうかほんとうはわかんないけど。(なぜなら私が生まれたら姉が赤ちゃん返りして歩けなくなってしまったから。父母は姉の写真を撮りすぎたからだ、と思い込んで新しく生まれた赤ちゃんの私の写真を撮るのを2歳すぎる位まで止めた。幼児の時の写真も極端に少ない)霊的な自分は今から生まれた、ともとれるし、赤子のように無垢に最強の自分が目覚めたともとれるし、まぁとにかく今日は特別な日だ。実は一昨日の秋分の日にやっと11月の個展のコンセプトを文章化できて、やっとやっとコンセプトが決まって作品の姿が見え始めたのです。そこからパパパパッ、とこの10年くらいの懊悩に答えが見つかりました。今長い旅が終わりつつあるような気分で、普通にしているのに目の淵から静かに涙がこぼれているような感覚(実際には流れてない)。問い続けて探し続けた日々にひとつの答えが出て、ここからは確信を持ってまた前に進めるのだ、という軽い脱力と安堵。今まで探して来た道のりは正直すごいしんどいものだったから、そのしんどかった傷みがまだちょっと癒えていないので、いきなりキラキラとか炎メラメラにはなれない。でも、とにかく進む方向は見つかったし、それは今までの人生を賭けてやってきた陶芸を全く捨て去ったりして新しい何かを始める、ってことではなかった。今までの自分を否定しなくても良かった、というのも良かったことだよ。今年の秋分は特別だ、とあちこちで言われていたけれど、このタイミングで自分の苦しみに決着がついたのは本当にありがたいことです。稲の多年草化3年目の、今年1本だけ生き残ってくれた稲が穂をつけました。
おぅふ、強制終了くらいました。本業よりむしろ得意で天職かも?と思っていた都立高校の成人向け講座の講師職。講師全員「上の(東京都の)方針で」来季解雇。デジタル主体の講座に一新してカルチャーセンターみたいな今の講座は全部廃止する、そうで急でかなり理不尽なものでした。ところがそれを聞いた瞬間、私が思ったのは「私のステージが上がってここが合わなくなってしまったんだな✨✨」「じゃあ来年私はどこにだって行けるし、なんだってできるんだわ!自由だわ‼️」でした。自分でもビックリしましたよ。なにしろこれで生計立ててるんですよ。前だったら一瞬でもオロオロしたり運営側に怒りを感じたりして動揺したと思うんです。それが何このポジティブ馬鹿反応このところの物部メソッドとSHIELDS での学びや各種呼吸法の鍛錬でかなり胆力がついてきたのだと思います。そして帰ってきて夜にふと思い出したのは、昨日早朝に見た示唆的な夢のこと。夢の中で、どこかに集まってこれから長く泊まり込みてでエコビレッジを作るみたいなのです。(なんか夢のかんじだと銀ちゃん(山納銀之輔さん)ぽい人がこれからの説明をしていました)ワクワクしていると同時に、「あ、私◯曜日は講座の仕事があるから帰らなきゃダメだ、これ参加するならあっち辞めなきゃ、ーどっち取るの⁇」と悩んでいるところで目が覚めて、「夢で良かった」とホッとしたんです。自分ではもう解っていて、本当は選んでたんですね。なのに実際の自分が煮え切らないから現実が強制終了してくれたんだなあ、と。呼吸法や物部メソッドとSHIELDS の学びには人生に嘘がつけなくなる作用もあるんですね。どこへ行っても、どう転んでもこれらの鍛錬で手にした胆力や波動を整える技、気持ちの強さは身体の中に染み込んでいつも一緒にある。あまり現実に左右されないで一番本質的なことをしっかり整えていけばどうとでもなる、どころか「これはここから爆発的に発展するきっかけ」と自然と思えている自分に自分がやや度肝を抜かれています。呼吸法ってなんか凄いなぁ。思ったこと、本当の本当が求めていること、自分が気がつく前に叶ってしまうようです。(だから本当に自分を整えていないとやばい方向にも叶うわけだ、注意!)さぁ、来年は個展も2つ終わってフリーだし、冒険よ‼️アタシって実は安定が嫌いなんじゃなかろうか。意味なくアリゾナの写真貼っとく。この滞在からもう22年経ちました。
呼吸法の話ばっかり書いててごめんなさいです。だって「体感」が顕著に違うから、書かずにいられないんですよ。全記事で丹田呼吸法とエネルギー心臓法を続けている、と書きましたが。この度新たな仲間が登場!おへそ呼吸です。またまた前記事で紹介した「秘密の図書館」さんのチャンネルより。願望達成率が高く、精神が安定して体に力と魅力がみなぎる、とあれば単純な私はすぐにやってみたくなりました。やり方はかんたん。1 背骨を伸ばして座る(蓮華座推奨だができなければ違って良い、私は正座)2 おへそに利き手、胸にもう片方の手を当ておへそに意識を集中させる3 鼻から息をお腹が膨らむように吸う。おへその上の手が動く、胸の上の手は動かないように。4 お腹に息が行き渡り風船のようにお腹が膨らみ、息がお腹を満たしたのを感じる。おへそあたりが温かくなる。5 息を口からゆっくり吐く。お腹が萎むのを確認。息と一緒にネガティブな思いや思い込みを「永遠に」身体から吐き出す。6 以上呼吸を111回行う。目安として5分で5、60回呼吸、10分くらいかかるようです。私は初回25分もかけてしまい、今日意識して呼吸を速くしたら9分少々でした。