遊ぶ・楽しむ・感じる・悲しむ・悩む・気づく・・・・生きて経験することはすべて宝、宝満載の宝船は私。デコデコに盛った宝船は今日もゆっくり航海中。
12日から14日まで3日間、千葉県白子町でストローベイルハウスのWSに参加してきました。ストローベイルハウスは麦わら稲わらなどを圧縮してブロックにしてそれを積んで、その上に土や漆喰を塗って壁にして建物を作る工法。日本では建築法の関係で、構造や土台などは従来の建築の方法で作られて断熱材的な役割としてストローベイルを使うやり方が多々採られます。今回の現場もそういう形で進められ、日本ストローベイル協会を通じて集まった全国からの参加者と施主さんの大多和医院の呼びかけによる地元の参加者さんで多くの人がともに汗を流しました。日本ストローベイル協会 https://www.sakichi-k.jp/japan_strawbale.html日本ストローベイルハウス研究会|有機建築左吉|バウビオロギー(生物建築学)をもとに世界最高峰の安心、健康、安全住宅の提案ストローベイルハウスの設計、施工。富山県富山市にございます左吉は匠の技術を持った大工の工務店。自然素材住宅を目指し藁(わら)を活かしたストローベイルハウスのご提案を行なっております。富山での新築、増改築、大工仕事、そしてストローベイルハウスを富山県で建てるなら左吉にお任せ下さい。www.sakichi-k.jpこのように、コンクリートの土台と木造の柱と外壁の中に断熱材として藁のブロックを積んでいきます。ブロック(ストローベイル)は2年がかりで近隣の農家さんと提携して集めた稲藁で作られたもの。WSでは本当に現場でぶっつけ本番で実際の作業をしました。老いも若きも容赦なくみんなでストローベイルを運んで、積んで、補強の竹を藁縄で縛って、ベイルを積みきったらその表面に手で藁と泥を混ぜた土壁のベースを塗っていきます。ストローベイルは45×60×35cm、藁の圧縮具合などで重さはバラつきがあり、女性1人でヒョイと持てたり2人がかりでないと高い場所には上げられなかったり。かなり広い部屋が5つ、全部にストローベイルを積み上げました。積んだベイルは竹の押さえをして、藁縄で結んで固定。3日のWSが終わるときには5部屋あるかなり広い建物のすべてにストローベイルが積み上げられて、土壁の第一層が塗り上げられました。土壁用の粘土と藁を合わせて捏ねます。その名も「マゼラー」、1日5000円くらいでレンタルだそう。マゼラーが頑張ってまぜまぜ。左端の男性はこの建築の設計者、右端の女性は最終的な壁の仕上げをする左官さん。初日は全員初めての体験で連係が取りにくかったのが2日以降は作業の流れがつかめて1日目からの参加者が新しく参加する人をうまく巻き込んでいけたり、体力に合わせて無理なく楽しく、しかしみんな全力で働くという充実したWSを体験できました。ベイルを積んでいくにつれ一番上の段に合わせて一つ一つベイルを切って調節しながら積み上げたり、土壁を塗るため重いバケツを高い足場まで助け合って持ち上げたり、たった3日ですっかり良いチームワークが出来上がり、予定の工程よりも進んだところまで作業を進めることができたということでした。人海戦術、みんなで一緒に作業をすることの強みを感じました。またこの工法や今回の建築に興味があって参加した人達、地元の藁が面白い建築に使われることに興味を持った人達、施主さんの大多和医院さんの活動に共感をした人達、、とにかくここに興味を持って自主的に参加したいと思う人達が集まり動いたという興味の求心性の推進力も力強いものがありました。地元のボランティアの方が作ってくださった「お祭り巻き」でお昼ごはん。お昼は3日ご馳走に預かりました。美味しくて楽しくて感謝感謝。私自身は知識や勉強会でのみ知っていたストローベイル工法の実際を現場で体験することが何よりも勉強になり、特に土壁を塗る作業に入るころには「疲れているのに没入してしまって手が止まらない」という「作業三昧」の領域に久々に足を突っ込み、しみじみ自分は「現場仕事」みたいなことが好きなんだな~、と再認識し、学びと気づきと体験が何層にも積み重なるような豊かな体験をさせていただきました。この建物は「子供達に家でも学校でもない第三の居場所を作る」活動の拠点となるそうで、そんな素敵な理念の建築に参加できたこともとても誇らしく楽しい気持ちになりました。施主さん大多和医院さんのHPより、第三の子供の居場所「ひらめきパレット」の活動。この活動拠点としての施設となる建物の建設に参加するWSでした。https://otawa.org/team/doctor-interview03“居場所”をつくる医療 ——子どもたちと地域がつながる仕組みインタビュー3/4。大多和医院は診療所の枠を超え、地域に根ざした居場所づくりに取り組んでいます。様々な活動を通して、医療と暮らしをつなぐ社会事業の挑戦をご紹介します。otawa.org施主さんの大多和医院さんの裏にはちょっとした林があり、ここも子供達に開放して活動をしてきたそう。建物の竣工はまだまだ先ということですが、「完成したら絶対見に来る!!」と宣言し他の参加者さんとの再会を約束して、解散となりました。いやぁ〜、楽しかった!!
