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週1冊、地味に続ける読書ブログ

30年の読書が教えてくれたこと

『初めての不動産投資必勝ルール』(滝島一統)の中で著者は

 

探し始めて8年目にようやく購入できたのは、渋谷区の中古ビルです。そのビルの賃料収入で得たお金で別の事業を始めて、そこで得た収益と信用でまた別の不動産を取得することができました。

 

いずれも、収益を生んでくれています。今は海外にもいくつかの物件を保有しています。

 

そうした連鎖を作ることができたのは、8年待って納得できる物件を買ったからに他なりません。

 

待ち切れずに適当な物件を買っていたら、不動産投資で収益を得ていないかもしれませんし、今の私はいなかった可能性があります。

 

と述べています。

 

著者はこの一節で、不動産投資における「待つことの価値」を自身の経験をもとに語っています。探し始めてから8年という長い時間をかけて納得できる物件を取得したことが、その後の事業展開や新たな物件取得へとつながる連鎖を生み出したというのです。

 

著者が強調しているのは、焦って妥協した選択をしていたら、今の自分はなかったかもしれないという点です。待ち切れずに適当な物件を買っていれば、収益も生まれず、次の展開もなかった。逆に言えば、基準を妥協せずに待ち続けたからこそ、その後の連鎖が始まったということになります。

 

不動産投資は、物件の選び方一つで長期にわたる結果が大きく変わります。著者のこの経験は、「いつ買うか」よりも「何を買うか」にこだわることの大切さを、実体験として示してくれているように思います。

 

 



 

『3時間で身に付くClaude活用術』(尾藤克之)の中で著者は

 

Claudeのプロンプトが「1回で完璧」になる事はありません。メール対応でも、企画書でも、複数回の修正が標準です。

 

その試行錯誤の中で、あなた自身がClaudeの使い方」を習熟していきます。

 

と述べています。

 

著者はこの一節で、AIツールとの付き合い方について、とても本質的なことを伝えています。「1回で完璧にならない」という言葉は、一見当たり前のようでいて、実は多くの人が見落としがちな視点だと思います。

 

新しいツールを使い始めると、「うまく使えない」「思った通りの結果が出ない」という経験をして、そこで諦めてしまうことがあります。しかし著者が言うように、試行錯誤そのものが「習熟」への道であり、何度も修正を重ねる過程こそが、自分なりの使い方を育てていくのだと感じます。

 

私自身、最近Claude Coworkというツールに挑戦し始めました。最初は戸惑うことも多く、思い通りにいかない場面もあります。それでも、やり取りを重ねるうちに「こう伝えれば伝わる」「この方向で頼めばいい」という感覚が少しずつ育ってきています。まさに著者が言う「試行錯誤の中で習熟していく」という経験を、今リアルタイムで積んでいる感覚です。

 

振り返れば、読書も同じでした。1冊読んだだけでは何も変わらない。続けて読み、考え、自分の言葉で発信することを繰り返す中で、少しずつ物の見方が育っていきました。どんな道具も、どんな学びも、「1回で完璧」を求めるより、「続けながら育てる」という姿勢の方が長続きするし、結果的に深くなるのだと思います。

 

新しい技術に対して「難しそう」と感じるのは自然なことです。でも、完璧を求めて立ち止まるより、まず使ってみて、少しずつ修正していく。その積み重ねが、いつか「自分の武器」になっていくのだと、この一節は静かに背中を押してくれているように感じました。

 

『世界標準の1on1 科学的に正しい「対話の技術」のすべて』(スティーヴン・G・ロゲルバーグ)の中で著者は

 

近年、企業のコンプライアンス違反が頻繁に報道されていますが、1on1が効果的に機能している組織では、そうしたリスクが低減される可能性が高いと私は考えています。

 

と述べています。

 

著者はこの一節で、1on1という対話の場が、単なるコミュニケーション手段にとどまらず、組織のリスク管理にまで深くつながっているという視点を示しています。

 

コンプライアンス違反が起きる背景には、多くの場合「言えない空気」があります。問題に気づいていても、上司に伝えられない、相談できる場がない、声を上げると損をするかもしれないという恐怖感。そうした空気が組織の中に積み重なったとき、やがて取り返しのつかない問題として表面化することがあります。

 