これが2回しかまだやってないんですが、なかなか良い感じです。天風先生の丹田呼吸法も丹田がしっかりするし、物部メソッドの腹圧呼吸も自分にエネルギーがみなぎる感じで良いですが、このおへそ呼吸も独特に落ち着く。自分が落ち着いて、しっとりした人になる感覚があります。とりあえず21日間はやってみようと思います。朝に丹田呼吸法とこのおへそ呼吸をしてしまうとエネルギー心臓法まではやりすぎかな?と思い当初エネルギー心臓法は夜限定にしてみようとしたんですが、結局やりたくなってしまい朝は3種の呼吸法をすることになりました。エネルギー心臓法、コネクションプラクティスってしっかり実践しても3分くらいなもので、それでいて1番意識の深いところまで触れている感覚があるからです。エネルギー心臓法をするとすぐに目の裏に丹光が出る。(丹光ーたんこうー瞑想したりして意識が整うと閉じた目の裏で(私は)紫や緑や金の光がボワーっと浮かんだり乱舞する生理現象。自分としては瞑想ができて自分の中とちゃんと繋がれたサインと認識しています)この中で1番根源的でクイックなのはエネルギー心臓法かもしれない。だからこれはスキップできないですね。「秘密の図書館」さんのおへそ呼吸の動画を貼っておきます。ただいま、国際交流基金さんから戻ってきた自作をメンテナンス中。国際交流基金主催の「焼き締め展」というのに参加して世界中を回っていたが細かい細工なので破損が多くなり、ひと足先に帰国して修理後、国内の陶芸美術館(備前と聴いた)に展覧会の作品全部と一緒に収蔵される、そう。欠損したパーツを新しく焼いたり、手持ちの破片を加工したりしてなんとかそれっぽくして補修するのだぁ。作者にしかできないことよ。
天風先生の呼吸法、まだまだ続いています。なぜならたった5分で、自分がうまくできているかどうかを気をもむことなく(瞑想全般だと「あ・雑念が湧いた💦」などと自分を責めたりすることがあるが、天風先生の呼吸法は数字のカウントと体感で忙しいので雑念が湧かないし,湧いたからってとりあw図呼吸とカウントできていればいいのでテヘペロぐらいで済むので)しかもすごく整った感じ、自分がセンターに座った感じ、丹田が充実した感じ、があるから。時短で気持ち良くて効果があるからです。もう既にやらないと絶対落ち着かない領域になりました。欲望にまみれてあれもこれもやりたい忙しい現代人には「時短」って本当に大切です。筋肉をギューッと力入れては弛緩させる「エネルギー弛緩法」はお昼の眠い時と疲れてたまらない時に導入。効果あります。本当は時間で実践して疲れを感じる前にしたほうがいいんだとは思うので、これを定期的にできるようにするのが課題。もうひとつ、効果といっていいのか、最近目立つようになって困っていた首の皺がね、なんか気にならなくなったんですよ。もちろん還暦過ぎの首ですけれどね、でも何となく皺感が減った。弛緩法で首に思いっきり力を入れたりするのが効いているような気がする。顔も顔面にグーっと力を入れるので表情筋の鍛錬にもなっていると思う。ええやん。そして朝晩、目下は丹田呼吸に加えて「エネルギー心臓法」的なものをやっています。「的な」というのは天風先生の「エネルギー心臓法」と私がWSに行ったりして一時期凝った「コネクション・プラクティス」という国連大学でも採用されている(マジ)ハートに解決方法を委ねる、という技法が酷似しているため、その中間みたいなことをしているってことです。【エネルギー心臓法】心臓の上に効き手を当てて、鼓動に集中する→鼓動が全身に広がってエネルギーが満ちるのを感じる→最高のパフォーマンスができている自分をリアルに視覚化して感じる【コネクション・プラクティス】心臓の上に手を当てて、心臓で呼吸しているイメージを持つ→呼吸している感覚が出たら、心臓に「自分が大好きなもの」「自分がほっこりしてしまうもの」をイメージする→自然と口角が上がって微笑みが出る、それが心臓とつながれたサインなので聞きたいことがあったら質問を心臓に投げたり、自分の達成したい願いを投げるね、似ているんですよ。なので、私はやり慣れているコネクション・プラクティスでまず心臓とアクセスする、自分のように行き当たりばったりの人間はいちいち一日の予定を思い浮かべたりはできないので、自分が欲しい自分の状態を言葉で、声に出して呼ぶ、ということにしています。この言葉で声に出して呼ぶ、というのはS.H.I.E.L.D.S一期講座の課題で「十種の神宝」というのを神棚の前で唱えるというのをやり始めて「声に出して呼ぶと、本当にそれが自分のところにやってくる」という体感を得た経験があるから。十種の神宝というのは物部系の神社に伝わっている三種の神器の原型みたいな10種の神の宝の固有名詞なんですが、これを一つ一つとなえていると、となえるごとに自分のエーテル体にふわー、ふわー、と一つ一つの神宝のエネルギーみたいなものが入ってくるのを実感した体験があるのです。(だから、言霊というのは本当の本当にガチであるものなんですよ。神や天使の名を読んだら本当にその存在が来る、という話は信仰の場でよく言われていますが本当の本当なんです。