週末、あやちゃんが車を出してくれてみっちゃんにも付き添ってもらい娘の待つ石巻へ・・・津志田さんの言ってたように途中砂押川を越えたところで周りの景色が一変した 埃っぽい道路の脇には何度もテレビで観た瓦礫やそこへ乗り上げた車の山・山 言葉を失う 塩釜から三陸道に乗るとすぐに渋滞 すれ違う自衛隊の車に一礼をしたくなる 「石巻河南」という看板はいのちの分岐点のようで緊張する 市道は信号がいまだ作動してなく交差点には忙しそうにお巡りさんが交通整理をしていた・・・昭和にタイムスリップか 水は15日ころに引いたというがビルや塀に残る痕跡をみると津波の届いた高さに驚く たぶん小柄なわたしの胸まで浸かるほどだ 間もなく娘が避難している嫁ぎ先の御実家へ到着 憔悴しきっているかと案じていたが元気いっぱいのモンスター 笑顔で駆け寄り夜逃げでもしてきたような救援物資をみて「おうち無くなったの?ぼくのおうちも無くなったの ちゅなみで壊れたの」ママの胸のなかに抱かれて過ごしたあの夜 おうちもママも失った子供たちをふとおもふ いまだに地の底から吼える余震で息がとまるけど・・・ 地の悪魔よ、沢山のかけがえのない命を奪ってもまだ足りないのか 哀しくて空を見上げるとそこにはいつもと変わらない星たちが輝いていた 誰もが言ってた 震災で停電の夜、皮肉にも星が眩しかった・・・と 昨晩、取引先の酒問屋から震災直前に発注した商品が届いた 中には注文していないボトルが沢山入っていて「些少でありますがお見舞いということでどうぞお納めください」との手書きのお手紙が同封してあった 馬場ちゃんからは今回の震災で〆るお店の生き残ったグラズを頂く 「取りあえず使えそうなものだけ かなりぶつかり合った者たちですからすぐに割れてしまうかもです」とのメッセージ付き(笑)沢山の方々からいただいた勇気と温かなお気持ちを、私以上に大変な方々へ伝授できれば・・・ そしてこの御恩は決して忘れません 生かされたいのちを大切に 愛するひとたちを大切に   

やっと春が来た・・・そんな昼下がりに、東京の友人から送られた娘への支援物資を受取、今から山形へ向かうという目黒さんを引きとめ、蕾の桜に囲まれた錦町公園で無事の祝宴をささやかに そんな、しあわせな時間が数週間前まではそこらじゅうにあったのに・・・「朝、サイゼリヤでお年寄りが1人でゆったりと1杯100円のグラスワインを楽しんでいる姿を見ました 40年間、目指してきた(おいしい食事)が日本でやっと実現できた、と思いました」と語るのはサイゼの正垣会長である 先日、彼のインタビューを読んだ 一号店が全焼してしまったとき彼のお母様は、「火事だなんて、それは良かったね、サラリーマンとしてやり直すのもいいけれど、一番いいのは、その店をもう一度やり直すことだよ。おまえのためになるように、自然が、そういう出来事を起こしてくれたんだからね」と一言 次のお店の立地が悪いとなげいたときも「階下に八百屋さんがあるから、工夫が必要なんだよ。場所のせいにしないで、野菜を飛び越えてでもお店に来てもらえるにはどうしたらいいか考えなさい。」そして「人間は、死に向かってずっと歩いていくから、いろんな苦しみがあるんだよ。」と息子を最後まで励まし続けたという母の言葉は、彼の人生のスピリッツとなったという そんな素敵なお話も今はまだこころに響かない もうすこし時が流れれば・・・あの蠟燭の灯りで夜を明かしたこと ラジオの声に癒されたこと 雪の舞う早朝からスーパーに息子と並んだこと そんなことが、いつの日か懐かしい思い出話に変わるまで 正直、誰かのせいにすれば少しは矛先が出来て醜い感情を出せるけど、天災だから怒りの持って行き場がない このやるせない気持ちをどこへ持っていけばいいんだろう・・・ と、検視のために気仙沼へ行ったケトパンチョスの言葉にそんな苛立ちも消える 

家族を捜すひと
外で立ちつくす人
安否情報を見続ける人
家族に会えた人、響き渡る嗚咽
自分を責め泣き崩れる父親
ビニールシートに落ちる涙
続々と運び込まれるご遺体

そんななかでただ歯式をとることしか
できない無力な自分

みなさん愛する人を
大事にしてください
 

明け番の長女と待ち合わせ 被災(家が津波で流されてしまった)した次女の身の回りの品を購入するために・・・ ユニクロの柳井社長の10億円義援金のニュースには驚いたね~本当のお金の価値を分かっている方なんだね~という話をしながらアエルのユニクロへ向かう 娘とモンスターの喜ぶ顔を浮かべながらミキーマウスのTシャツとカーキーのパンツを親子セットで選ぶ 街は以前のような活気はまだないけれど物資はほぼ足りてきている様で商店の前の長蛇の列が無くなった その後マカンへ顔出しすると未だガスが復旧していないので営業ができないと嘆いている 七夕へ顔出しするとこの先お店を継続できるか不安だと涙目のみゆきちゃん・・・ この私もそう でも、先日無事な姿を見せてくれた東名の阿部くんは、家も仕事も失い何より尊敬するお父様を亡くされたけれど「ここに来ると仲間に会えてほっとします また・・・牡蠣ツアーやりますか?!」と 励ますはずの私たちに元気をくれる彼の笑顔に、こんなことで弱音は吐けないと思った そして、お花屋へ立ち寄りちいさな春の贈り物を調達し、31年の歴史に今日のランチをもって終止符を打つ、老舗ビッグマウスの鈴木さんのところへ・・・ 町内会の阿部夫妻と共に開店と同時に入り、何度も味わってきたハンバーグとビールを注文 私がこのお店に足を運び始めたのは10数年前のこと それからは親友や仲間たちのお誕生会によく使わせていただいたものである ビッグマウスとは「大口を叩く」「ホラを吹く」ことの意であるが、その意味を知らなかった鈴木さんが自分の口がでかいからということで付けた屋号らしい(笑) そんな屋号とは関係なく誠実なお人柄が滲み出ているオーナーの鈴木さんの料理にみな魅せられてきた31年  ときに歯を食いしばって営業を続けたこともあったはず 立ち退きじゃなかったら震災で店がぐちゃぐちゃになっても再建されたことだろう そんなことを振り返りながら、いつもと何ら変わりなく、カセットコンロで最後の最後までフライパンを振り続けた鈴木さんを見つめて、心の中で「ありがとうございました」と呟いた 3月11日から時間が止まっていた3月が漸く終わる 明日からやっと時計を刻む音が聞こえだす 街の騒音も・・・