少しずつ体力が回復してきたのを感じる。展覧会を見に東京に出る。友人の誘いを受けて泊まりがけで遊びに行く。手ロクロを譲っていただきに、なんと千葉まで片道三時間以上かけて車を走らす。同じ映画を映画館で3度見る。夜行バスで奈良に弾丸ツアーに行って来る。アラームをかけなくても4時か5時には目覚める。本が読めるようになってきた。小規模に畑を復活させるために畑のドーム内を整備してドームにネットをかける。さつまいもの苗を植え、枝豆を蒔く。刈払い機を使って草を刈る。つまり、「余計なこと」ができるようになってきたのだ。3月は働きに行く以外は本当にただただ寝ていて、正直食事も入浴も最低限にしかできなかった。4月になってもゴールデンウィーク前くらいまではそんな感じ。4月になったら料理が苦痛、面倒ではなくなってきた。(このアタシが「料理が苦痛」ってさぁ)5月になって、やっと「気が向いた時に気が向いたこと」ならできるようになってきた。6月もこの延長で「やらなきゃ」でなくて「やりたい」「気が向いた」ことを見極めながら、そろそろと、やる。あ、特に私は大きな病気をした後とか鬱だったわけではありません。ただ、なんかが限界に来たんだとは思う。自分は好きなことを仕事にして、それを評価されてきたのだが、この何年かあまりにも身体の調子が悪くなったり経済的に詰んだりした。好きなことなのにノリノリでやれていない自分も感じていた。画廊さんや評価だけが先に行って、自分(と経済力)がついていかなくて拗れてしまい、疲れてしまって、やりたいことは?と自分に問うと「入院」と答えてしまうような有り様。それをまずは身体の不調をととのえて、知らずに溜まった心の疲れを癒して、今やっと「本当の本当に自分がやりたいこと、欲しいもの」を見極めてみたいと思えるくらいには回復してきた。似合わない服は着ない。(他人がイメージで作ってきた「私」像に合わせようと頑張らない。気が進むわけでもないのに、相手のことを考えてイエスとばかり言わない)本当に食べたいものを食べたい時に食べたいだけ食べる。(思考の「ねばならない」「こうした方が良い」から離れる、向上思考の破棄)「切りの良いところまで頑張る」等に騙されないで、ちょっとでも「もういいや」と思ったらちゃんと止める。(思考に従わない。クズ化する。)これらを許す、というかもうこうしかできなくなった。それで何かが細い糸のようにでも指に引っかかってくることを、待っている。画像はもう終わったけど京橋のクリエイティブ•ミュージアムでやっていた空山基の作品。この展示について感想を気が向いたら書きます。
これは観なきゃダメだ!と稲妻みたいに閃いて、奈良国立博物館の特別展「神仏の山 吉野・大峯」に行ってきました。https://www.narahaku.go.jp/exhibition/special/special_exhibition/202604_yoshino/平日の夜行バスで行って、観て、また夜行バスで帰る車中2泊旅。3列独立シート、女性安心席だし平日だからか4500円、乗り心地もなかなか良かった。なにより貸出毛布が厚くてナイス!早朝奈良駅に着いたのでSNSの助言に影響されて、行っていなかった春日大社をお詣り。朝なので鹿のが人間より多い時間帯。こちとら鹿なんかなんにも珍しくないが、出始めてきた観光客さん達はしきりと撮影。参道。この木はすごい存在感だった。普通にお詣りして奈良博に戻ろうとしたが。私は脚に問題があるので、奈良博に戻るのにバスを使うか歩くかGoogle MAPで調べていたら、春日大社からちょっと歩けば天平の素敵十二神将像がいらっしゃる新薬師寺に行けるのを発見。