MIYUKIです。
以前にblogで初孫が出来た話を書きました。
正直、いつまでも孫の顔を見ていたいこの時期、後ろ髪を引かれる思いで、札幌で開催中の個展(尾形香三夫陶芸展)の手伝いに来ています。
娘の子育てを見ながら、自分の子育てをていた時と、実に色々な事が違っている事を感じさせられます。
まずは「おしめ」。
花や動物がプリントされた、孫の新生児用のあの可愛らしい小さい紙おむつ!
ふっと、いつしか自分は、でかくて可愛いげのないおむつをするようになるのか?と想像しながら、せっせとおむつを変えています。
私の息子が、だいたい1も歳位になったとき、初めて紙おむつという物が登場しました。
かの有名なパン○○○です。
当然当時のものは、今のような高機能ではなく、勢いよくオシッコをしたものなら、脇からピューッと漏れ出てくるというものでした。
高価なものでしたし、布おむつが当たり前の時に、紙を使うと言うことに、かなり抵抗がありました。
金銭的な問題もさることながら、子育てに手抜きをしているようなイメージがあったような気がします。
当時は、紙おむつは長時間のお出かけの時にだけ使っていました。
そんな訳で、当然毎朝おむつを洗い、外に干す、というひと仕事がありました。
洗濯の必要のない紙おむつですから、当然外におむつを干すという必要性もなくなりました。
昔は赤ちゃんのいる家の物干し竿には、 旗のように白いおむつが風にたなびいていたものです。
「ああ、あそこの家には赤ちゃんがいるんだな」
ということが、ひとめで分かったものです。
おむつの洗濯は大変でしたが、懐かしい風物詩がなくなり、少し寂しい気もします。
寂しいというと、ここ田園地帯はこどもの日が近くなると、あちらにもこちらにも「こいのぼり」が上がり、見渡しのいい平野の中で勇ましく鯉が泳いでいるのを沢山見掛けました。
あそこの農家さんには、元気な男の子がいるんだな~、と想像できましたが、今では本当に僅かになってしまいました。
またまた秋の風物詩と言えば、この時期になると漬物用の大根が、どこの家の軒先にも吊り下がっていたものですが、それもめっきりと減ってしまいましたね。
子育てに一生懸命だった私の昭和の終わりの風物詩が、一つ一つ消えていきます。