ホンダは、小型ジェット機「Honda Jet」について、2012年後半に初号機の引き渡しを行った後、最大で年間100機程度の生産を行う方針だそうです。
当面は、需要の多い欧米だけで受注販売し、中長期的にはブラジルやインド、中東などでの販売も視野に入れるらしい。
創業者の故・本田宗一郎氏の夢で、開発開始から約25年が経過したホンダの航空機事業がいよいよ具体化してきました。
なんといってもエンジンの性能はF1で充分世界に証明している技術のホンダですから、
だけど、共通点はあれど2輪4輪での実績を空へ・・・夢が拡がっていますね。
ホンダの航空機事業子会社ホンダエアクラフトカンパニー(本社・アメリカノースカロライナ州、従業員550人)の藤野道格社長は「現在、100機を超える受注があり、当面は年間80~100機の生産を行いたい」と語りました。

「Honda Jet」は昨年12月20日、アメリカで量産型機の初飛行に成功。
現在、販売に必要なアメリカ連邦航空局(FAA)の型式認定取得に向けて飛行試験などを続けています。
今後、5機のテスト機で構造試験などを行う見通しで、来年後半に型式認定が行われた後、機体や生産施設が認可されます。
初号機引き渡し後の半年間で30機を納入します。
さてそれで気になる価格なんですが・・・450万ドル(約3億7000万円)。
アメリカでの本格生産に向け、ホンダエアクラフトの従業員を約300人増やすことも検討しているそうです。
受注は現在、小型ジェット機を受け入れる空港インフラが整い、富裕層が多く大都市間移動の需要がある欧米だけのようですが、
ブラジルやインド、中東は大きな市場でディーラーからの問い合わせも多いようです。
販売のタイミングを検討している段階とのことです。
やはり、新興国は今、強いというかエネルギッシュだということでしょうね。
そこで、日本市場についてですが、
藤野社長は「インフラ事情や空港の利便性、需要を考えると、ビジネスとしては難しい」と指摘。
中国についても「需要はあるが、独特のビジネス習慣や航空規制がある。現実的な面をみて動き出さなければならない」ということで、日中両国では当面、販売しない方向のようです。
ホンダの歴史に航空機という言葉が最初に刻まれたのは1962年。新聞紙上で、通商産業省(現経済産業省)主催、ホンダ協賛の企画としてプロペラ飛行機の設計を一般から公募したのが始まりだということです。
当時はまだ自動車の製造は行っておらず、スーパーカブの大ヒットで2輪車メーカーとして地位を築いたころでした。
社長だった本田宗一郎氏はインタビューで「やさしい操縦で値段も安い、だれにでも乗れる軽飛行機を開発しようと思っている」と話していましたが、結局、この時は航空機が世に出ることはありませんでした。
しかし、プロペラ飛行機の設計を公募した効果は絶大でした。
航空学科出身の学生が「ホンダは航空機をやるんだ」と信じて入社。
その中のひとりに東京大学工学部航空学科を卒業した吉野浩行氏(元代表取締役社長、現取締役相談役)がいます。
吉野氏は後にジェットエンジンの開発や「Honda Jet」の開発を後押しする存在になります。
プロペラ機の設計の公募からしばらくの間は航空機づくりの記録は残っていません。
次に航空機がホンダの歴史に現れたのは基礎研究所が設立された1986年。
この研究所はホンダが21世紀にも存続するための創造的新領域技術の開発を目指して設置されました。一つの研究開発テーマとして、移動ロボット、バイオ(生体)、新エネルギーとともに航空機がありました。
航空機を選んだ理由は「自由に大空を翔る3次元の移動手段だったから」。
この時の移動ロボットは世界初の人型ロボットの「ASIMO」に、新エネルギーは太陽電池という形でホンダの新しいビジネスとなっています。
その年からエンジンと機体の両方の開発を始め、主翼の上にエンジンを配置する斬新な設計で、騒音を抑えて広いキャビンを確保しました。
競合するアメリカ・セスナ社の同型機と比べて、15~18%広い客室と20%ほどの燃費向上を達成しました。最高速度は時速780㎞だそうです。
ついに技術と研究開発に対して地道な信頼性を得て来たホンダというブランドが、
本格的に空へ参入です。
難しいといわれてきた既存の航空業界へこういった小型ジェット機というカタチでの参加は、今始まった大型、もしかしたら宇宙へと・・・期待したいですね。
と同時に、日本国内の航空インフラの是正についても考えさせられるこれはいいきっかけになったのかもわからないですね。
とにかくワクワクする情報。さらにさらに欲を持って前進してもらいたいものです。ホンダさまぁ!!