前行った時は友人とタクシーかなんかで回ったからわからなかったのよ。奈良博に朝イチで入る予定だったから迷ったものの特別展を見た後ここに戻れる自信はない、と判断して新薬師寺に。歩いていたら地元の散歩中のお爺さんに話しかけられて新薬師寺までご一緒する。「昔はみーんなこの辺田んぼだったんだけどね」「廃仏毀釈で一回神官が出て行った後に入って来た人達が明治政府に指導されて洋風のごっつい家を建てて、戦後はGHQに接収されて、今は相続する人が居なくて潰されてる」色々面白いお話を聴く。新薬師寺 公式ホームページ体と心と社会の健康を、最古最大の十二神将たちが、お薬師さまを守護しています。www.shinyakushiji.or.jp新薬師寺はいつ行っても大体空いているのだがその朝は2、3人のグループが複数いらして静寂の中の拝観というわけではなかったが、朝の拝観をじっくり楽しむ。今回は特に十二神将達の相互のポーズの作り出すリズムみたいなものに注目。庫裡で流されていたNHKのビデオもゆーっくり観てしまい、気がついたら10時回ってしまった。色々調べてまた徒歩で奈良博に戻ったら「最後尾こちら」のサインを持った職員さんと長蛇の列。え、ゴールデンウィーク終わった平日でしょ?その列は当日にチケット売り場でチケットを買う人達の列で、事前にチケットをネットで買っていた私はすんなり入場。すんなり入場できましたが、すっっっごい混んでました。みんなそんなに蔵王権現好きなの?って、突っ込みたくなるものの自分もその混雑の原因の1人だから、じっと耐えて鑑賞。蔵王権現様っていまいち解らない存在なんだよな、と思っていたら研究者の間でもそもそもの信仰の源泉は特定しておられない様子。青いのと踊っているみたいなポーズがチベット仏教の仏様を感じるな、と思っていたら小さい蔵王権現様の像で頭に髑髏を着けておられる方を見て、やっぱりそっちからでは、と推察。大峯山寺の秘仏の蔵王権現様はお小さいものの元気一杯の躍動感あるお姿、本当に純粋なエイエイオー!ってエールを投げかけてくださっているみたい。そのお部屋は大峯山寺から日通美術運送の皆様が一体一体背負って修験道の修行の道を運んでくださったたくさんの蔵王権現様が一堂に公開されていて、もう!アイドルグループのライブ会場みたい。蔵王権現ズ大乱舞❣️みんな踊る踊る。蔵王権現様ってアイドルだったんだなぁ。展示されていた他のお像もみんな良くて、でも今回初めて公開された如意輪寺の如意輪観音様のお美しさや南北朝時代に造られた金剛力士像の造形性(特に光背というかまとっている炎が凄い)が心に深く刻まれました。特別展だけでかなり消耗したんだけど、頑張って仏像館にも行ってたくさん素敵な仏様を拝観させていただきました。たくさん新たな「推し」ができてしまった。今、仏像館で特別公開中の金峯山寺の仁王様にも近々と寄って拝観、やっぱデカい。私、今六本木ヒルズの美術館でやっている巨大 リアル人体の作品の展示(ロン・ミュエク展)に「進撃の巨人」の登場人物気分を味わいたいから行こうかと思っていたんだけど、こちらでもそれは体験できたかも。(仁王様は大きくていかめしいけれどお優しいから「無垢の巨人」ではありません、やっぱロン・ミュエクは行くか。)ロン・ミュエク | 森美術館 - MORI ART MUSEUM現代アートを中心にファッション、建築、デザイン、写真、映像など様々なジャンルの展覧会を開催。www.mori.art.museum閉館時間には脚を動かすのもやっと、というくらいに疲弊し仏像館とお別れ。また来る、すぐ来る。お寺も美術館もみんな閉まる時間、開いていたってもうどこにも行く元気なし。そうなるって解っていたからあらかじめリサーチしていた良さそうな温泉銭湯、京終の朝日湯さんにバスを使って移動。