だからうかつに邪悪な者の話をしたり名を呼んだりすると・・・そしてネガティブな言葉を使うだけでも・・・・ってことです。)イメージできないなら声に出して呼ぶのでもいいや、と割り切った。確か、何か古典的な自己啓発本に書いてあったんですが、夜寝る前に「自分が欲しい徳性を単語でただ繰り返す」というテクニックが載っていたのを思い出したのです。つまり、「私は豊かです~私は豊かです~」とかではなく「豊かさ、豊かさ、豊かさ」って感じで回数も短く唱える。文章で唱えてしまうと客観性が出てきて「そんなもの自分にそぐわない」「実際は自分には今ない」と否定の感情が出てしまうから、だそうでした。知ったとき「そんなもんかな」くらいにしか思わなかったのですが、先日の「言霊の体感」を経験してしまうと、確かにそれを口に出して呼ぶだけでいいんですよ。本当にそれはやってくるので。そして意図と意識と観測、です。その状態になりたければ、その状態を達成すると決める・その状態になれる、と信念をもって決意する、そしてその状態の自分を観測する。この辺、本当に古典的な引き寄せや潜在意識のテクニックですが、このところこれらは本当にガチだということをとても多く実際に体験するのです。一番はやっぱりS.H.I.E.L.D.S一期講座の中での課題をこなしていく中で「意図」「決意」「意識」をした途端できなかったことができるようになったりしたびっくり体験がわかりやすかったから。だからこの度私は自分の中に残っていた「冷静ぶりっ子」「無駄な客観性」を捨てることにしました。人様に突っ込まれないように、とか「本業のことだけはやっぱり客観性欲しいよね」などと思って特に自分の本業の陶芸制作に関してだけは、私は実は左脳的意識がずいぶん残っていたんですよ。そして目下一番流れが止まっている!なぜだ❓❓って、もはや明白な気がしてきた。もう自分に暗い予想を立てるのは本当にやめます、なぜなら本当にそれはその通りになるから。人に現状を訊かれたときにも「進んでなくて・・・」とか「もう全然・・」とかいうのはやめます、それが現実を作っているから!!!ってなことを考えていたらなかなか良くできた心臓にフォーカスして現実を変えるテクニックを解説している動画が出てきました。目新しくないけれど短くうまくきれいな絵でまとまっていてこのチャンネルおすすめです。この動画の後半の心臓にフォーカスするテクニックはとても短い時間でできるので習慣にすると人生の大きな武器になると思います。ってか私、この苦しかった2,3年どうしてこういうテクニックを忘れて「現実」に向き合ってつらくて孤独な負け戦を繰り広げてきたんだろう。長い放浪からお帰り、自分。
この中村天風先生の呼吸法。続いています。今は朝5分、夜5分のエネルギー充電呼吸と5分に縮めたエネルギー心臓法(記事新造としていますが、「心臓」が正しいようです)を朝晩しています。「毎日とにかく2週間続けろ」は達成できたようです。効果は、あります。「疲れを知らない体」にはまだまだなれていないですが、とにかくメンタルがすごく安定した。メンタルは去年10月に物部メソッドを受けたり「日本を波動で守護する特殊部隊養成」のS.H.I.E.L.D.S一期講座を受けたりする中で呼吸法、発声法をしつこくほぼ毎日鍛錬した結果かなりぶれなくなってきていたんですが、中村天風先生のメソッドを朝晩のルーティーンに加えたらさらにどっしり落ち着いてきた体感があります。特に丹田に自分の氣が収まってきた感覚が新しく感じられます。さらに本当は20分かけろと言われている「エネルギー心臓法」、これが私が一時期凝ってWSにも行ったリタ・マリー・ジョンソンさんの「コネクション・プラクティス」に酷似しているのに気が付いた。この話について詳しく書き始めたらすごく長くなってしまったので、それは別記事にします。この似通った心臓に集中してオーダーをするテクニックを朝晩5分します。これも実施すると自分が宇宙からエネルギーを受け取る体制ができている体になった感覚があります。今のところルーティーンになって毎日きちんきちんとしているのはこの二つ。身体の各部位を緊張させてから弛緩させて宇宙エネルギーを取り込む、という「全身エネルギー弛緩法」というのは本来、正午と18時と寝る前にせよということなんですが、今のところ昼過ぎに眠くなったりした時や寝る前に思い付いたらしている程度です。が・これ、即効性の効果があります。眠い時、疲れて体が動かないときにやるとすごく効果がある。ってことは疲れる前にやれ、ということで一日3回せよ、ということなんだとは思います。ぼちぼちルーティーン化していく予定。この中村天風先生のメソッドを導入して一番自分が受け取ったことは、「ルーティン化」ということかもしれない。朝5分夜5分×2種類の呼吸法を、面倒くさがらずに実行できる自分になれたこと、が一番大きい。2回も合宿に行ったヴィパッサナー瞑想だって毎日するという風には定着しなかったのに。続く理由として、この呼吸法をすると「とても気持ちが良い」「効果を感じる」という体感があるのがまず大きい。さらに私は6月に物部彩花さんのS.H.I.E.L.D.S一期講座のスパルタな課題をこなすにあたって、「とにかく毎日積み上げる」ことの偉大な効果を私は体験しているので、「積み上げる、ルーティーン化することの絶大な効果を知っている、信頼している」からなのです。とにかくわけわかんなくてもピンと来なくてもうまくできなくても、いいという感覚があったものは続けてみる。ルーティーン化できるくらいになっているころには、それはその人の血肉になる。こんなことを還暦を過ぎてから肚落ちしている今日この頃なのです。あ・この外反母趾対策の体操も続けていますよ。料理で焼いたり煮たりするときの、コンロのそばにいなければいけないわけではないがキッチンにはいなければならない、というタイミングで行っています。これもやる・やらないがすぐに体に出てしまうので一生懸命続けています。
