昨年出会った方の中に、とても素敵なおばさまがいらっしゃる。ご主人は某ホテルの伝説のバーテンダーだったそうな。ご主人がご健在の時、一年に一度はご夫婦で海外旅行をし、世界中のお酒を試してこられた。実に羨ましい。中でも、ペルーを旅した時に頂いたインカピスコというお酒はとても美味かったのと話された。私のお店には、そのインカピスコがございますよと告げると、彼女は少女のように感激してくださり、それ以降必ずピスコソーダを注文される。亡きご主人との旅の思い出を懐かしむ酒はさぞ美味しかろう。元々はマスカットのブランデーなのだが、熟成を内面蝋引きした瓶で熟成を行うせいか、グラッパのようなアラックのような独特の風味がある。何年か前にケトパンチョスが南米を旅したとき、どこの食堂でもピスコソーダがあったよと話してたことを思い出した。因みにピスコとは、陶器製の壺を作った南米民族の名。壺には古代インカ人を模してて、ちょっと不気味。そういえば、昔、ナショナルジオグラフィクスに掲載された哀しい記事を。
「アルゼンチン北部のジュジャイジャコ火山の山頂で1999年、インカ帝国時代の子どものミイラ3体が発見された。古代インカの生贄の儀式カパコチャで生き埋めにされたミイラは、保存状態が極めて良く、非常に安らかな表情で知られている。最近、新たな研究結果が公表され、3人の子どもはいずれも、生贄として捧げられる1年前から向精神作用成分の摂取を強いられていたという。」
母たちが亡き子供を偲んで、涙を流しつつ、壺を模ったのだろうか。インカピスコのボトルにそっと手を合わせた。他にも、インドネシアの神を模ったアラックボトル、岡本太郎作の万博の記念ボトルなど、ボトル一つ見ても酒は文化だと実感する。
お店の後ろの棚には300余りの様々なお酒が鎮座している。その一本一本にお店を支えてくれた仲間の顔がある。店の酒は店の歴史でもある。そうそう、片隅にはアンディボトルも。お誕生日のお祝いにと、オリジナルラベルで注文した芋焼酎であるが、そのお酒が届いたのは、彼が旅立って一ヶ月後のことだった。無念にも名前入りのそのお酒を、彼が手にすることはできなかった。