炭酸水のお湯とミストサウナと深くてナイスな水風呂に癒されて大満足。もう奈良のこの辺りに来たら最後は絶対ここに来てこのお湯に浸かることを決定。また奈良駅周辺に戻ってひとり2時間をどう潰すか検討した結果、「鳥貴族」に入って一人呑み。夜行バスでまた東京に帰ってきました。良い旅でした。またすぐ行くよ、奈良❣️(そして東京についたら実家にたくさん残していた着物を荷造りして送り、さらに銀座sixの画廊で展示していた後輩の個展を鑑賞。その後DMをもらっていた友人の展示を見に新宿御苑に行ったが、画廊がお休みで無駄足に。なんかあたし元気になって来たなぁー)
近況です。はい、起き抜けにだらだらスマホで電子書籍の漫画を読むようなダラケた生活をしております。昨年10月のグループ展、11月の個展、今年2月の個展、と展示が続き、しかも表現の方向性の谷間に来ていて従来のものは作れない、新しいものは失敗ばかり、で身も心もボロボロの制作期間となりました。最後の2月の個展でどうにか面目が立つ展示になったものの、辛い半年でした。それと並行してお金を稼ぐ仕事の実入りが良い陶芸講師職は東京都の方針で今年度で閉鎖、身体がキツくて一刻も早く辞めた方が良いな、と思っているビジネスホテルの朝食サービスの朝ートが辞めにくい状況になり、まだズルズル働いています。とにかくこの半年、いや3年くらいの疲れが溜まり切っていたので、朝パートに行く以外は寝て暮らすような日々になりました。個展後の箱書きと納品を済ませたら、お待たせしているオーダーの作品も少しずつ進めたもののまだお送りできず、確定申告もまだ作業中。寝て、寝て、寝て、寝ています。春が来て苗をそだてなきゃ、畑の整備をしなきゃ、と思っても朝一回トイレに行って昼ごろなんとなく何か食べたらまた寝て、寝て、寝て、寝て。これに朝パートが入ると帰ってくる頃には脚が動かないほど痛むので、這うようにして帰ってきて速攻でお風呂に入って、痛すぎるから誤魔化すために昼からワインをひっかけて、また寝て、寝て、寝て、寝て。脚の痛みは紹介してもらった身体の使い方を改善するような治療院に行き始めて少しずつ治していく方向に。触らないで痛みを取る怪しい治療院も健康チェック的に継続して通院予定。龍体文字はどうしても動かなきゃならない日に痛いときに書いています。効く感じはする。良くはならない。週末パートに行きパート後と月曜日は本当の寝たきり、体の使い方改善の治療院はリハビリみたいなメニューだから帰って来たらまた疲れて寝たきり。もうずっと寝ています。でも「個展終わったら何したい?」と問われて私は「入院」と答えていた奴なんで、今は自宅療養みたいなもんなんです。やっと先週くらいから心身ともに休めて来たな、という手ごたえがでてきた。夜寝たらたくさん夢を見るようになったのも脳が休まって来た感じがします。つまり復活するまでもう少し。元気じゃないけど元気に向かっています。不愛想なのできれいなお花をどうぞ。
また夢の記録。寝汚く二度寝、三度寝したのだが、その都度のゆめを全部覚えていたからめずらしくて。◯5時に目が覚めて見ていた夢川沿いの新築に一家で引っ越す。白い、いかにも今風の家。私は成人しているくらい。風景が気持ち良いから早朝起き抜けに散歩する。爽やかな空気と穏やかな気候でいい気分で歩いていた、つもりなのになぜか母校の高校にいきつく。中に入り5階の片隅の教室に入ると、私が取ることになっているらしい数学の単元の説明会らしい。灯がついていない教室の半ばに3人も先生が立って待機している。慌てて先生方が囲んでいる机に座ると(4卓を合わせて広くしてある)、何種類かのテキストが用意してある。