歌声え喫茶(私の昭和 その8) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

MIYUKIです。

 

 

今年の北海道は台風の直撃を数度経験し、いまだ復旧には至っていないところが沢山。

 

収穫が間近に迫った時期の今回の災害、人間の力ではどうする事も出来ない自然を相手だけに、作った作物は収穫するのが当たり前・・ではないのだという事を改めて思い知らされました。

 

さて先日、高校時代の友人の一人が毎月歌声喫茶をしていると聞き、早速応援に駆け付けました。

 

久し振りに大きな声で歌を歌い・・・

 

とここまで書きましたが、果たして「歌声喫茶」と聞いて、ああ、昔流行ったね!と分かる人はどの程度いるのでしょうか?

 

ちなみに、私の娘や知人に話したところ、

 

「???カラオケとは違うの?」

 

「なに?それ・・・」

 

という感じでした。

 

歌声喫茶が全盛期だったのは、、私よりもちょっとだけ上の世代、つまり団塊の世代と言われる人たちが若かった時です。

 

ライブコンサートは当たり前ですが、カラオケにしても主役は「あなたお一人・・」

 

たとえ周りの人たちが次の歌の選曲に血眼になって、誰一人としてあなたの歌を聴いていなくても、歌うのは基本、あなたお一人様で、あなたが主役です。

 

ですが歌声喫茶は、そこが決定的に違っています。

 

みんなで歌う! 

 

主役は一人ではありません、歌っているお客様全員です。

 

あえて主役を作るとしたら、ちょっとした歌の指導や先導役や伴奏を受け持っている人たちでしょうか?

 

みんなの声が混じり合うのですから、上手いも下手もありませんが、しかしながら、きれいな声はそのようなごった返している場所でも、響き渡るものです。

 

今は骨董と化しているガリ版(謄写版)印刷で歌集が作られ、それを手に手に歌います。

 

 

このように書くと、私が足しげく歌声喫茶に通っていたかのように思われますが、実はいくら大勢の中で歌うとは言え、歌が苦手な私は、実は殆ど行ったことが無いのです。

 

ですから、どんな歌が歌われていたかはよく分からないのですが、多分、ロシア民謡とか唱歌、反戦歌、労働歌といったところではないでしょうか?

 

今回本当に久し振りに行って歌ったのですが、この「歌声喫茶」の素晴らしい所は、やはり一体感ではないでしょうか?

 

見ず知らずの人と隣り合わせに座っていても、同じ曲を一緒に数曲歌うだけで、心が一つになっていく感じがたまらないのでしょう。

 

最近、この歌声喫茶が再び脚光を浴びてきているというニュースを聞きました。

 

団塊世代が一斉に会社を退職した時期と重なっている事を思えば、ご多分に漏れず、この方たちの力だろうと想像できます。

 

以前は歌声喫茶専門の喫茶店が沢山あったようですが、今は、今回私が参加したところのように、主催者が数時間喫茶店を借り切ってやるというスタイルかと思います。

 

勿論カラオケボックスで、一人一人が自分の世界に浸って歌うのもいいのですが、こういう歌声喫茶のようなスタイルも、メジャーになっても面白いと感じた一日でした。

 

さぁ、そこにいる若いお方たち、今だたぎるようなエネルギーを保持している団塊世代が寄り集まる「歌声喫茶」に、身を投じる勇気を持とう!