このところ、土日の朝パート、火曜日に来客(なので月曜日に掃除と手土産やおもてなしもの調達)などでバタバタして、ルーティンになっている物部メソッドの鍛錬が手薄になった。(始めたばかりの中村天風先生の朝晩の瞑想はやってます)手薄、と言ってもSHIELDS で出された課題は毎日やっていて、それにつけ加えて物部メソッドSTEP3の録音を聴きながら発声練習をするのを2日サボっただけなんだが。わかったことがある。それだけなのに、あからさまになんか「波動」が落ちたんである。火曜日の来客が、前日に「姉とうかがいます」と連絡があったから手土産やおもてなしお菓子やグラスなどをお姉様の分も用意していたら「姉」は2人で、つまり2人来ると思っていたのが3人になって(ならせめて『姉達』とうかがいます、って言ってくれよ!)用意したものが足りない!!みたいな状況になったりしたためか、どうもそれで波動のベクトルが下を向いてしまった感じになった。それからどうも調子が悪い。いつまでもその連絡が悪かったことを不愉快に思ったり、グダグダして朝早く起きているのにSNSを観て時間をつぶしたり、挙句に毎朝のルーティンになっていたはずの神棚前での「ひふみ祝詞奏上」をすっ飛ばしたりした。切っ掛けは来客なんだが、そもそもその来客がスムーズにいかないこと自体がもうなんかオカシイわけですよ。そこからして、波動が下がってる。なんで?それはどうも物部メソッドのエクササイズをしなかったから、なんじゃないかと。私が今やっている物部メソッドのエクササイズは腹圧呼吸と発声練習と横隔膜を思いっきり動かす練習。SHIELDS の方みたいに祝詞やあわ歌などのご神事系ではない。でも、私みたいなまだ波動が安定していないタイプには身体を使って身体にしっかりフォーカスして働きかける物部メソッドの鍛錬が実は強制的に精神性の方にも働きかけて効果高いみたいなのだ。そして今のところ、それが自分の精神性の背骨を支えてもいる。ちょっと発声練習をサボったらあからさまにちょっと波動低い私、に戻った感じなのが何よりの証拠。これは思い込みといえば思い込みだけど、直感的に「あれをサボったからだ!」と閃いたという点で真実であると思う。ということで、忙しくても何でも目下は物部メソッドのエクササイズは「しなきゃダメ」のルーティンとなりました。迷っているSHIELDS 2期もこれはもしかしたら参加した方がもっと確実に波動を高め安定に持っていけそうな感じもする。中村天風先生の朝晩5分の呼吸法はたかが5分だし、気持ち良いから続きそう。緊張と弛緩の瞑想も、眠気を醒ましたり、寝る前には入眠に効いたりするから続きそうな感じです。なんにしても、それをしないと違和感が出るようなことは大切にした方が良いみたい。ちょっと信じられる?うちの庭ってこんな白昼堂々鹿が出るのよ😅
私は築100年超えの養蚕農家だった山梨の山間部の母の実家を相続して住んでいるわけですが。八月の今、家に居て降る様な蝉の声を聞き雲ひとつない青い空や庭の花に集まる蜜蜂を見ていると、小学生の頃毎年夏中この家に姉と預けられていた時を思い出す。従兄弟の兄弟も預けられていてここは夏中続く林間学校のようで、姉と従兄弟達と裏山を走って登り、前の川で水遊びをして、トンボを取って、毎日オヤツにお祖母ちゃんが出してくれるみつ豆の缶詰をとっておいてポックリを作って遊んだりした。お祖父ちゃんがクレヨンや色紙を買ってきてくれて、ハサミやヤマト糊と一緒にそれぞれ小さい紙箱に自分用の「お道具セット」を作って、毎年夏になるとそれを出してもらって使った。まだ駅そばのスーパー(忠実屋→ダイエー→AEON)がなくて、何か広い会場で盆踊りや花火を見た。(仕掛け花火が壮観だった)今大人になって思えば、なんと手をかけて面倒を見てもてなしてもらっていたんだろう。お祖父ちゃんお祖母ちゃん、独身だった頃の叔父さん叔母さん、お隣の大叔母さんの御一家、感謝しかない。毎日神棚に手を合わせて仏壇にお参りをしているけれど、優しくしてもらっていた事を思い出すたびにあらためてその瞬間もその場で実際に手を合わせて感謝を伝える。子供でわかんなかったけど、本当にありがとうございました、と。アタシは独り者で恩送りできないんだけどさ。恒例のDeepL による英訳。