今回の酒場放浪は池袋を攻めることに。日頃の行いが良くてお天気にも恵まれ、いつものワインとデパ地下で買ったサラダを摘まみながら快適な新幹線の旅。旧友と再会して、池袋西口駅前のふくろでまずは乾杯!目的は高田馬場にある鳥やす本店。噂通り開店前から長蛇の列。でも、スタッフの慣れた誘導で、開店直ぐに席に着き注文も手早い。メニューはどれもこれも心そそる逸品。いつも思うのだが、こんな感じのお店が仙台にあったらな~。お腹を八分目にして、神楽坂の赤城神社へ御参りすることに。今年も美味しいお酒が呑めますように…都心とは思えない閑静な住宅街を抜けるとそこに見えてくるのは居酒屋椎名の赤提灯。田舎に帰ったような安堵感。大都会だけど。ここのタマネギ焼酎を呑まねば年が始まらない。オマケに朝鮮人参酒までいただき元気一発!お陰で翌日も、早めに起床し東京駅地下街を散策。今回は迷わずにリカーショップハセガワへ辿り着けた。珍しいお酒を試飲して購入すること一時間。一人ならもっと色々なお酒を試飲したかったけど、連れはあまり興味のない世界。昼前、予約を入れてた丸ビル35階のレストラン・オザミへ向かう。窓側の席から東京湾までの絶景を眺めながらのランチは最高なり。2500円ランチにグラスワインセット1800円を付けるが、これがかなりのお得感もあり。新しくなった東京駅も眼下に見下ろせるこのレストランはいつかまた来たいが、因みに夜景ディナーはちとお高いです。ゆっくりと高級フレンチを堪能した後、上野の東京国立博物館へ移動、昨日から開催されている「円空」特別展へ。その昔、阿修羅像展のときと同じように、それはそれは恐ろしいオバタマ達の長蛇の列を予想したのだが、円空はイケメン像を造らなかったのがよくなかったみたい。お陰でゆっくりと円空仏に向き合うことができた。仏像に心底魅せられるようになったのは50を越えたあたりから。そうそう、20くらいで天命を知っちゃいけないし、生きてるひとを愛しなさい。まぁ20代はハチャメチャなくらいがいい…のだけど、それにしても今年の成人式はハチャメチャな天候でしたね。それでも私は大雪の中を麻雀教室に出席して、夕方はどんと祭へ御参りして、今年初めての友寿司に立ち寄り、冷えた身体を熱燗で温めました。飲兵衛には天気はあまり関係ないのでございます。
月曜日、神戸在住のあるお客様が仙台で開かれた会合に出席した後、店にいらしてくれた。彼は年に三・四回ほどの来店客ではあるけれど、穏やかなお人柄と、私にとっては懐かしい関西弁で周りのお客様を魅了させる空気を持った方。昨年末にひょんなことからワカメちゃんとある約束を交わす。彼の仕事場の近くにあるケーキ屋さん(兵庫県三田市)の小山ロールを手土産に年明けお会いしましょうとの約束。小山ロールとは…TV東京「TVチャンピオン」グランドチャンピオン大会決勝の中で生まれたという有名なケーキ。全国の強剛パティシエが腕を競うその番組で、小山シェフがめざしたのは「SIMPLE IS BEST」。たっぷりのハチミツと卵黄を泡立てて、丁寧に空気を抱き込ませた生地をじっくり焼き上げ、しっとりときめ細やかなスポンジに、まるでカステラのように懐かしい甘さと、卵の風味、フワフワ、もっちりした口当たり。中には生クリームにカスタードをほんの少し混ぜたコクのあるクリームと、甘さをおさえた栗のコンポートを巻き込みましたと、涎の出るようなコメントが載ってました。そして大会では、この小山ロールが味覚部門の1位を獲得。
シンプルなものほど誤魔化しがきかず難しい…人間も、歳をとって肩書きも美貌も体力もなくなってきた時に、その人の生きてきた姿が浮き彫りになって、どうカッコつけようが誤魔化せないのだと、大先輩に教わったことがあったけ。
そして、そのお客様は約束の小山ロールを前に曰く。「年末にある懇親会に出席したら、なんと小山パティシエと同席させていただいてね。彼のお人柄にすっかり魅せられてしまいましたよ。チャンピョンとかになると天狗になってる方もいらっしゃるけれど、彼は近い将来、子供たちが自分のお小遣いで買えるような、子供達しか買いに来れないような、そんなお店を開くのが夢なのだと語ってくれましてね。おそらく利益なんかあらへんやろ。なんや、感動しました。」私が元気なうちに、「子供のためのケーキ屋さん」を実現して欲しいな。それよりも、偶然にも小山さんと同席されるという彼の正体は?まぁ、私のお店ではどこで何をされているかは深く問わないというか、関心のないことなんだけど、でもやっぱり気になる…スイーツには縁遠い私であったけど、どこの世界にも素敵に生きてらっしゃる方がいるんだなと、年明けから胸が熱くなるお話を伺いながら、小山ロールをみんなで味わったのでした。人は皆、美味しいものを口にするとふっと笑顔になる。これには、カルバドスが合うかな。いや、こう寒けりゃホットワインでしょ。
シンプルなものほど誤魔化しがきかず難しい…人間も、歳をとって肩書きも美貌も体力もなくなってきた時に、その人の生きてきた姿が浮き彫りになって、どうカッコつけようが誤魔化せないのだと、大先輩に教わったことがあったけ。
