週1冊、地味に続ける読書ブログ

週1冊、地味に続ける読書ブログ

30年の読書が教えてくれたこと

『ユダヤ人の成功哲学「タルムード」金言集 』(石角完爾)の中で著者は

 

私が思うに、裕福な人間ほど不満が多く幸福感が持てない人が多い気がする。日本は裕福なのに、先進国の中では「幸福感を感じる度合いが低い」というデータがある。つまり日本人は「自分が不幸だ」と思っている度合いが高いということだ。

 

と述べています。

 

この言葉を読んで、「あ、これは私のことじゃない」と思いました。でも、だからこそ深く刺さりました。

 

著者は、裕福な人ほど不満が多く幸福感を持てない人が多いと言います。そして日本は先進国の中で「幸福感が低い」というデータがある、と。

 

私は裕福ではありません。店舗経営をしていた時期に経営が悪化し、事業資金の返済のためにサラリーマンに復帰した経験があります。長い時間をかけて、やっと返済を終えたばかりです。

 

その経験の中で、自然と身についたことがあります。「ちょっとしたことでも、幸せだと感じる習慣」です。好きな本が読めること、美味しいものを食べられること、今日も健康でいられること――当たり前に見えることが、実はありがたいと感じられるようになりました。

 

著者が言う「裕福なのに幸せを感じられない人」とは逆側にいる私ですが、だからこそわかります。幸福感は、持っているものの量ではなく、感じ方の習慣なんだということを。

苦しい時期があったからこそ、今の「小さな幸せ」がよく見える。それは、お金では買えない財産だと思っています。

 

 

『(日本人)』(橘 玲)の中で著者は

 

EUと同様に、年齢や性別、人種・国籍・宗教のちがいにかかわらず同一の労働には同一の賃金を支払うよう法制化したうえで、短期のアルバイトやパートタイムから長期の雇用契約まで、労働者の自由な選択に基づいて多様な働き方ができるようにすべきだ。

 

と述べています。

 

この一文を読んだとき、正直「そうか、これが当たり前であるべきなんだ」と、しばらく考え込んでしまいました。

 

著者は、EUのように年齢・性別・人種・国籍・宗教に関係なく、同じ仕事には同じ賃金を法律で保障すべきだと言います。さらに、短期のアルバイトから長期の雇用契約まで、働き方は本人が自由に選べるようにすべきだ、と。

 

長くサラリーマンとして働いてきた私には、これがどれだけ「非常識」に聞こえたか。同じ仕事をしていても、正社員とパートでは給料も待遇も全然違う。それが「普通」だと信じて疑わなかった。

でも、考えてみればおかしな話です。仕事の内容が同じなら、賃金が同じなのは当然のはず。雇用形態で差をつけること自体が、本当は理不尽なんじゃないか。

 

この本を読んでから、自分が「当たり前」だと思っていたことが、実は「そう思い込まされていただけ」だったと気づくことが増えました。働き方の常識を問い直すきっかけとして、多くの人に読んでほしい一冊です。

 

 

『初めての不動産投資必勝ルール』(滝島一統)の中で著者は

 

探し始めて8年目にようやく購入できたのは、渋谷区の中古ビルです。そのビルの賃料収入で得たお金で別の事業を始めて、そこで得た収益と信用でまた別の不動産を取得することができました。

 

いずれも、収益を生んでくれています。今は海外にもいくつかの物件を保有しています。

 

そうした連鎖を作ることができたのは、8年待って納得できる物件を買ったからに他なりません。

 

待ち切れずに適当な物件を買っていたら、不動産投資で収益を得ていないかもしれませんし、今の私はいなかった可能性があります。

 

と述べています。

 

著者はこの一節で、不動産投資における「待つことの価値」を自身の経験をもとに語っています。探し始めてから8年という長い時間をかけて納得できる物件を取得したことが、その後の事業展開や新たな物件取得へとつながる連鎖を生み出したというのです。

 