「君は数学は得意か?」と1人の先生に問われたので「いや全く、すべての教科の中で一番苦手で💦」と正直に答える。すると、大きくて表紙に明るいイラストがついたワークブックのようなテキストを出されて「中学数学程度から復習しながら進むクラス」を受講することになる。あ、今の教育は能力別対応なんだな、助かるなぁ、とホッとしていると同時に自分は朝起きて薄い綿のブラウスに綿ジャージーの長いキュロットみたいな緩い格好をしていることが気になって落ち着かない。先生方は高校時代の数学の先生2人と、なぜか個人的に大好きだった英語の、厳しくて痩せてて「デビル」と言われていた白髪痩身の先生がいた。みんな白シャツにネクタイにスーツのズボン、あの頃の恩師達だった。日は変わって朝から高校の制服を着て登校する。遅刻しないには何時に家を出れば良いのか悩んでいて、「大体学校って何時から始まるっけ?」などと考える。無事に登校できたようで、教室に座ってわいわい騒がしい男子達と開け放たれた窓の風を受けて大きく膨らんで揺れるカーテンを不思議な気持ちで眺めている。ここまで。◯7時に目覚めて見ていた夢マンションの一室みたいな、しかしホワイトキューブの画廊みたいな場所でグループ展の搬入をしている。リアルの陶芸じゃなくて、中央アジアあたりの色鮮やかな糸刺繍やビーズ刺繍が施された帽子や小物入れみたいな手芸品。とてもクオリティが高かった。複数の中年女性達と引率の男性1人、という取り合わせだから趣味の会の参加者と指導者かしら?和気藹々と設営が終わり和んでいたら、いきなり一辺の壁と天井の間からブワッ、と水が漏れ出てくる。勢いがあり、溜まっていたものが耐えられずに溢れ出た感じ。きれいな水。呆気にとられていると、その原因がわかっているらしい仲間の1人がさっさと上の階に上がり、屋根裏?から天井と壁の接辺から天井側をパカっと開けて、溜まった水をゴムのスクレーバーに柄がついたもので下に落としてくる。下の会場にいる女性陣もどこからか大量にタオルを切った大版のウエス(リアルで朝パートで散々使っていてお馴染みのもの)を手際よく並べて水を吸い取る。夢の中でもオバチャン達のこういう時の連携プレーの素晴らしさよ。あっという間にトラブル解決、また設営をやり直して和んでいると、何やらギャラリーの次の間でオーナー女性にひとりひとり作品の説明をしなければならない様子。実人生でも朝パートが一緒でちょっと人間的に小狡いところがある(要するに人格的に弱い)人が呼ばれて話しているが、感極まったか言葉に詰まったかで、ベソをかいてしまっているのを展時の場でみんなで見守って心の中で応援している。ここまで。◯10時に目覚めてみた夢私は大きいバンかトラックだか、大きくて運転席が高い車を運転している。天気の良い昼で、搬入の帰り。無事に済ませて道は空いていて、気持ちよく実家の側の新旧の目白通りが合流するあたりに出る。ここから家の前につけるには脇道に入って何回か曲がりながら行かなければならない。Y字路でちょっと広めの違う道路に入る。この道を一回左折したらすぐ家だ。曲がったら、なにか白い木造の馬車の荷台みたいなものが、動力無しのそれだけでこちらに逆走して迫って来る。あっぶねー、と避けてちょっとまた行くと、大規模な事故があったのか、負傷者が7.8人も血まみれで道路に寝かされている。それがいかにも外国籍の、中東あたりの髭の男たちなのだ。こりゃいかん、とその前にある曲がり角で予定でない脇道に左折。こういう脇道は一通だったり途中でT字路になったりでぐるぐる回らなきゃならなくて面倒なのだが、もう曲がってしまったから行くしかない。案の定T字路になっていて左折すると、パラパラッと小学生くらいの子供達が駆け出してくる。