先週、また呑みすぎてしまった・・・気分が良くなって、小雨の中をまた一軒、が良くなかった そのあと、友人のお店のシャッターをこじ開けたりはしゃいだり、牛丼にビールで仕上げた(記憶なし)というのだから恐ろしい 朝になって、頭がズキズキすると触ればタンコブ! 鏡をみてまたびっくりたまげた 顔も赤くなって腫れ上がっていた 傘も消えた というわけで、台風の夜はオオカミが洞穴で息をひそめて傷を癒すかのように布団に包まって休んでた (笑) 今度こそ、当分の間、断酒しようとこころに決めたのだが・・・  

いよいよ週末、仮設住宅の入居が整い、約4ヶ月間の四世代の賑やかな共同生活が終わった 引っ越しの整理をしながら、暮れに生まれてくる娘の子供(モンスターはお兄ちゃんになる)の名前を考えた モンスターは、世の中を明るく照らすという「煌」という文字を、そして今回は震災に遭った両親の切なる想いを込めて人のために生きるという「侑」の文字を引用することにしたそうな(酒食を勧めるという意味もあるそうで・・・ちと複雑) 私は、さよならが辛くて一足先に家を出た どうか、世の中のためとは言わずとも、せめても貴方を守り育てた母(娘)に苦労をかけぬような大人になっておくれ・・・ そう祈りながら、男運の悪い同級生との呑み会(ビール祭り)へ 結局、断酒は延期 そして、みっちゃんと斉藤誠&角田俊介ライブへ 満員御礼の会場にみたのは、被災地の天災への怒りを、酒が好きな人音楽の好きな人誠さんのファンの人・・・其々の旋律に体を揺らしながら詰まったなにかをぶっ飛ばしている 泣いているひともいた 九ちゃんのCM歌を口ずさんでいたモンスターの笑顔が浮かび、同級生との会話の中で懐かしんだ今は亡き恩師の言葉が蘇る 「多くを学べ それは必ず役に立つ日が来る 誰かのために」 あぁ、もう一度あの恩師の講義を受けたいものだと、美しい上弦の三日月を愛でながら家路を急ぐ・・・ 家に戻れば、急に静けさが身に染みて、いつしかセミの声がコオロギの泣き声に代わったことに気づく 昔から、人はこうして孤独と向き合うことによって、人の温かさに感謝し続けてきたのだろうか 眠れずに暫しヨガを 地球の吐息に合わせて・・・ おやすみなさい

というわけじゃないが、日曜の昼下がり、私は北鎌倉の東慶寺に佇んでいた 東慶寺は、松ヶ岡御所ともいわれ、「駆け込み寺」または「縁切り寺」と呼ばれる尼寺だったとか・・・ 鎌倉時代に生きた女性たちの侘び寂び?のような気を感じる閑静な禅寺である ここを薦めてくれた友人はこの鎌倉で生まれ育った 日本のどこで生まれ育ったか・・・ 沢山のひとと出会い、様々な処へ旅をし、この年齢になって、そのことが人間の個性に影響するのだと確信する この鎌倉の地のクオリアをそこで育ったひとに染み渡る不思議な魅力を、その友人は放つ いつだったか、富士宮出身の友人が、毎朝富士山を拝める環境にあるとね、滅入ることがあったときにはいつも目の前の富士山から底知れぬ勇気をもらえるんだよと話していたことを思い出した あの美しい鳴瀬の海を眺めながら生きていた阿部さんを初め、三陸の海の男たちは、被災しても海に戻り海に魅せられ、そして愛し続けるんだろう そんなことを思いながら、そこから鎌倉五山の建長寺から、鶴岡八幡宮へと緩やかな坂道を下り、鎌倉駅まで続く桜並木を潮風の匂いのなか散策する そうか、海が近いんだ 景観は様変わりして、未だ夏の喧騒の残る光る湘南海岸を眺めながら藤沢まで、初めての江ノ電に揺れる 藤沢からは550円のG指定をとり、東海道鈍行列車の一時間は豪華な動く居酒屋の旅と化すのだ 東京での〆は上野のいつもの「肉の大山」で ほろ酔い、戻りの新幹線の中ではお決まりのトランヴェールを読む 今月の角田光代さんのエッセイは偶然にもテーマは「故郷」 東京出身の彼女が、生まれ育った町が東京からどのくらい離れているかが、その人の書く小説に影響するといい 齢を重ねるにつれて故郷は欲しくなる、列車に乗って車窓を眺め故郷が近づくにつれて湧き出る気持ちを味わってみたい、それがないとどこへいくにも「行き」なのだ・・・と綴ってあった 「帰り」のある私はしあわせもん 旅をして一期一会の美しき景色に触れる感動の奥に、ひとはずっと昔の自分を振り返るのだ 愛するひととの懐かしい思い出を重ね合わせ、時めく そして旅の終わりに近づくとき、今ここを生きる自分と再びまた真摯に向き合う 旅は過去と現在をしばし繋ぎあわせる帰り盆のようなひと時なのかもしれない    

著者の中下大樹さんは、今もっとも注目されている僧侶のお一人 ホスピスで家族や社会とのつながりが薄れてしまった人々を看取った経験から、超宗派僧侶ネットワーク「寺ネット・サンガ」を立ち上げ、自殺や貧困、孤立死の問題に取り組んでいる 大震災では、被災地石巻にて遺体の捜索や供養等のボランティアも行い、そこで感じたことは、「今の日本には悲しむ力が足りない」ということ 厳しい競争社会の中で、誰かの悲しみを自分のことのように悲しんだり、自分の中にある悲しみを見つめることを避け、そして悲しみを見ないようにしてやり過ごした結果、「縁」を磨いたり、つないだり、育んだりする方法がわからなくなってしまったという そこに昨年の流行語にもなった「無縁社会」が生じる 被災地の人々が突然の悲劇に呆然としている最中、日本中に「がんばれ」「がんばろう」の大合唱が響きわたったとき、この私も違和感を感じた 勿論、いち早く復興したい、応援したいという気持ちはわかるが、家族や友人、家や財産を失った人々から「悲しむための時間」を奪う行為ともいえるかもしれない 娘も命からがら逃げたその友人たちも、これ以上何をがんばれというのか・・・と口々に言っていた 田舎のほうでは車は必需品である やっと頂けた義捐金は車を購入して終わってしまうというその現状 それでも、みんなが集まればとにかく生きててよかったと安堵し、多くの友人から送ってもらった靴や下着、どれだけ有難かったことかとあの時を振り返る 震災の翌日、避難所で配布されたのはおせんべい一枚 それを全部子供に与えたという娘が頼もしく思えた 何度も何度もお水の配給に並んだ姿をじっと見つめていたモンスターは今でもお水が大切という その経験は、いつしか人生のなかで大きな意味を持つことだろう 震災から半年、災害心理学では、この時期に「蜜月期」から「幻滅期」に移行する、要は被災者たちが力を合わせて困難を乗り越える「蜜月期」が終わり、政治や行政などの大胆な施策なしには立ちゆかない「幻滅期」に入るという 歴史は繰り返す、愚かなことを積み重ねて今があり それを学んで愚かなことを繰り返さないようとの教訓を得ることが歴史に学ぶということならば、この哀しみの心を次世代にしっかり伝えていくことは大切なこと そういえば、仏教でいう「慈悲」という言葉は、「悲しみ」から「慈しみ」が生まれるということ・・・である