http://www.honda.co.jp/jet/
当面は、需要の多い欧米だけで受注販売し、中長期的にはブラジルやインド、中東などでの販売も視野に入れるらしい。
創業者の故・本田宗一郎氏の夢で、開発開始から約25年が経過したホンダの航空機事業がいよいよ具体化してきました。
なんといってもエンジンの性能はF1で充分世界に証明している技術のホンダですから、
だけど、共通点はあれど2輪4輪での実績を空へ・・・夢が拡がっていますね。
ホンダの航空機事業子会社ホンダエアクラフトカンパニー(本社・アメリカノースカロライナ州、従業員550人)の藤野道格社長は「現在、100機を超える受注があり、当面は年間80~100機の生産を行いたい」と語りました。

「Honda Jet」は昨年12月20日、アメリカで量産型機の初飛行に成功。
現在、販売に必要なアメリカ連邦航空局(FAA)の型式認定取得に向けて飛行試験などを続けています。
今後、5機のテスト機で構造試験などを行う見通しで、来年後半に型式認定が行われた後、機体や生産施設が認可されます。
初号機引き渡し後の半年間で30機を納入します。
さてそれで気になる価格なんですが・・・450万ドル(約3億7000万円)。
アメリカでの本格生産に向け、ホンダエアクラフトの従業員を約300人増やすことも検討しているそうです。
受注は現在、小型ジェット機を受け入れる空港インフラが整い、富裕層が多く大都市間移動の需要がある欧米だけのようですが、
ブラジルやインド、中東は大きな市場でディーラーからの問い合わせも多いようです。
販売のタイミングを検討している段階とのことです。
やはり、新興国は今、強いというかエネルギッシュだということでしょうね。
そこで、日本市場についてですが、
藤野社長は「インフラ事情や空港の利便性、需要を考えると、ビジネスとしては難しい」と指摘。
中国についても「需要はあるが、独特のビジネス習慣や航空規制がある。現実的な面をみて動き出さなければならない」ということで、日中両国では当面、販売しない方向のようです。
ホンダの歴史に航空機という言葉が最初に刻まれたのは1962年。新聞紙上で、通商産業省(現経済産業省)主催、ホンダ協賛の企画としてプロペラ飛行機の設計を一般から公募したのが始まりだということです。
当時はまだ自動車の製造は行っておらず、スーパーカブの大ヒットで2輪車メーカーとして地位を築いたころでした。
社長だった本田宗一郎氏はインタビューで「やさしい操縦で値段も安い、だれにでも乗れる軽飛行機を開発しようと思っている」と話していましたが、結局、この時は航空機が世に出ることはありませんでした。
しかし、プロペラ飛行機の設計を公募した効果は絶大でした。
航空学科出身の学生が「ホンダは航空機をやるんだ」と信じて入社。
その中のひとりに東京大学工学部航空学科を卒業した吉野浩行氏(元代表取締役社長、現取締役相談役)がいます。
吉野氏は後にジェットエンジンの開発や「Honda Jet」の開発を後押しする存在になります。
プロペラ機の設計の公募からしばらくの間は航空機づくりの記録は残っていません。
次に航空機がホンダの歴史に現れたのは基礎研究所が設立された1986年。
この研究所はホンダが21世紀にも存続するための創造的新領域技術の開発を目指して設置されました。一つの研究開発テーマとして、移動ロボット、バイオ(生体)、新エネルギーとともに航空機がありました。
航空機を選んだ理由は「自由に大空を翔る3次元の移動手段だったから」。
この時の移動ロボットは世界初の人型ロボットの「ASIMO」に、新エネルギーは太陽電池という形でホンダの新しいビジネスとなっています。
その年からエンジンと機体の両方の開発を始め、主翼の上にエンジンを配置する斬新な設計で、騒音を抑えて広いキャビンを確保しました。
競合するアメリカ・セスナ社の同型機と比べて、15~18%広い客室と20%ほどの燃費向上を達成しました。最高速度は時速780㎞だそうです。
ついに技術と研究開発に対して地道な信頼性を得て来たホンダというブランドが、
本格的に空へ参入です。
難しいといわれてきた既存の航空業界へこういった小型ジェット機というカタチでの参加は、今始まった大型、もしかしたら宇宙へと・・・期待したいですね。
と同時に、日本国内の航空インフラの是正についても考えさせられるこれはいいきっかけになったのかもわからないですね。
とにかくワクワクする情報。さらにさらに欲を持って前進してもらいたいものです。ホンダさまぁ!!
http://www.honda.co.jp/jet/