気を配って最徐行すると、道の脇にぐるっと建っている白壁に、投影されたように最初は黄色の光で何か大きく4文字漢字みたいなものが映り、次に赤でさらに警告のサインと文字のようなものが映った。一番最後を走って来た白いワンピースに長い髪をツインテールにした痩せた女の子が、その警告サインをみてピタッと足を止めて、クルリと振り返って元来た方向に走って戻って行く。政府が緊急警報のようなものをこんなふうにもやり始めたのだな、初めて見たよ、と思いつつ何回か曲がりながら車を実家に走らせている。そんな夢。なんとなくわかったのは、◯二度寝三度寝になる程夢の内容が不穏になる。寝汚く寝直すのはあんまり良くない、ってことかもしれない。あんまり寝過ぎても脳に負担がかかるのかもしれない。せめて7時で起きとけ、ってことか。◯脳の疲れが取れて来た感じがする。とにかくこの半年、いや経済的に追い詰められてから夢って全然見なくなっていたのですよ。毎日気絶したみたいに寝て、暗黒の中からハッと目覚めるみたいに起きる、みたいは日々。それが最近、脳が解凍されたみたいに夢を見るようになった。本当に今まで脳が萎縮するほどストレスをためて疲れていたんではないか、と思う。それが忙しさから解放されて自分を甘やかしまくってきて、やっとここまで心身回復して来たってことなんじゃないだろうか。寝過ぎは良くないから、ここからはちゃんと時間を管理しながらの生活に戻していけるだろうか。拙作「徒長」(通称うずくまるくん)と拙作花器と庭の水仙。スイセンって水の仙人、ってどういう謂れで付いたのかしら。
今朝切れ切れに、熱海に複数の女友達と遊びに行くがはぐれてしまい1人になる西洋系外国人ツーリストと道連れになる思っていたより終電が早かったので駅まで急いでいるうちに間に合わなくなりツーリストが泊まるバックパッカー向けの多国籍なゲストハウスに行き呑んで泊まる朝起きて女友達たちに状況を都度都度連絡していたっけな?とヒヤ ッとするという夢を見ていました。面白いのは寝たり覚めたりしながらその夢を見ていて、ちゃんと夢の続きの世界に戻ること。通常一回夢から覚めると、どんなに良い夢だから戻りたい!と頑張ってもなかなか同じ夢空間には戻れない。思念の力で歪んでしまうのか、戻れたようで微妙にズレた夢空間を体験する。それが今回はバッチリ同じ夢空間の中に戻ったのが珍しかった。だからそれなりに意味がある夢なのかな?と記録しようとしましたが、最後にしっかり目が覚めた後にスマホで「闇金ウシジマくん」(真鍋昌平著のハードボイルド金融漫画)を延々読んでしまって夢の記憶は飛んでしまいました。「起き抜けにスマホで漫画読む」。なんだそれ?私の近況を次の投稿で軽く報告しておきます。昨日ちょっと元気だったから庭でつんだ山椒の花。さっとゆがいて山椒の香りとプチプチした食感を楽しみます。うちの山椒、何年か花が咲くから実がなるかな?と楽しみにしていたのに全然実がならないので調べたら種類から違う、と知りまして。それで心置きなく花を狩る人となりました。
見た夢の記録なんで、他人が見ても面白くないよ。そこんとこ夜露死苦。これは妄想の領域からこぼれたような夢で、記録の意味は薄いかもしれないけれどあまりにも見ていて楽しかったので。山の中、今の自分の家の環境にかなり似た田舎に広めの戸建ての家があり、そこに年の差カップルが実に仲睦まじくくらしている。四十絡みと二十代くらい。そのお家に時々人を招いては泊まりで飲み会など開いていたようだが、この度今までで最大にお客様を招いて楽しむことになった。わたしの視点は若い人の方にあり、一所懸命に裏方的に動いて立ち働いている。