お店で初のライブを開催した。スパンキー三森さんのブルースハープソロライブである。高級ワイシャンパンを手にいれた高橋さんが、どうしても私のお店で皆に振る舞いたい(笑)ということがきっかけで、以前佐伯氏より紹介を受けていた三森さんのライブに絡めようかな~と思っていたら、なんとはっちゃんの誕生日が間近だったので、その日プチパーティーを行うことと相成った。スタートの時間が早かったので、お声をかける方は制限されたが、何とか席は埋まってそれなりに格好がついた。最後、こっそり入って来たのは山田さん。先週末、はっちゃんからリクエストされた、「コップのふちこさん」を、彼は、東京秋葉原のガチャポン会館まで足を延ばして、やっとの思いで探し当て、はっちゃんの誕生祝いに間に合わせてきたのは、流石。ライブは、アンコールの声がかかり、ジャズのスタンダードナンバー、我が心のジョージア。そしてバースデーソングで〆た。やはり、ライブはいいと思う。でも、今回わかったのは、私のお店はライブ向きではないということ、かな。ライブが終わって余韻に浸るわけでもなく、みんなの興味関心はふちこさんへ…
ここで、最近の茂木健一郎氏の脳科学のお話を。
猿の世界での毛づくろいという行為から「βエンドルフィン」が放出されることがわかった。この物質は、脳内麻薬とも呼ばれ、鎮痛効果や気分の高揚、幸福感などが得られる。毛づくろいで仲間をつくっていく猿の世界。人間は、笑いや会話で仲間をつくっていく。いざとなったとき、同じ目的に賛同してくれる仲間。励まし、助けてくれる仲間との関わりがβエンドルフィンを生み出すという。
そうだ。私がお店を始めたのは、世界中の身体にいいお酒と、気持ちのいい仲間の会話でこころ安らげる空間を築きたかったからではないか。若い時からのちいさな夢を形にできた時の喜びを忘れてはいないか。

朝のニュースでは、「誰も信じてくれなかったことが何より大変だった」時のひと、小保方さんはこう振り返った。スタートは2008年。ハーバード大で担当教官との議論から始めた実験で偶然、外部刺激による初期化の知見が得られた。だが実験は一進一退。共同研究者すら見つからず、「泣き明かした夜は数知れないが、今日だけは頑張ろうと思ってやり続けた」ネイチャーへの最初の論文投稿では「何百年の細胞生物学の歴史を愚弄している」とまで否定された。「きっと間違いだ」と、周りの研究者も首をかしげたが、「必ず人の役に立つ」との信念を貫き、約5年で論文受理にこぎつけたのだ。
若くともその信念を貫く生き方に共感を覚えた。立場は雲泥の差ほどあるが、この私もかつては陰口を叩かれた。夜の商売に親戚も眉を顰めた。後ろ盾がないのに、何の経験もないのに、よく店を構えたもんだ、どうせすぐ潰れるさと。初めての立ち仕事に、痛む足を冷やしながら、明日はもっと頑張るんだ、そう自分に言い聞かせた13年前のあの夜。子供達の寝顔と共に、今では懐かしい思い出である。
昨年出会った方の中に、とても素敵なおばさまがいらっしゃる。ご主人は某ホテルの伝説のバーテンダーだったそうな。ご主人がご健在の時、一年に一度はご夫婦で海外旅行をし、世界中のお酒を試してこられた。実に羨ましい。中でも、ペルーを旅した時に頂いたインカピスコというお酒はとても美味かったのと話された。私のお店には、そのインカピスコがございますよと告げると、彼女は少女のように感激してくださり、それ以降必ずピスコソーダを注文される。亡きご主人との旅の思い出を懐かしむ酒はさぞ美味しかろう。元々はマスカットのブランデーなのだが、熟成を内面蝋引きした瓶で熟成を行うせいか、グラッパのようなアラックのような独特の風味がある。何年か前にケトパンチョスが南米を旅したとき、どこの食堂でもピスコソーダがあったよと話してたことを思い出した。因みにピスコとは、陶器製の壺を作った南米民族の名。壺には古代インカ人を模してて、ちょっと不気味。そういえば、昔、ナショナルジオグラフィクスに掲載された哀しい記事を。
