私と音楽 ♬  | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

 

MIYUKIです。

 

いよいよ寒くなってきて、庭の冬支度が気になっているのですが、今月末からの個展の手伝いに追われ、しおれてしまった花など横目で見ている始末、、、

 

天気予報で「外仕事をする絶好の日より」とか、「庭仕事をするのに適した最後の日」などど聞こえてくると、「あ~、今年も雪をかき分けながら、囲いをしなければならなくなるのか~」と、ため息を付いています。

 

 

さて話は変わりますが、今回は音楽の話しとなります。

 

特にこれといった音楽の才能を持ち合わせているわけではないのですが、歌が苦手な分なのか?楽器には小さい時から興味がありました。

 

小・中学校の時代のハーモニカや縦笛は、褒められたりしていました。

 

前に「初めての絵具・・・」 でも書きましたが、主要5科目以外が得意な私でしたので、楽器もその一つです。

 

中学時代、フォークソングが流行り、早速ギターにはまり、友達の家に集まってはガチャガチャと練習していました。

 

過去の楽器の変遷は、オルガン、ギター、マンドリン、クラリネット(高校吹奏楽部で)、ピアノ・・・その後楽器をいじらない長ーい期間があり、現在はオカリナです。

 

私が初めて楽器らしい楽器を演奏したのは、電気オルガンでした。

 

小学3年生の時に、登川という田舎から夕張市に引っ越してきた時、直ぐに近所の同級生と仲良くなりました。

 

びっくりした事に、その友達の家には足踏み式のオルガンがありました。

 

オルガンは幼稚園や小学校にしかないと思っていたので、それはビックリしました。

 

「猫ふんじゃった」を教えてもらい、わいわいと弾いたものでした。

 

その事を母親が知っていたのかどうかは分かりませんが、ある日

 

「『ヤマハ音楽教室』」に行ってオルガンでも習うかい?」

 

というではありませんか!

 

今こそ『ヤマハ音楽教室』は余りにも一般的になっていますが、当時ははしりだったと思います。

 

当時新しく出てきた電気オルガンを買ってもらい、意気揚々と通い始めました。

 

小学校の高学年になり、初めての習い事です。

 

ヤマハ音楽教室から支給されたお揃いのバックの中には、楽譜の他に四角いマラカスなどが入っていて、それはそれは興奮しました。

 

数台並んだ電気オルガンと先生が弾くピアノ、よその学校からも通ってくる新しい友達・・

 

なんと刺激的なんでしょう!

 

一生懸命に練習をしました!

 

・・・・・最初のうちは・・・・

 

そうなんです、私の悪い癖です、心にしっかりと決心したにもかかわらず、飽きてしまう・・・

 

あれだけ興奮して通っていたのに、いつの間にか全くと言っていいほど練習をしなくなっていました。よくあるケースですが・・・

 

教室は、1年か2年か忘れましたが、一定期間を過ぎてから皆で卒業、という事になるのです。という事で、途中でやめるという事はなかなか出来なかったのです。

 

その頃になると、明らかに練習してくる子としない子の色分けが出来てきて、今さらながら、他人事のようで申し訳ないのですが、あの先生も大変だったろうと思ってしまいます。

 

 

そして待ちに待った音楽教室の卒業の日。

 

先生は最後に私たちにピアノを弾いてくれたのです。

 

 

曲名は忘れたのですが、この曲を実に単純にしたものを練習した事がありました。

 

先生の弾くそのピアノは、これがあの曲か?と思うほどに、優雅に、そしてオルガンでは決して表現できない繊細なタッチ・・・

 

背筋がぞくぞくして、感動して聞き入ってしまいました。

 

「ピアノは素晴らしい!」

 

「学校で先生が弾くピアノとは全く違うではないか!」

 

「これだ!」

 

オルガンとは全く違うピアノの音色にやられました!

 

ピアノなら練習できる!弾いてみたい!

 

実に単純なわたし・・その思いを家に帰るなり親にぶっつけました!

 

あれだけオルガンを練習しなかったにも関わらず、今にして思えばなにゆえに親が納得してしまったのか?私をその先生のもとに連れて行ってくれました。

 

さすがにオルガンの実態を知っている母親ですから、言いずらかった事でしょう・・・しかし勇気をもってお願いしてくれました。

 

「先生!・・この子にピアノを」

 

と言いかけた途端、

 

「無理です!」

 

撃沈!

 

 

 

ま、当たり前の結果ではありましたが、その後ピアノに対するあこがれはいつまでも持ち続ける事になりました。

 

この先、私のもとにピアノがくることになるのですが、その話はまた別の機会にします。