どうやらお客様は基本年上の人の友人の系列で、年上の方はホストとして気を回し、年下の人が年上の人の指示に従ったり自分で目配りしながら動いている。年上の人は優しく気配りもできる人なので、つい自分で動こうとするが、そこを年下が「俺がやるから貴方はそっちに居て」と制している。お客様方は大変楽しんでくれているが、いかんせんあまりにも人が多く、若い人は振り回されるように忙しく動いている。そんな状態なのに若い人は「あの人、気を回し過ぎて疲れてないだろうか」と年上の人を心配している。健気。年上の人はもちろん優しい男だから年下の人がほとんど止まっていないのを気にしていてやれるところは自分がやりたい、と自分からも動いている。そんなこんなな一晩が明けて、朝が来て洗面所やお風呂を使わせてあげる為に動いたり、たくさん出た生ゴミを畑のコンポストに持っていくのを申し出てくれた友人の何人かで分担してお願いしたりしている。要所要所で年上の人が「すまない、大丈夫か?」と気遣う目線を投げてくる。年下の人は「貴方こそ大丈夫?」とやはり気遣う視線を投げて応えている。思い合っている2人。疲れたけれど、すごいハッピー。お客様達も自分達もこの家もこの土地も、すごくハッピー。その辺で夢から醒めた。この「お客様を迎える夢」というのはシチュエーション違いで前も見ていて、それは自分ひとりがホストで多分運命の指針を決めている人達をもてなしている感じだった。この夢は仲の良いカップルの生活を「壁になって」見ているようなものなんだが、私が今度は運命のマスターと言える「優しく強い男性性」と良い関係を築きながら泣けるような純真さで一所懸命動いている、様子とも取れます。幸せな2人だなぁ、末長くあの世界で幸せに暮らしてね、なんて思って起きた。まぁそれだけの夢。私は「良い男性性」とはそこに出てきた年上の人みたいに優しくて大きくて世知があって、一緒にいるととにかく全肯定して上げてくれる存在だと思っている。私の夢に出てくる最初の「男性性」はオドオドした大泉洋で私の失敗を「俺がしっかりしてないから!」と半泣きで謝ってきたんだよね。その次出てきたのは眼鏡の聡明そうなお坊さんみたいなオタクみたいな人で、私主演の劇の脚本を大きなテーブルの真ん中に陣取って考えていた。「君に一番いい役をやって欲しいんだよ!」と言った。私の中の男性性が育ってきたのか、私がそういう男性性的なサポートを受け取れる人になってきたからなのか、単にこういうカップル推せる、と思ってるだけか、その全部かな?という夢。
ふとYouTubeをみたら30年以上1日青汁1杯で元気に生きている鍼灸師、森美智代先生が出ていた。(懐かしいスピリチュアルTVで番組を持っていたコバシャールさんのチャンネルでした)西式甲田療法をかじっていた私には西式甲田療法の申し子みたいな方。この数年使い始めた日本の古代文字、龍体文字を使っての治療についても紹介していて、ふと自分が持っている森先生のご 著書を見返したら48文字と勘所がしっかり載っていた。私は今、と言ってももう1年近く足を痛めていて1日外仕事をすると洒落にならないくらい痛む。ので、ちょっとやってみた。笑っちゃうんだが、結構効いたんですよ。昨日1日やってみて、普段は午前午後の授業が終わる頃には足が痛んで歩くのが難しかったのが、昨日はちゃんと歩けた!今日も痛みで寝込んでない。プラシーボ効果だってなんだって良いんです、効くなら。↑これが朝にthreadsに上げた投稿。今日は1日自宅で作業してましたが、脚、痛くないんですつまり、龍体文字とかオシテ文字とか体に書く療法って効くみたいよ。思い込みだって、効きゃあなんだっていいのよ。杖買おうと思っていたんだからね、私。