I inherited my mother's house in the mountains of Yamanashi, which was once a silkworm farm built over 100 years ago, and now live there.In August, as I sit at home listening to the relentless chirping of cicadas, gazing at the cloudless blue sky, and watching bees gather around the flowers in the garden, I am reminded of the summers of my childhood when I was sent to this house every year with my older sister.My cousins were also staying here, and it felt like a summer camp that lasted all summer. My sister and cousins would run and climb the back mountain, play in the river in front of the house, catch dragonflies, and save the canned MITUMAME that our grandmother would give us as a snack every day to make "pockuli" and play with it.My grandfather would buy crayons and colored paper, and we would each make our own "art supply set" in small paper boxes with scissors and Yamato glue. Every summer, we would take them out and use them.There was no supermarket near the station yet (Chujitsuya → Daiei → AEON), so we watched bon odori dances and fireworks at a large venue. (The fireworks displays were spectacular.)Now that I'm an adult, I realize how much effort and care went into hosting us.Grandfather, grandmother, my unmarried uncle and aunt, and the family of my great-aunt next door—I can only express gratitude.Every day, I bow my hands at the house shrine and pay respects at the Buddhist altar, but every time I recall the kindness I received, I once again bow my hands at that moment and express my gratitude. Even though I was a child and didn't understand, I truly thank them.Unfortunately, I am single and cannot pass on the kindness I have received.
先日、ものすごい食あたりになってしまって深夜に2時間ほど七転八倒して正露丸飲んで1時間仮眠して朝パートに行って、という日があったよ。正露丸のすごいが私の回復力もすごかったし、異物が入ってそれを排除しようとする私の解毒能力も(荒っぽかったが)素晴らしかった。でもものすっごい消耗して、体力を持ち直すのにちょっと大変だった。本当はその食あたり→パート、の後に最近できた同県内の友人の定期ライヴ(二胡とオカリナ)に行く予定だったんだけど体調が回復しないから失礼させてもらった。そうしたらその友人が「今、中村天風に凝っている」とのことで動画を紹介してくれたのです。この動画、中村天風が「ゾンビ」とか彼の生前には一般的だったかな?と思う言葉を使っていたり、最後の最後に結論を言う前にぶちっと切れたりしてそこまで良い動画ではないんだけれど、切れるまでの内容は良かったのよね。1・朝5分、就寝前5分の宇宙エネルギー充電呼吸背筋を伸ば座り、片手を胸・片手を腹部に置く腹部が主に動くように息を吸う、息を吸いながら頭頂から金のエネルギーが入り体中に充満するのを視覚化する(4秒)息をゆっくり吐きながら自分のエネルギーが周囲に放出されて最高のエネルギー場となり循環しているさまを視覚化する(8秒)ほかのサイトで調べると 4秒吸う・2秒息を止めてエネルギーを体に充満させる・8秒吐く・2秒息を止めるのが天風式、そして2秒の時はクンバハカ呼吸をする(肛門を締めて丹田に意識を落とし肩の力を抜く)をやるようなのでそれも採用。