著者の中下大樹さんは、今もっとも注目されている僧侶のお一人 ホスピスで家族や社会とのつながりが薄れてしまった人々を看取った経験から、超宗派僧侶ネットワーク「寺ネット・サンガ」を立ち上げ、自殺や貧困、孤立死の問題に取り組んでいる 大震災では、被災地石巻にて遺体の捜索や供養等のボランティアも行い、そこで感じたことは、「今の日本には悲しむ力が足りない」ということ 厳しい競争社会の中で、誰かの悲しみを自分のことのように悲しんだり、自分の中にある悲しみを見つめることを避け、そして悲しみを見ないようにしてやり過ごした結果、「縁」を磨いたり、つないだり、育んだりする方法がわからなくなってしまったという そこに昨年の流行語にもなった「無縁社会」が生じる 被災地の人々が突然の悲劇に呆然としている最中、日本中に「がんばれ」「がんばろう」の大合唱が響きわたったとき、この私も違和感を感じた 勿論、いち早く復興したい、応援したいという気持ちはわかるが、家族や友人、家や財産を失った人々から「悲しむための時間」を奪う行為ともいえるかもしれない 娘も命からがら逃げたその友人たちも、これ以上何をがんばれというのか・・・と口々に言っていた 田舎のほうでは車は必需品である やっと頂けた義捐金は車を購入して終わってしまうというその現状 それでも、みんなが集まればとにかく生きててよかったと安堵し、多くの友人から送ってもらった靴や下着、どれだけ有難かったことかとあの時を振り返る 震災の翌日、避難所で配布されたのはおせんべい一枚 それを全部子供に与えたという娘が頼もしく思えた 何度も何度もお水の配給に並んだ姿をじっと見つめていたモンスターは今でもお水が大切という その経験は、いつしか人生のなかで大きな意味を持つことだろう 震災から半年、災害心理学では、この時期に「蜜月期」から「幻滅期」に移行する、要は被災者たちが力を合わせて困難を乗り越える「蜜月期」が終わり、政治や行政などの大胆な施策なしには立ちゆかない「幻滅期」に入るという 歴史は繰り返す、愚かなことを積み重ねて今があり それを学んで愚かなことを繰り返さないようとの教訓を得ることが歴史に学ぶということならば、この哀しみの心を次世代にしっかり伝えていくことは大切なこと そういえば、仏教でいう「慈悲」という言葉は、「悲しみ」から「慈しみ」が生まれるということ・・・である