開店以来お店の重鎮中の重鎮であり、私の一番の理解者であり、偶然にも小中学校の後輩であり、よき呑み友であったアンディが、月曜日に急性心不全でなくなりました。一週間前には、伊藤さん、えりちゃんと一緒に楽しく麻雀してたのに…あまりの突然のことゆえ、未だに信じられずにいましたが、昨晩、向こうへ一足お先に旅立たれるアンディと最期のお別れをしてこの辛い現実を知りました。その穏やかなお顔には、生前の彼の生き方が全て表れてて、そんな彼と共に最後の数年を愉しめたことを深く感謝しました。毎年恒例の芋煮会は、いつも幹事役でまとめてくれて、お店の引っ越しもそう。一昨年の五十歳のお誕生日に、今日は人生の折り返し地点などと言って笑わせてくれたアンディでしたが、単に大嘘つきだということがわかり、怒鳴りつけようにも喧嘩しようにも、そしてお礼を言いたくても、当の本人がいなきゃどうしようもない…この怒りと寂しさと哀しみをどこへぶつけたら良いのか、さっぱりわかりません。共に旅したローカル線の思い出をここに綴ろうかと思いましたが、それには私の残された時間が足りないくらいデータが膨大過ぎることに気がついたので省略させていただきます。「十分泣いたから、明日からは元気にお店に立つんだ!」と娘に言ったら、「いいんじゃない?無理しなくても。哀しくなったら何度でも泣い たらいいよ。それが人間ってもんだよ。」と娘。と、そんな感じに明日から再開しますからよろしくです。お時間のある時に何度でも献杯に寄ってください。そして、ずっとずっとアンディのことを忘れないでいてあげてください。
今年のバレンタイン。先週、お店からも小さな愛をお届けしたいなと考えてた時、藤本先生から素敵な女性を紹介いただく。その方が、アルバイト先のケーキ屋のチョコレートケーキを勧めてくれて、これも人のご縁とお願いした。昨日、ケーキを受け取りに行くと…私の店同様、そのお店の場所は街の中心部にあるのだが、店構えはケーキ屋じゃなくて呉服屋?危うく見過ごしてしまうとこだった。あれ?どこかでこの店を見たと記憶する…震災後のある番組で「Smile for Birthday」と言う、被災地で誕生日を迎える子どもたちにバースデーケーキをプレゼントする復興支援を取り上げてた、あの時のケーキ屋さんだった!! 気にかけてはいたが、このタイミングで出会うとは。元々、オーナーの橋浦さんにはいつか実現させたい、ある想いがあったという。それは、「ある程度店が軌道に乗ったら、さまざまな理由で親をなくした子どもたちや施設にケーキを無償で届けたい」ということ。先日の小山ロールのパティシエの夢のよう。そこへ友人である、あの有名なスコップ団の平さんの声がけもあっってケーキを配り始めた。最初の届け先は、津波で母親を亡くした一人の子ども。サプライズでケーキを受け取り、恥ずかしがりながらも喜んだ表情が忘れられないと、番組で語っていた。ケーキではなく、温かなおもいを届けたいと。まもなく震災から二年。女川で和菓子の職人だったお父様の影響か、日本人がホッとする和心を取り入れた「九ニ四四」のケーキをこれからも応援していきたいと思った。
このところ風邪なのかよくわからないが怠い。これも老化か。そんな時はやっぱり薬草酒をいただきゆっくり休むに限る。作家の石川淳も、「文学談断片」というエッセイのなかで、シャルトリューズ・グリーンへのすばらしいオマージュを綴っているのでご紹介しよう。
「こういふものを二杯以上のむバカはない。その一杯か二杯にしても、立ちながらにぐっとあふったのではなんの変哲もない。焼酎でものんだはうが気がきいてゐるだらう。ただそこに居ごこちのわるくないソフアがあって、目のまへに大きいガラス窓があって、窓の外は巷のけしき、巷にはさみだれが霧のやうにふっていたとすれば、ひとりでゆっくりたのしむために、しぜんゆっくりのむことになるが、シャルトルーズの青といふ酒はぴったりにして、今日は知らず、以前はそれが適してゐたやうである。このとき、その場に身を置くと、しゃれにのむといふ料簡はすでにしゃれといふものですらなく、ほんの一杯か二杯に時間はたちまち止まって永遠にひとしい」
シャルトリューズとは、フランスを代表する美しい薬草酒である。その一杯で、時間が止まって素敵な夢を見れるなら…私は、そんな幸せな味をこれからも追求していきたい。
このところ風邪なのかよくわからないが怠い。これも老化か。そんな時はやっぱり薬草酒をいただきゆっくり休むに限る。作家の石川淳も、「文学談断片」というエッセイのなかで、シャルトリューズ・グリーンへのすばらしいオマージュを綴っているのでご紹介しよう。