1on1が機能している組織では、定期的に「話せる場」が用意されています。それは単に業務の進捗確認ではなく、一人ひとりが感じている違和感や不安を、小さなうちに言葉にできる機会でもあります。問題が小さいうちに対話の中で拾い上げられれば、大きなリスクに育つ前に手を打てる。

著者が指摘するコンプライアンスリスクの低減とは、まさにこの仕組みのことだと思います。

 

総務の仕事に携わる中で、職場の風通しの良し悪しが組織全体にどれほど影響するかを、肌で感じる場面が増えてきました。制度やルールを整えることも大切ですが、それ以上に「日頃から話せる関係があるかどうか」が、いざというときの歯止めになるのだと感じています。

 

1on1とは、効率を上げるための技術である前に、「安心して話せる関係を作る」営みなのかもしれません。そしてその積み重ねこそが、組織の健全さを静かに支えているのだと、この一節を読んで改めて感じました。

 

 


 

『藤原和博の必ず食える1%の人になる方法』(藤原和博)の中で著者は

 

もしあなたに軽い持病があるなら、それを断る口実に使って、自分の時間を作ることをおすすめします。

 

断るのが苦手な人は、それぐらいしないと、無駄な時間に忙殺されてしまう。ましてや、1万時間を捻出することが不可能になってしまうからです。

 

ただし、病気の種類によっては相手にマイナスのイメージを求める可能性もあるので、そこはよく考える必要があります。

 

と述べています。

 

本書の中で著者は、自分の時間を確保するための現実的な方法として、軽い持病を断る口実に使うことを提案しています。

 

著者が一貫して伝えているのは、「1万時間」という圧倒的な専門性を積み上げるためには、意識的に時間を捻出しなければならないという考え方です。断ることが苦手な人ほど、気づかないうちに他人の都合に時間を奪われてしまう。だからこそ、自分を守るための「逃げ道」を意識的に用意することが必要だという視点です。

 

一方で著者は、病気の種類によっては相手にマイナスの印象を与える可能性もあると、しっかり留保も添えています。単なる「言い訳のすすめ」ではなく、自分の時間の使い方に本気で向き合うための、現実的な提案として読むのがよいように思います。

 

時間は誰にとっても平等に限られています。何に使うかを自分で決める力こそが、専門性を育てる第一歩なのかもしれません。

 

 

『80歳の壁 』(和田秀樹)の中で著者は

 

たとえば、大きなお屋敷に住んでいる元社長がいるのですが、その人は「昔は本当にすごかったのに、いまはこんなに孤独な人生になってしまった」と嘆きます。家には奥さんも、お手伝いさんもいて幸せそうなのに、「社長!」ともてはやされ、遊び回っていた時代と比べて、不幸に感じているわけです。 

 

一方で、過去がとても不幸だった人は、「施設の食事は美味しいし、職員の方も親切にしてくださるし、年を取ってこんなにしてもらって、私は幸せです」と、うれしそうに話してくれます。

 

と述べています。


 

著者はこの一節で、「幸せとは何か」という問いに対して、とても示唆的な対比を示しています。

 

かつて社長として周囲にもてはやされ、華やかな日々を送った人が、今の生活を「不幸」と感じている。一方で、過去に苦労を重ねた人が、施設での穏やかな日常を「幸せ」と感じている。この二人の違いは、境遇ではなく、比べる対象にあるのだと思います。

 

人は幸せを、現在の状態そのものではなく、自分の「基準点」との差で感じる生き物です。過去に輝かしい時期があればあるほど、その記憶が現在を曇らせることがあります。反対に、苦しい時期を越えてきた人は、当たり前の日常の中にある小さなことを、素直に喜べるようになっていきます。

 

これは年齢を重ねれば重ねるほど、じわじわと効いてくる話だと感じます。80歳という節目を前に、「自分の幸せの基準をどこに置くか」を意識的に問い直すことの大切さを、著者は静かに伝えているのでしょう。

 

私自身も、うまくいかない時期を経て今があるからこそ、日常のささやかなことに「これで十分だ」と感じる瞬間が増えてきました。読書が続けられている、健康でいられる、学べている——それだけで、十分に豊かだと思えるようになったのは、苦労した時期があったからこそだと感じています。

 

「幸せな人」と「不幸な人」を分けるのは、環境でも財産でもなく、過去との比べ方なのかもしれません。この一節は、自分の幸せの「ものさし」を見直すきっかけを、静かに与えてくれる言葉でした。