著者が強調しているのは、焦って妥協した選択をしていたら、今の自分はなかったかもしれないという点です。待ち切れずに適当な物件を買っていれば、収益も生まれず、次の展開もなかった。逆に言えば、基準を妥協せずに待ち続けたからこそ、その後の連鎖が始まったということになります。

 

不動産投資は、物件の選び方一つで長期にわたる結果が大きく変わります。著者のこの経験は、「いつ買うか」よりも「何を買うか」にこだわることの大切さを、実体験として示してくれているように思います。

 

 



 

『3時間で身に付くClaude活用術』(尾藤克之)の中で著者は

 

Claudeのプロンプトが「1回で完璧」になる事はありません。メール対応でも、企画書でも、複数回の修正が標準です。

 

その試行錯誤の中で、あなた自身がClaudeの使い方」を習熟していきます。

 

と述べています。

 

著者はこの一節で、AIツールとの付き合い方について、とても本質的なことを伝えています。「1回で完璧にならない」という言葉は、一見当たり前のようでいて、実は多くの人が見落としがちな視点だと思います。

 

新しいツールを使い始めると、「うまく使えない」「思った通りの結果が出ない」という経験をして、そこで諦めてしまうことがあります。しかし著者が言うように、試行錯誤そのものが「習熟」への道であり、何度も修正を重ねる過程こそが、自分なりの使い方を育てていくのだと感じます。

 

私自身、最近Claude Coworkというツールに挑戦し始めました。最初は戸惑うことも多く、思い通りにいかない場面もあります。それでも、やり取りを重ねるうちに「こう伝えれば伝わる」「この方向で頼めばいい」という感覚が少しずつ育ってきています。まさに著者が言う「試行錯誤の中で習熟していく」という経験を、今リアルタイムで積んでいる感覚です。

 

振り返れば、読書も同じでした。1冊読んだだけでは何も変わらない。続けて読み、考え、自分の言葉で発信することを繰り返す中で、少しずつ物の見方が育っていきました。どんな道具も、どんな学びも、「1回で完璧」を求めるより、「続けながら育てる」という姿勢の方が長続きするし、結果的に深くなるのだと思います。

 

新しい技術に対して「難しそう」と感じるのは自然なことです。でも、完璧を求めて立ち止まるより、まず使ってみて、少しずつ修正していく。その積み重ねが、いつか「自分の武器」になっていくのだと、この一節は静かに背中を押してくれているように感じました。

 

『世界標準の1on1 科学的に正しい「対話の技術」のすべて』(スティーヴン・G・ロゲルバーグ)の中で著者は

 

近年、企業のコンプライアンス違反が頻繁に報道されていますが、1on1が効果的に機能している組織では、そうしたリスクが低減される可能性が高いと私は考えています。

 

と述べています。

 

著者はこの一節で、1on1という対話の場が、単なるコミュニケーション手段にとどまらず、組織のリスク管理にまで深くつながっているという視点を示しています。

 

コンプライアンス違反が起きる背景には、多くの場合「言えない空気」があります。問題に気づいていても、上司に伝えられない、相談できる場がない、声を上げると損をするかもしれないという恐怖感。そうした空気が組織の中に積み重なったとき、やがて取り返しのつかない問題として表面化することがあります。

 

1on1が機能している組織では、定期的に「話せる場」が用意されています。それは単に業務の進捗確認ではなく、一人ひとりが感じている違和感や不安を、小さなうちに言葉にできる機会でもあります。問題が小さいうちに対話の中で拾い上げられれば、大きなリスクに育つ前に手を打てる。

著者が指摘するコンプライアンスリスクの低減とは、まさにこの仕組みのことだと思います。

 

総務の仕事に携わる中で、職場の風通しの良し悪しが組織全体にどれほど影響するかを、肌で感じる場面が増えてきました。制度やルールを整えることも大切ですが、それ以上に「日頃から話せる関係があるかどうか」が、いざというときの歯止めになるのだと感じています。

 

1on1とは、効率を上げるための技術である前に、「安心して話せる関係を作る」営みなのかもしれません。そしてその積み重ねこそが、組織の健全さを静かに支えているのだと、この一節を読んで改めて感じました。