「アルゼンチン北部のジュジャイジャコ火山の山頂で1999年、インカ帝国時代の子どものミイラ3体が発見された。古代インカの生贄の儀式カパコチャで生き埋めにされたミイラは、保存状態が極めて良く、非常に安らかな表情で知られている。最近、新たな研究結果が公表され、3人の子どもはいずれも、生贄として捧げられる1年前から向精神作用成分の摂取を強いられていたという。」
母たちが亡き子供を偲んで、涙を流しつつ、壺を模ったのだろうか。インカピスコのボトルにそっと手を合わせた。他にも、インドネシアの神を模ったアラックボトル、岡本太郎作の万博の記念ボトルなど、ボトル一つ見ても酒は文化だと実感する。
お店の後ろの棚には300余りの様々なお酒が鎮座している。その一本一本にお店を支えてくれた仲間の顔がある。店の酒は店の歴史でもある。そうそう、片隅にはアンディボトルも。お誕生日のお祝いにと、オリジナルラベルで注文した芋焼酎であるが、そのお酒が届いたのは、彼が旅立って一ヶ月後のことだった。無念にも名前入りのそのお酒を、彼が手にすることはできなかった。
左義長(さぎちょう、三毬杖)とは、日本全国で広く見られる習俗で小正月に行われる火祭りの行事のこと。大阪では、2月の終わりに、淀川べりのアシを焼く「葦焼き」という春を呼ぶ行事があって、その昔子供達を連れて毎年家族の健康を祈願した。今、私の住む宮城県ではそれをどんと祭と呼び、1月14日に、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、それらを焼くことによって炎と共に見送る。また、白鉢巻・白さらしを巻き、白足袋・わらじの装束に身を包み、氷水で水垢離をした後、神に息をかけないためとして「含み紙」と呼ばれる紙を口にくわえたまま、右手には鐘を、左手に提灯を持って徒歩で参拝する裸参りがある。私は二十歳のときに、娘も新入社員の年にその裸参りに参加をした。若いうちに一度は経験してみたほうがいいと思う。寒いけど。雪の中の裸参りは、なかなか風情もある。この歳になってそう痛感する。因みにツッシーは毎年裸参りされてる。
思えば、昨年は大雪の中、アンディと東照宮へ出向き、その後友寿司で呑んだ。それが彼にとって友寿司最後の夜になった…今年は、アンディの偲ぶ会で作成した遺影パネルを納めに、三浦さんとはっちゃんと共にお詣りした。一年間、お店を守ってくれてありがとうと、炎を前に手を合わせる。肩の荷が下りたのと同時にどこか寂しさが残った。三浦さんは男泣きしていた。
その三浦さんと新春麻雀大会を行った。昨年は麻雀に始まり麻雀に終わった一年でもあった。自分でいうのもおこがましいが、かなり上達したように思う。年末の競技会では、初の3位を獲得した。今年は、ハーブの勉強に時間を作ろうと思う。日本メディカルハーブ協会は、メディカルハーブ(疾病の予防・治療に用いられるハーブ)を健康維持・疾病予防・福祉等に広く役立てるため、メディカルハーブの普及を推進している団体で、先日、そこが主催するお屠蘇セミナーに参加。屠蘇散に調合されている薬草は7~10数種類(主なものとして、紅花、浜防風、蒼朮、陳皮、桔梗、丁子、山椒、茴香、甘草、桂皮など)の効能を学び、もっともっと極めてみたくなった。資格も狙う。勿論、仕事でも十分活かせる。屠蘇散は西暦200年ころ、中国の名医「華陀」によって考案されたもので、時の皇帝に厄除けと長寿の目的で献上された薬。日本では嵯峨天皇のころから元旦に宮中の儀式として用いられたのに始まり、だんだんに一般に普及し、新年の儀式として行われるようになった。屠蘇とは本来、蘇という鬼をし末するということ。そう、全てに意味があるのだ。
変わっていくものと、変わっていけないもの。若い頃は面倒やな~と思ってた日本に伝わる伝統儀式。「無くしちゃいけない。」亡きおばあちゃんが口癖のように言ってた言葉を噛みしめる。人の世も、ひとの命も儚い。幸せを願う思いはいつの時代も変わらない。