自宅展を終えて(2019) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

 

KAMIOです。

 

10日間の連休も終え、休日を満喫されていた方は、生活のリズムを元に戻すのが大変なのではないでしょうか?

 

「自宅展」を含め、その前後も連休に関係なく仕事をしていた私にとっては、羨ましい限りです。

 

さて、第4回目の「自宅展」、沢山の人たちに練上陶器を見て、触れて頂きました。

 

自宅展の数日前に、NHKで(道央圏)放送してもらった事もあり、「テレビを見ました」「実物を見て見たくて来ました」という方がとても多かったです。

年齢層からすると、少々高めの方が多かったという事もあり、多くの人が口々に

「終活の真っ最中で・・・」「断捨離をしているんです・・・」「残しても子供たちには良さが分からず、結局捨てられるからね・・・」

 

とかなんとか、そんな前置きから始まる会話が多かったように思います。

 

「残りの人生、好きなものだけに囲まれるのも乙なものですよ」と言いたいところですが・・・(笑)

 

撮影中の事ですが、作業を映したいということで、削りの作業をしました。作業の撮影は苦手な話しをしなくてもいいし、また「いつもの通り自然にお願いしま~す」という声で、いつの間にか作業に集中してしまい、いっときカメラマンやアナウンサーの存在が私の目の前から消え去り、一瞬没頭してしまいました。

そんな訳で、その部分は間違いなく迫真に迫るいいシーンになったはずです(笑)

 

前回は、私の工房が住宅街の普通の家で看板もないので、家を見つけることが出来ない人達がいたこともあり、今年は「のぼり」を作りました。

 

 

これはなかなかいい働きをしてくれました。

知らない人がみると、普通の家の玄関前にのぼりなんかが掲げられ、「なんだろ、この家は?」と思ったことでしょう。

 

今回印象に残った事は、最終日にデジタルアートを手掛けてい人と、その世界の事を教えてもらった事でした。

 

正直最初は何を話しているのか難しすぎてよく分からず、単純に「住む世界の違う人」という感じだったのですが、話している内にボンヤリとそのデジタルアートの輪郭なるものが分かってきました。

 

動画で、デジタルアートで有名な某大学教授のサイトを見せてもらったりしながらの説明でした。

 

来られた方は、私の作品をインターネットで何度となく見ていたようですが、実際に見て、とくに「眩暈」の作品に興味を持たれたようでした。

 

意図的に人の目の錯覚などを狙った「眩暈」のような作品を、計算の中でデジタルで表すのは、かなり難しいというか、無理なような・・・とつぶやいていました。

 

生身の人間が、色々変化する環境の中での制作ですから、私の頭の中でこういくはずだと思っていても、思いもかけない事が起こるものです。それは同じものを同じように作ったとしても起こる事で、「あの時は上手くいったのに、なぜ今日は上手く出来ないのか?」と・・・・何故こうなるのかと一つ一つひも解くように解決していきます。

 

感覚的な手仕事で生み出される微妙なズレ、完璧が無い世界が生み出すものを、果たして計算で生み出すことが出来るのだろうか?などと思いを巡らせていました。

 

こんな事を考えていると、またどこからともなく

「ボーっと生きてんじゃねーよ?!」

 

という声が聞こえてきそうです・・・