2.1を2週間やって習慣化してきたら正午・午後6時・寝る前の緊張と弛緩の全身的エネルギー弛緩法体の各部位を顔・肩・腕・・と細かく分けながら5秒間緊張させてから完全脱力する。その時に各筋肉に「あなたは生命エネルギーを受け取るために自由である」とメッセージを送り、さらに「〇〇の筋肉よ、生命エネルギーに開いてくれてありがとう」と感謝する。感謝するとき体は宇宙エネルギーを最高に受け取りやすくなるから、だそう。3・毎朝20分、最高のパフォーマンスができている自分を視覚化しながら無限のエネルギーが体を満たしている様を視覚化するエネルギー新造法 これ20分って長いから5分に縮めてとりあえず採用。4・とにかく15日間1を正確にやり続けること。絶対に途中で休まない。5・4が達成できたら2を20分かけて正午・午後6時・寝る前にするのを導入するだそうだ。目新しくないが、説得力はあるんですよ、大谷翔平も実践している中村天風式鍛錬。ということで、20分というのは長いので、とにかく朝晩の5分、エネルギー充電法呼吸を15日間続けてみることにした。この2か月物部彩花さんのS.H.I.E.L.D.Sの課題をこなす中で自分で身をもって知ったこととして毎日の積み上げは裏切らない、というのがある。ジャッキー・チェンの映画の毎日伸びる草を跳び越していたらいつの間にかすごいジャンプ力が身についていた、っていうシーンと一緒で、S.H.I.E.L.D.Sの課題って最初ださえた時には「こんなのできるかしら」というくらいハードルが高かったのが愚直に毎日積み上げることで、いつの間にやら余裕でできるようになったりしたのであるよ。この年になって積み上げること、とにかく続けることの威力をまざまざと思い知ったりした。ということでとにかく2週間、やってみます。身につかなかったときはたぶん自分に向いてないんだな、とほかの方法をまた探すよ。だけれど定着しそうな雰囲気はある。【追記】2の「全身的エネルギー弛緩法」というのを昼の眠くてたまらないときにやってみたら、見事に眠気を撃退できた。これは使える。疲労を撃退できていつも体のパフォーマンスが最高なのはにゃんこ先生だよなぁ。
今日はこれ↓の実体験の話。長いよ。私は生活のために早朝パートに出ているわけです。全国チェーンのビジネスホテルの朝食サービス。ビジホの朝食なんてバイキングだしみんな静かに食べて去るから落ち着いて仕事できるかと思ったらこれが大間違いで。ホテルの場所がこれから富士山に観光に向かう人の中継地みたいなところだから、お客様がビジネスでなく観光にくるファミリー、団体様、しかもインバウンド客が多くて、朝食会場も広くて、まぁ観光シーズンだと満室、320人ご来館で阿鼻叫喚な現場だった💦💦職場は4〜6人くらいでA 出来あいの料理を温めたり盛り付け直したりする調理と料理出しと全体の指揮担当(1人)B 朝一の汁物3種つくりと洗い場、お客様がセルフで下げた食器とトレーを下げ場から回収して洗う(1人、忙しいと補助付く)C 会場担当、料理やドリンクを常に切らさないようにセット、お客様対応、隙をみてBを助ける(2人ないし3人)で分担。1人除いて全員60代から70代のおばちゃん。全員パートだけど開館から居る人や出勤日が多い人はAの指揮パートをだんだんやるようになり、C→B→Aの順に仕事の熟練度で割り振られている感じ。でだ。全員パートなんだけど開館から居るAの指揮担当、食材の発注、新しい人の教育、などを任されているパートリーダーみたいな女性がいる。この人が仕事に熱心で真面目なのは素晴らしいけれど、仕事ができる人特有の「出来ないひとは努力とやる気が足りない」という考えの人で、悪いタイプの運動部の「しごきに耐えて伸びろ」の発想の人。初日に「アタシは厳しいですからね!」と宣言してきて「3回訊いたら怒ります」「常識で考えてわからないんですか!」「何度も教えましたよ!!」等々厳しいというか、結局は何しても怒るというか、モラハラパワハラ気味の叱責も多い。しかも気分屋でもあり機嫌悪い時は誰か1人を標的にして1日怒りまくって憂さを晴らすこともよくやるというまぁ 仕事はできてもかなり難しい方なんだわ。😆親や旦那や義両親や身近な人がモラハラなんだろうなあ、女子バスケ部あたりで威張ってたんだろうな、と透けて見えるような。この人の指導のあり方で2人の男子大学生の新人が1日で「飛んだ」り、私の後に入った人も「こんな、教えてもくれないで怒られてばっかりの職場なんか辞めてやる!!」と私の耳元で低く叫んで来なくなったり、した。想像付くだろうけど、新しく入ってトロいタイプが叱責ターゲットになりやすく、私と洗い場ばっかりやらされている最年長の大人しい奥さんと私の後に入って捨て台詞を残して突然辞めた人はこのパートリーダーの叱責ターゲットなのよね。私はちょっと抜けてる人であるので、ミスも多いから元々怒られやすいところに(あんまり気に入られてないから)仕事を充分教えてもらえないまま初めてやる場所の担当になって失敗したりオタオタしてはさらに叱責される、という悪循環を繰り返して、このパートリーダーの恰好の標的になってしまった。