私は、5月が一年で一番気持ちのいい季節だと思う。この時期に産声をあげた赤ちゃんは、皆こころの優しい子に育つのではないかと思えるほどに。義妹、亡きアンディ、モンスター2号は、そんな5月に生まれた。今日は義妹のお祝いランチ。以前から気になっていた、盲学校の近くにあるカフェ鎌倉へ。バーもそうだが、実際に行って食べて呑んで、また来たいな~と思えるお店ってそうあるもんじゃない。といって、お店って拘れば拘るほど採算も取れないし。ここ鎌倉は、一度来たらもういいかなって感じのお店(ごめんなさい)その帰りに久しぶりにトゥレジュールへ。ここは、残りのケーキをぜ~んぶ買い占めたくなるほど、オーナーの人柄がその優しいお味に込められているお店。故に、開店2時間後には完売するのだ。
義妹は、今ではベテラン介護ヘルパーである。年間通して100軒近くを担当する。そんな彼女から、一人暮らしの高齢者の御宅を訪問する際に、一年に一度は冷たくなった亡骸にご対面するのだという、生々しい話を聞く。いわゆる、第一発見者となるわけで、身内の死に目にも遭ったことのない若手のヘルパーさんたちは、迅速な対応ができず、或る者は辞めていくのだという。若手じゃなくとも動揺するけどね、と。喧嘩をしようが、憎まれ口を叩かれ様が、身内と同居できてる高齢者(義母)は幸せ、お姉ちゃんもう少し頑張ってと逆に励まされた。もう少しってどれくらい?同居しているものは、毎日の事なんでそれなりに大変なんだけど…ね。彼女と別れてから、私は母を街に呼び出した。お天気のお陰か、今日は素直に応じた母に安堵する。新緑のような色合いのセーターをプレゼントすると、まるで子供のように嬉しがる母。因みに、私は娘からヒゲのデザインのTシャツを頂いた。なぜヒゲなのかわからないが。しかも20代の娘とお揃いで?後に娘に報告をすると、「ね、おばあちゃんはもう子供に還ってるんだから、大好きなモンスターを扱うように優しい言葉をかけてあげればご機嫌でしょ?」はいはい、わかってますとも。いつしかこの私が子供に還ったら、もっと優しい言葉をかけて頂戴ね。お願いしますよ。
連休はぶらぶらと古本屋巡り。ソクラテスが選んだのはイソップ物語、私の最期の一冊と問われたら、はて、何であろう。そんなことを考えながら、既読の本に目が留まる。宮沢賢治集。彼の「春と修羅」は、中学の時に何度も読んだ。中でも「昴」はいい。
以下抜粋…
金をもつてゐるひとは金があてにならない
からだの丈夫なひとはごろつとやられる
あたまのいいものはあたまが弱い
あてにするものはみんなあてにならない
たゞもろもろの徳ばかりこの巨きな旅の資糧で
そしてそれらもろもろの徳性は
善逝(スガタ)から来て善逝(スガタ)に至る

宮沢賢治の読んだスガタとは、煩悩を絶って悟りの彼岸に往ったひとのことを言う。
そして、すばると言えば…星はすばる。ひこぼし。ゆふづづ。よばひぼしすこしをかし。尾だになからましかば、まいて。有名な、枕草子の一節も浮かぶ。この時期は姿を隠すスバル、星になった人たちが浮かぶ。

結局、購入したのは、天童荒太「悼む人」と山本謙一「利休にたずねよ」偶然にも、二冊とも2009年の直木賞受賞作である。昔、新刊コーナーで購入を迷った本だが、4年も経てば古本屋で100円か。しかしなぜ、今この時に再び出会えたのか。連休最後の日は、ずっと読めずにいた「夢を叶えるゾウ」を。久しぶりに笑えた本。笑の中で学んだ。あたりまえのことを。自分の人生の責任は、全て自分にあるということを。

慌ただしく二ヶ月が過ぎた。いろいろな事があったのに、お花見で酔い潰れたことしか記憶がない。気がつけば、明日から5月かぁ。先週末は姜尚中先生の新刊「心」を購入し、サイン会へ。そして翌日は伊集院静先生の講演会へ。このところ、いろいろな著名人にお会いし、共通して感じるのは、皆さん自然体であるということ。身近の、ちょっと物知りの方のほうが、上から目線のものの言い方をしている。姜尚中さんも、伊集院静さんも大切な方を亡くしている。哀しみは増幅する。その時に、その哀しみから脱することができたのは、自分よりももっと辛い人たちがいるのだという、そんな思いだと語る。講演が終わって、私は電車に乗っていた。当分の間は乗れないと思っていた海岸線を走るローカル線。暖かな日差しが車中に差し込む。松島の、ある食堂へは、この十年、時折アンディと訪れた。戸を開けると女将の笑顔が、懐しい笑顔がそこにあった。そして、私一人の訪問に全てを理解してくれた。もう大丈夫、そう思っていたが、女将の抱擁に崩れた。たまたま、そこに居合わせた国宝瑞巌寺の御住職が、津波で亡くなった大川小学校の生徒さん達の葬儀のお話をしてくれた。自分も多くの葬儀に立ち会ったがあんなに哀しい葬儀はなかったと…あの時、小さな小さな子供達はどれほど恐ろしかったことだろうか、そんな子供を思う親御さんの心の悼みは計り知れないと。私には、すでに大人になった、元気な子供達がいるではないか。モンスターの笑顔がそこにあるじゃないか。

孤独とは、自分を信じられないこと。
ひとに信じてもらえないことよりも、
誰かを信じられないことよりも、
自分で、自分と言う人間が信じられない寂しさだという。

その夜、新潟へ転勤した仲間がお店に顔を出してくれた。どうしても、アンディに献杯をしたいと。そして、昨年末に結婚した奥様を是非とも紹介したいと。その昔、何人かの彼女を連れてきては私やアンディに駄目出しを喰らった彼だったが(笑)、空の上でアンディもやっと安心したことだろう。素敵な奥様と末永くお幸せに…