新しいお酒に出会うのは、いい男に出逢うような感動がある デパ地下で偶然遭遇したヨーグルトリキュール「子宝」 なんともネーミングがいい それに肖りたい馬場ちゃんと一緒に味見する 鳴子にも同じようなお酒があるそうで、まだまだ酒の世界は未開の地なり 何かの本に、お酒の効能は一日の緊張を和らげ(息抜き)明日への活力を注入する(息入れ)そして真摯にお酒と向き合うとき愛する誰かの息づかいを感じるともあった もちろん、健康でこそ味わえる幸せだが・・・ 感動といえば、知らないことを知った時にも得ることができる、と語るのは 今嵌っている、元NHK記者池上彰さん 彼の「池上彰の現代史講義」(BSジャパンで放送中)は面白い! 歴史を知ることと共に世界の今を知ることも大事 裏番が酒場放浪記だけど、今回だけは彼の現代史講義に軍配あり もうひとつ、感動を与えてくれるものといえば、オリンピックやなでしこジャパンのような「アスリート」という生き方 自分自身の身体で引き受けて、逃げもしない、言い訳もしないその潔さであろうか 他人のことには口を出し、自分のことはおざなりな現代社会で、その生き方は眩しく映る 脳科学のお話では、「身体の限界よりも、脳の限界の方が先にくる」ということらしい 私たちは、もてる力の100%を発揮していない、70%くらいでお茶を濁して、これがぎりぎりだなどと自分を騙していると茂木さん そういえば、お隣の親方が、店を引っ越して、家賃は半分になって商売は確かに楽になったけど、以前の必死に頑張ってたほうが満足感があったかもしれないね~と呟いていた言葉、頷ける 自分の乗り越えられる程度の負荷をかけ乗り越えたときの達成感が脳には最高の栄養らしい でも、いつまでその負荷を自分自身にかける勇気があるかどうか・・・ ときに一休みもいい  一杯の寝酒で、ストレスをストレッチすることも大事 一杯で終わればいいのだが、私にはその決断力がどうも欠けているようだ 昨晩の中秋の名月はおぼろ月 ぼんやりとした月光の方が神秘的に映るのは何故だろう その月光に貴方はなにを願いましたか? 私は・・・ 


昼間は夏がしぶとく居座ってはいるけれど、店を終えて外に出ると頭上には秋の星座、うお座が輝きどこかひんやりとした風がそよぐこの頃 この時期は油断禁物、プチ風邪にご用心あれ そして今なお続く微かな余震に怯えながら、今年も定禅寺ストリートJAZZフェスティバルが開催された 朝から太陽が照りつける中、東京から古賀さんご夫婦、板倉マネージャーも駆けつけてくれ、いつしか恒例となった錦町公園での大宴会からスタート! 結局、音楽より酒なのか?? ともあれ、再会に感謝しつつ、今年はお約束通り下田先生のライブが聴けて大満足 夕方、マー坊と合流し、酔っぱらいのまま同級生の二次会のため店を開けた 一緒に騒いでフラフラになって、最後は板マネと呑んで別れる 翌朝、昨夜の酒を残しつつ静かな9.11を迎える NYではテロ10年目の追悼式典が、被災地では6ヶ月目の追悼ライブが行われる中、私は急死した高校時代の友人の告別式へ向う 妹のピアノ伴奏の中独り者の彼を沢山の仲間たちが永久の祈りを込めて天国へとお見送りする そしてまた哀しみがひとつ その足で義妹のお父上のお通夜に参列する 振り返ると其々の人生の幕の引き方はみな様々で、それはそのひとの生き様そのものなんだと実感 ひとはみなどこかで繋がり、身近な人々を失って初めてその思いやりをみる 気が付いた時にはその相手は去っている 昨年の夏、私が哀しみに暮れてた時共に泣いてくれた義妹、まだ受け止められない現実と向き合っている彼女の深い哀しみに無言で寄り添う 世の中は無情にもその繰り返しなんだろう 誰もが、残りの人生、楽しく笑って生きていきたいと願う でも、今このときに、世界のどこかで哀しみの涙を流しているひともいることを忘れてはならない そして、その哀しみにもいつかは終わりが来ることを信じて・・・ 先週末のこと、久しぶりに先輩夫婦とお茶して、誘われるまま復興支援のひとつでもあるSENDAI座の「十二人の怒れる男」を観ることになった 12人の陪審員がある殺人事件の評議を始める一室が舞台、11人が有罪と判断するなか1人が無罪に挙手する 「とにかく話し合おう、無罪を確信しているわけじゃない、ただ(証言や証拠に)疑問を持っている」と 日本では剣道、茶道、華道、合気道など、あらゆる「道」があるが、人として如何に生きるかの「道」を・・・見知らぬ誰かのために最善を尽くすその真摯な姿に、ふと感じ得ることができた まずは、目の前の愛するひとを大切に

朝から何やら騒々しい 今、一時避難中のモンスターは毎朝おばあちゃんの部屋へ入りびたって、あるときはおばあちゃんの布団に潜り込んでいつもの会話を愉しんでいるのだ いつもの・・・というのはあの時期の子供が通過する何故なぜ攻撃である 今日はおばあちゃんは具合悪いからねぇといえば、どうして具合悪いの、どこが具合悪いの?お薬は? チョコのお散歩は雨でお休みだよといえば、どうして雨だとお休みなの? そこで雨だと濡れるからなんて安直に言ってしまったらさぁ大変 濡れちゃだめなの?傘があるよ、もしくはどうして雨はお空から降るの?とくればもう母の手には負えず私の名を呼ぶ 内田さんは学力のことを「学ぶ力」と表現して「学ぶ力」は他人と比べるものではなく、個人的なもの「学ぶ」ということに対して、どれくらい集中し、夢中になれるか、その強度や深度を評するためにこそ「学力」という言葉を用いるべきと言われていたが、モンスターの会話から学ぶというその健気さというものは大人になっても失ってはならないと感じるのである 学校のお勉強だけじゃなく、多くの書物や遊びを通しての学び、そしていつしか自分の力で人生を旅することができるようになったなら・・・ 「目的地はどこだっていい この国以外の、風の中に立ちなさい そこには君が今までみたものと全く違う世界がある」今読んでいる「伊集院静の流儀」の中には10年後のモンスターへ捧げたい言葉がぎっしり詰まっている 明日なにが起こるかしれない 世界は刻々と変化する 時も待ってはくれない・・・ 今なにをすべきか 昨晩、我が組の兄貴こと平賀ちゃんのお誕生日のお祝いに、二郎先生から贈られたメッセージは「48歳の抵抗」(笑) 平凡なサラリーマンが19歳の少女に魅せられて、現代の倫理と48歳の肉体に抵抗してゆくというロマンスグレーの心理を描く、石川達三の小説 体力は衰えたとしても、酒の愉しみと愛する情熱は失ってはならないということかな~ おめでと