もう常に失敗しないか疑いの目で見張られているし、先輩パートがした失敗も私のせいにされてまとめて怒られるし、外国のお客様に英語で対応したら、その後したミスを叱る時に「調子こいてるから失敗するのよ!!」などと人格否定の入る叱責があったり。私や誰か1人がターゲットになっていると場の雰囲気は怒っている人の波動でとても悪くなるし、ヒエラルキーNo.2の人も一緒にイライラして当たってくるし、他のパートさんはビクビクしてミスが増えたり、気にしないようにしていてもそんなに働きやすい職場じゃないわけよ。4月に私の後に入った人が突然辞めたらターゲットがいよいよ私に絞られて、あまりにパートリーダーの当たりがキツイから馬鹿馬鹿しくなって、4月末に一度支配人さんに「辞める」宣言をした。個展の準備は遅れているし、去年秋から始まった週一回の陶芸指導が実は朝パートの6倍の時給で、ギリギリそっちだけで生きていける。それならなにも虐められながら合わない疲れるパート仕事しなくても良いからね。しかし人手不足と私が実はお客様からの評判が非常に良いこと(アンケートなどで対応やご挨拶など褒められている)、私自身が(支配人から見て)「面白い人」だから、というので引き留められて、現在は出勤数を少なくして働いているような状況。長くなったけど、これが去年10月から最近までの話。これが気持ち悪いくらい、変わった。6月半ばくらいから徐々に、かつ劇的に職場の雰囲気が良くなった。鬼軍曹のパートリーダーが、気持ち悪いくらい機嫌良くてフレンドリーになったのよね。彼女が別人になったか私が別次元に来たかしたくらいに。おそらく後者なんだと私は思う。鬼軍曹は私をネチネチ叱責してきたことなんか今まで無かったかのような機嫌の良さとフレンドリーさで、まさに世界線が変わった、次元が変わって別の世界の彼女に今私は会っているような感じなのだ。なんでだ?私はやっぱり失敗はするし自分から彼女に擦り寄ってもいない。叱責されて不愉快な日は帰ってからSex pistolsの「Anarchy in the UK」をうんと悪い顔しながらカラオケで練習することにしていて、別に彼女を受け入れたり許そうともしていない。思い当たるとしたら物部彩花さん主催の「波動の特殊部隊養成」の講座S.H.I.E.L.D.Sに6月から入隊したこと。毎週1回かなりボリュームあるオンライン講義を受け、週ごとや日替わりの盛りだくさんの指令をとにかくできる限りやった事。生命力を高める呼吸や気持ちや波動がこもった発声の鍛錬、身体の細胞が活性化する「あわ歌」の歌い方、祝詞に祈りをさらに乗せる唱え方の実践、最強守護パワーのある「君が代」をそのパワーを全開にさせる歌い方、等々。とにかく課題が多かったから必死でやっていたんだけど、これで知らず知らずやっぱり波動が上がったんだと思う。呼吸したり歌ったりしているうちに、自分は気が付かないうちにちょっとイイ世界線にシフトして来てしまったんだと思う。私はこの間、鬼軍曹をどうにかしようとか逆に自分が彼女を理解したり許したり寄り添ってみようとしたりも全くしなかった。ただ、S.H.I.E.L.D.Sの学びを日々積み上げて、少しでも早く良い体感とエエ声が出てるかな?と、自分に向き合っていただけ。そもそもS.H.I.E.L.D.Sに私が入った動機は「色々取り沙汰されている7月5日を明るい良い日にする光の柱の1人になりたい」、これだ。2025年の7月5日は私達日本人の意識がどうあるかによってどうとでもなるに違いない、と私は思っていたので、彩花さんの今回のS.H.I.E.L.D.S結成の目的とピタリ一致したから講座に参加したのだった。だからさ、そんな朝パートの鬼軍曹の虐めなんかにかまっちゃあいられなかったんすよ。そんな小さい事、正にどーでもいい。そうしたら、小さなパラレル移動が自然と起こった。私ね、これでちょっと小さな極意がわかった気がしたのよ。とにかく外側が揉めてる時ほど自分の波動に集中することなんじゃないか、と。外側を変えるんでなくて自分が次元ワープする。外側に色々あってもそれにフォーカスすると逆にそれを固定化してしまうんじゃないか、とも思った。古来からずっと言われている「外は放っておいて自分の波動を調えろ」ってこれだったんだな、と、本当の本当に肚落ちしました。自分の波動ってこんなにも重要だったなんて。とにかく、外の世界に絡め取られず自分の波動を上げていく事に集中する。それのが自分が出している波動の反映である外界をその波動のままの自分がどうこうしようとするより、絶対に早い。そしてさ、7月5日にフィリピン沖に彗星も落ちなかったし、南海トラフ地震も起きなかったよね。怖れにフォーカスしないで光にフォーカスした人達が私を含めて多かったんだね。すべてこっちの在り方で行くのがこれからの幕末の再来みたいな時代の生き方なんじゃないかと思うんだ。明るい方向を向く、向く、向く。