「こういふものを二杯以上のむバカはない。その一杯か二杯にしても、立ちながらにぐっとあふったのではなんの変哲もない。焼酎でものんだはうが気がきいてゐるだらう。ただそこに居ごこちのわるくないソフアがあって、目のまへに大きいガラス窓があって、窓の外は巷のけしき、巷にはさみだれが霧のやうにふっていたとすれば、ひとりでゆっくりたのしむために、しぜんゆっくりのむことになるが、シャルトルーズの青といふ酒はぴったりにして、今日は知らず、以前はそれが適してゐたやうである。このとき、その場に身を置くと、しゃれにのむといふ料簡はすでにしゃれといふものですらなく、ほんの一杯か二杯に時間はたちまち止まって永遠にひとしい」
シャルトリューズとは、フランスを代表する美しい薬草酒である。その一杯で、時間が止まって素敵な夢を見れるなら…私は、そんな幸せな味をこれからも追求していきたい。
11日は娘の誕生日、二人の幼い子供達に抱きつかれ、ママ~!ハッピーバーチュデー!されている様子を浮かべながらお祝いのメールを打つ。夕方は、弟の家族が母の誕生祝いにやってきて、手袋のプレゼントのお返しにと、結局お寿司をご馳走したのは母(笑)そんな賑やかな会話の中で、この私とやらは、恐ろしい確定申告に追われてる。毎月末に整理をしていなかったことを毎年悔やむ。私の場合、昼の講習の申告があるのでなおさらややこしいし、ワインを呑みながらタラタラやってると計算も違えるし…領収書が見当たらなくて焦るし、でも、その僅かな還元でモンスターの小さな靴下のひとつでも買ってあげれたらと思うと集中力が増す。モノのやり取りではなくて、有難うの言葉が欲しいのでもなくて(ちょっと欲しいけど)、嬉しそうな笑顔がただ見たいだけ。
一休みして、吉田類の酒場放浪記を。なんと、遥か昔みんなで沖縄へ行ったときに、偶然入ったお店が取り上げられてて嬉しくなる。那覇、栄町にあるおでんや東大。そこの焼きテビチは絶品で、類さんもお気に入りの様子である。その後は、TBSドキュメンタリー番組「生命38億年スペシャル 最新遺伝子ミステリー“人間とは何だ…!?」DNAが99%同じという人間とチンパンジーの違いについて。1%の違いとは会話であった。FOXP2遺伝子は、人間の言語コミュニケーションをつかさどり、一連の会話を可能にする働きをもつ重要なスイッチ、これはヒトとチンパンジーとの共通先祖が枝分かれした後、人間特有に進化したものだそうである。なるほど…しっかり訓練すればチンパンジーも麻雀ができるのかもしれない。でも、麻雀の愉しみは、何と言っても4人の会話である。
私も所属する、みやぎ障害者ITサポートセンターでは、障がい者のコミュニケーションの場を確立するために、支援をしている。と、一応ここで宣伝もしておきましょう。
夜、お布団に入ると、母が気分のいい時だけと思うが、中に湯タンポが入ってることがあって驚く。が、温か~い。明日起きたら、有り難うと言おう。感謝の気持ちや謝罪の言葉、その場のタイミングで伝えなければならないこと。人の悪口や自分の愚痴、いちいち話さなくてもよいこと。ちょっと異なるかもしれないが、養老さんの似た言葉を思い出す。忘れていいこと、忘れてはいけないこと、忘れなくてはならないことの仕分けのできる人間が教養のある人間という、と。人間として豊かに生きるということは、こうした温かな言葉のキャッチボールが必要なのだと、改めて感じた夜だった。おやすみなさい。
一休みして、吉田類の酒場放浪記を。なんと、遥か昔みんなで沖縄へ行ったときに、偶然入ったお店が取り上げられてて嬉しくなる。那覇、栄町にあるおでんや東大。そこの焼きテビチは絶品で、類さんもお気に入りの様子である。その後は、TBSドキュメンタリー番組「生命38億年スペシャル 最新遺伝子ミステリー“人間とは何だ…!?」DNAが99%同じという人間とチンパンジーの違いについて。1%の違いとは会話であった。FOXP2遺伝子は、人間の言語コミュニケーションをつかさどり、一連の会話を可能にする働きをもつ重要なスイッチ、これはヒトとチンパンジーとの共通先祖が枝分かれした後、人間特有に進化したものだそうである。なるほど…しっかり訓練すればチンパンジーも麻雀ができるのかもしれない。でも、麻雀の愉しみは、何と言っても4人の会話である。
私も所属する、みやぎ障害者ITサポートセンターでは、障がい者のコミュニケーションの場を確立するために、支援をしている。と、一応ここで宣伝もしておきましょう。
夜、お布団に入ると、母が気分のいい時だけと思うが、中に湯タンポが入ってることがあって驚く。が、温か~い。明日起きたら、有り難うと言おう。感謝の気持ちや謝罪の言葉、その場のタイミングで伝えなければならないこと。人の悪口や自分の愚痴、いちいち話さなくてもよいこと。ちょっと異なるかもしれないが、養老さんの似た言葉を思い出す。忘れていいこと、忘れてはいけないこと、忘れなくてはならないことの仕分けのできる人間が教養のある人間という、と。人間として豊かに生きるということは、こうした温かな言葉のキャッチボールが必要なのだと、改めて感じた夜だった。おやすみなさい。