チョコミントの部屋 -5ページ目

チョコミントの部屋

日々の出来事や感じたこと、おすすめ情報など綴っていきます。無知なおばちゃんの独り言です。

8日ほど前まごたん謎の熱。体に 触れたら熱いので計ってみたら37.8。


でも元気。


少し喉が痛いと言う。

こんな時は無理せず食べられそうなものを食べてと、梨を小さめに切って出してみた。すると、喉に絡んだ痰のような ものが取れてすっきりしたと言いました。


一晩様子をみました。38℃代になったり36.9℃まで下がったり…

でも朝にはまた37℃代に…


ママはこの日用事があって、じじばばで近所の小児科へ。

ママも子どもの頃かかりつけ。


まごたんは2回目。


ついに先生が息子さんに代替わりしてました。


昨年夏に改装工事してたから、そうかなとは思ってたけど。


昨夜からの熱の状態を説明し、喉や心音チェック。


でも喉の腫れはないからとインフルやコロナ検査はなし。

カロナールだけ処方されて帰りました。


最近はカロナールも38.5℃すぎてぐったりしてる時だけだそうです。以後は熱もそこまで上がらず、ずっと元気でした。


それから8日後の昨日、じいじが発熱。38 ℃越え。悪寒がすると言うので、常備してた液体の葛根湯を飲ませました。翌朝には37℃くらいに…でも心配だからかかりつけの内科へ。インフル、コロナ共に陰性。

ウィルス性の風邪との診断で、漢方薬とカロナールとトローチを処方されました。


職場の方のご主人も最近熱が出てこちらはインフル陽性でしたが、すぐに熱が下がったそうです。


仮にまごたんがインフルにしても潜伏期間は長くて5日だからまごたんにもらったとは考えにくい。


じいじは職場や通勤でもらう可能性大だからな~。


この暑さによる温度差でみんな疲労がたまって免疫力落ちてますよね。


気をつけましょう。


新しい元号が発表されるやいなや令和発祥の地として瞬く間に知られた坂本八幡宮。
ひっそりとしたお社だったのに、プレハブの社務所ができたり、御守りができたり、お社がきれいになり、敷地内に石碑ができたり…

久しぶりに立ち寄ったら↑この歌碑が…
裏を見たら寄贈されたもののようです。

コロナのせいでフィーバーはすぐに下火になりましたが、時折団体さんもお越しいただいています。

令和の間だけでなくずっと大切にされるといいな~

まだまだ仮殿が解体中の太宰府天満宮ですが、飛梅の方へ行ってみると、ん?なんか違う。

あ、まわりを囲ってる柵がない! 

レアな光景です。
(手前の低い柵は工事中の臨時の柵です)

結婚前はトレンディドラマが目白押しで毎日見たいドラマがあって急いで帰って見たものです。


結婚してからも、旦那が夜勤があったから割と同じペースで見てたかな。


ところが赤ちゃんが産まれてからは見れなくなってきました。見たいドラマは予約録画はしてたけどペースが乱れ…


子どもたちが大きくなると子ども向け番組を選び、中高生になると、見たいものを見せていて、自分が見たいものはほとんど見れなくなり、もうあきらめていました。

子どもたちが学校に行った後のはなまるマーケットだけが私の時間。今はあさイチ。


子どもたちがいなくなったら、夜勤がなくなった旦那がここぞとばかりにテレビ人間になり、好きなのを見ています。


旦那が帰ってくるまで私が何かを見てても、「これ、見てる?」と聞かれます。

長いこと私にチャンネル権はないので、決まって見てるのは録画してるし、リビングで見てるのはたまたま面白そうと思って見てただけなので、「見たいのあるなら見ていいよ」と譲ります。  


母にチャンネル権がないことにすっかり慣れました。


昨日は24時間テレビを見てたけど、やっぱり変えられました。

で、結局マラソンのゴールは見られませんでした。


リーダー城島さんの巨大矢は的に刺さったのかな?


慣れてるからいいけどね。

絶対見たい時は予約録画するし…


ちなみに予約録画するのは寝室の小さいテレビ。ベッドに横になって見ると必ず同じあたりで寝てしまい、また次の日も次の日も見るなんてことも(笑)


旦那が見るのを見るけど、何曜日の何時かとかは覚えられない。


最近はエネルギーのいる恋愛ドラマとか、内容の重いものは見たくないし…


韓流ドラマや中国ドラマが大好きで、たまたま見てるタイミングに電話をすると、後でかけてと断られていたのに、認知が進んできたら、全く見なくなりました。


何曜日の何時にこれを見るって決めてるのも認知症のバロメーターだなと思ったので、朝ドラと徹子の部屋はなるべくオンタイムで見ようと思います。



24時間テレビで、生き別れた母娘が再会する企画がありました。それを見ながら私が後悔していることがあります。


8年前に亡くなったおばは若い頃に離婚して3人の子どもを残して家をでないといけませんでした。


1度長女さんの所在がわかり、私の姉と会いに行ったことがあるそうです。


長女さんは30歳くらいだったのかな?


でも、私の母は今の母だけですと門前払いだったそうです。


おばは私たち姉妹を代わりのように可愛がってくれました。


そして私が子どもを産んでからもずっと可愛がってくれました。私も子どもを産んで、子どもと離れたおばの悲しみを実感しました。


おばは再婚はしませんでしたが、今でいう事実婚のパートナーはいました。しかし、そのパートナーもがんで亡くなりました。

そのあたりからかな? 私たちとも疎遠になりました。


何年かしてまたパートナーを見つけたようでした。でも同居はせず…

おばも入院したりしてたみたい。

私も子育てに仕事にと忙しく…


そして8年前に亡くなったと連絡がありました。突然だったみたいです。

81歳でした。


お葬式が終わりおばの部屋の確認に私たち姉妹で行きました。


テーブルの上に、自分の子どもたちの白黒写真が100枚くらい山積みになっていました。


子どもと別れて50年以上、毎日思わない日はなかったのではないかと思いました。


子どもさんたちに知らせたいと思いました。


しかし、手がかりがありません。

私の同級生が、確か旦那さん側の親戚だったと聞いた気がしたけど、高校の卒業アルバムの電話番号しかわからず…

勇気がなくて、電話できませんでした。


24時間テレビを見てたら、やはり、おばがあなたたちを亡くなるまで思っていたことを伝えたいと思いました。


でも、それは私の自己満足かもしれない…そう思うとまた勇気がでません。


ごめんね、おばちゃん。


私はずっと忘れないよ。