そして、そのお客様は約束の小山ロールを前に曰く。「年末にある懇親会に出席したら、なんと小山パティシエと同席させていただいてね。彼のお人柄にすっかり魅せられてしまいましたよ。チャンピョンとかになると天狗になってる方もいらっしゃるけれど、彼は近い将来、子供たちが自分のお小遣いで買えるような、子供達しか買いに来れないような、そんなお店を開くのが夢なのだと語ってくれましてね。おそらく利益なんかあらへんやろ。なんや、感動しました。」私が元気なうちに、「子供のためのケーキ屋さん」を実現して欲しいな。それよりも、偶然にも小山さんと同席されるという彼の正体は?まぁ、私のお店ではどこで何をされているかは深く問わないというか、関心のないことなんだけど、でもやっぱり気になる…スイーツには縁遠い私であったけど、どこの世界にも素敵に生きてらっしゃる方がいるんだなと、年明けから胸が熱くなるお話を伺いながら、小山ロールをみんなで味わったのでした。人は皆、美味しいものを口にするとふっと笑顔になる。これには、カルバドスが合うかな。いや、こう寒けりゃホットワインでしょ。
7日より営業しました。今年もどうぞよろしくお願い致します。元旦から一週間、何も決め事をせずに、気を抜くことの大切さを味わったような気がします。あと何回母とお正月を迎える事ができるか…二人だけの年越しを静かに平和に終えたのですが、三が日年始の挨拶に訪れる人たちの(孫の面倒も含め)対応であっという間に時間が過ぎてしまいました。かつて里帰りする立場だった人間にはわからないこと。夜にはひとり旨い酒でゆっくりするはずだったのですが…モンスターの夜泣きに右往左往してる自分が情けなくもあり、テキパキとモンスターの入浴やらをこなしている娘が頼もしくもあり。とまぁ、我が家もいよいよ世代交代の時を迎えたのかもしれません。
昨年末、二郎先生より奈良にいます…との生存メールを受信。奈良は大阪時代によく訪れたところである。特に興福寺の阿修羅像には、魅せられた。モデルは国宝「阿修羅像」。本来サンスクリットでは「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされるが、「a」が否定の接頭語となり、「sura」が「天」を意味することから、非天、非類などと訳され、帝釈天の台頭に伴いヒンドゥー教で悪者としてのイメージが定着し、地位を格下げされたと考えられている。帝釈天とよく戦闘した悪神である。しかし、釈迦が涅槃に入ってからは、帰依して必ず側にいる重要な善神となったことは有名。興福寺の阿修羅像は、奈良時代に光明皇后が亡き母・橘三千代のために造らせた供養仏の一体といわれる。それゆえ、表情の異なる三つの顔と六本の細くしなやかな腕の調和美、哀愁を帯びたまなざしが見る者の心を深くとらえるのかもしれない。懐かしくなって、ネットで阿修羅を眺めてみる…眉間にシワを寄せるあの表情は、新米モンスターにどこか似ていて嬉しくなった。そう、興福寺の阿修羅像は、見る人の今の心を映し出すそうな。
人生もかくの如し。シナリオ通りにはいくはずもなし。紆余曲折な年月を経て、多くの方々に多大なるご迷惑をかけ、また支えられてどうにか生きてきた。でも、それなりに天命を知ったら、いつしか自分もあの阿修羅のような守護神になりたい…なと願う。いつでもどこでも、貴方たちを見守っているから安心なさい、とね。
昨日は、年始のご挨拶も兼ねて、いつものお仲間と仕事終わりの乾杯を…ぷん福で。久しぶりの熱燗紹興酒にピリ辛鍋で至福のひと時。まだまだ、修羅の境涯から解脱できそうにない。
昨年末、二郎先生より奈良にいます…との生存メールを受信。奈良は大阪時代によく訪れたところである。特に興福寺の阿修羅像には、魅せられた。モデルは国宝「阿修羅像」。本来サンスクリットでは「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされるが、「a」が否定の接頭語となり、「sura」が「天」を意味することから、非天、非類などと訳され、帝釈天の台頭に伴いヒンドゥー教で悪者としてのイメージが定着し、地位を格下げされたと考えられている。帝釈天とよく戦闘した悪神である。しかし、釈迦が涅槃に入ってからは、帰依して必ず側にいる重要な善神となったことは有名。興福寺の阿修羅像は、奈良時代に光明皇后が亡き母・橘三千代のために造らせた供養仏の一体といわれる。それゆえ、表情の異なる三つの顔と六本の細くしなやかな腕の調和美、哀愁を帯びたまなざしが見る者の心を深くとらえるのかもしれない。懐かしくなって、ネットで阿修羅を眺めてみる…眉間にシワを寄せるあの表情は、新米モンスターにどこか似ていて嬉しくなった。そう、興福寺の阿修羅像は、見る人の今の心を映し出すそうな。
人生もかくの如し。シナリオ通りにはいくはずもなし。紆余曲折な年月を経て、多くの方々に多大なるご迷惑をかけ、また支えられてどうにか生きてきた。でも、それなりに天命を知ったら、いつしか自分もあの阿修羅のような守護神になりたい…なと願う。いつでもどこでも、貴方たちを見守っているから安心なさい、とね。
昨日は、年始のご挨拶も兼ねて、いつものお仲間と仕事終わりの乾杯を…ぷん福で。久しぶりの熱燗紹興酒にピリ辛鍋で至福のひと時。まだまだ、修羅の境涯から解脱できそうにない。