時々書いているように私は物部彩花さん主催の呼吸と発声のWS「物部メソッド」に通っています。そして彩花さんが「波動で日本を守護する波動特殊部隊を作りたい!」ということで立ち上げたS.H.I.E.L.D.Sというユニットというか巫女集団を養成する講座に入隊(笑)して1ヶ月呼吸、発声、祝詞奏上に力を入れたネット講座を受けながら日々託される宿題、ミッションをかなりガッツリしてきました。S.H.I.E.L.D.Sの講義内容に関してはまた書くとして、もともとS.H.I.E.L.D.Sは2025年7月5日に向けて気分が落ちている日本全体の波動を上げて、7月5日、それ以降の世界を良きもの明るいものに守護していく人々を養成する目的で作られました。取り沙汰されていた予言の話題とは全く関係なく彩花さんが毎年沖縄で開いている慰霊のコンサートがまたなぜかたまたま7月5日に沖縄の平和祈念公園で開かれることになっており、それならそこへ向けてより高い波動で慰霊と浄化と平和祈念の祈りを届けよう、という事が今回の講座の一応のゴールとなりました。ところがこの7月5日の「魂かながな祭」が予想外の横槍で大荒れになりました。「魂かながな祭」は物部彩花隊長が自費で、観覧無料で開く沖縄戦で亡くなった全ての魂を鎮魂し浄化するために捧げられた慰霊ライブでした。趣旨に賛同して沖縄県、糸満市、FM沖縄からも後援を受け、暖かく真摯な気持ちで開かれるものでした。それが所謂プロ左翼の人達に目をつけられてしまい、平和と犠牲者の魂の浄化を歌で祈る、という大変平和的なイベントが「右翼的である」「平和の言葉に隠された右翼礼賛」と言いがかりを受けて反対署名や抗議運動、現地での妨害運動で大荒れになり、ネット界でも大炎上の「ネットリンチ」の状態にまでなりました。反対派の中心人物は基地反対運動に絡んで前科16犯という筋金入りの活動家で、まず組織を使っての県庁、市庁などへの電話抗議や彩花さんの動画を悪意を込めて曲がって伝わるように編集した動画を添えての反対署名などで県、市、ラジオ局からイベントの後援を撤退させ、琉球日報や沖縄タイムスなどのリベラル系新聞もそちら側の立場に立ち、彩花隊長をインタビューした新聞記者は実際のインタビュー内容と違う虚偽の記事を書いて新聞に出し、全くの純粋な平和のための音楽イベントを徹底的に潰そうとしました。私はこうした流れをS.H.I.E.L.D.S隊員として渦中から知ることとなりました。右でも左でもひとつの立場を正義であると拘る人達は立場主張のためならどんな汚い手でも使うということを見ました。保守だからリベラルだからという立場の違いは関係ない凝り固まった攻撃的で狡猾なそういうやり口は、波動の見地から見ると『正義』は波動が低い」といわれることの意味を私によく腹落ちさせました。私も一応善人なんでね、ああいう「運動」をする人達がどこまで嘘を作り上げて自分達の活動に利用して攻撃をしてくるのかを初めて見聞きして、心の底からびっくりしたよ。もう強硬な左翼、リベラルというものは金輪際信用しません。それほど嘘八百のひどいものでした。そういった大変厳しい中で、しかし立派に全ての戦争犠牲者の御霊の浄化と平和への祈りのこもったステージをやり遂げた物部彩花さん、彼女が率いる和音合唱隊、ミュージシャンの皆さん、ダンサーの皆さん、スタッフの皆さんは本当に素晴らしかった。ライブ中も会場で声を上げての妨害行動や彩花さんに呪いをかけるアクションを繰り返す不吉な人まであらわれていたのです。そんな中を立派に質の高いパフォーマンスをやり遂げた彩花さん、和音のメンバー(みんな訓練してきたけど普通の素人のおばちゃんお兄さんお姉さん達なんですよ)、どんなに内心怖くて傷ついた気持ちになったでしょう。よく頑張った。そして「沖縄の民衆の立場に立っている」と主張しながらの抗議や妨害の運動が繰り広げられる中で、自分の気持ちに正直に現地のライブ会場に足を運んでくれた現地の300人の聴衆の皆様の本質を見極める姿勢に深く感動と感謝を感じました。私達S.H.I.E.L.D.Sのメンバーはこのイベントの無事の開催と成功を各地の神社などできっちり祈り見守る、という精神世界的なサポートで参加をさせていただきました。攻撃でなく、反対運動でなく、成功や平和を祈る事に注力しました。「魂かながな祭」は無事に、アンコールが出るほどの盛況で幕を閉じました。彩花さん達のライブはまさに全身全霊を捧げた純粋なもので、そこに居た人ならきっと彩花さん達全員の鎮魂と平和への祈りの姿勢が伝わったことと思います。ライブ全体の公式の映像はまだ編集中という事なので、「パワースポット一人旅」さん他客席からの動画を紹介しておきましょう。- YouTubeYouTube でお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。www.youtube.comパワースポット一人旅さんの撮った動画がこちら。抗議の声が入ったり会場はやはりそれなりに荒れていたようです。ライブ開催中にも抗議反対活動で妨害されて何度かライブは中断しました。それを亡くなった魂達は喜んだでしょうか?魂達、琉球の神々達は歌声と祈りを受け取ってくれたという事は虹や鳳凰のような雲、見える人には見えたらしいUFOの出現でお応えくださったように思います。