デフレ化するセックス | One of 泡沫書評ブログ

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デフレ化するセックス (宝島社新書)/宝島社
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『名前のない女たち』シリーズでおなじみ、中村淳彦氏の新刊。例によって、同じような話と知りつつも買ってしまった。この手の話はなぜか気になってしまう。新年一発目の書評がこれというのも何かの縁であろう。

氏の著作はこれまで数冊ほど読んできたが、そのどれにも一貫した著者の問題意識というか、ある種の「贖罪」のような感覚を感じる。「春をひさぐ」という、一般には「反社会的」な商売に従事せざるを得ない女性たちへの屈折した愛情とでも言おうか。ライターとして、彼女らをネタにしているという事実はあるにしても、取材を続けていく中で、こうした商売に手を出さざるを得ない女性たちのおかれた境遇を目の当たりにすると、こういう一種矛盾した感情になるのは致し方ないのかもしれない。開き直って”悪者”に徹しきれない、氏の人の好さが透けて見える気がする。無論これはわたしの勝手な想像に過ぎないが。

本書は、前著『職業としてのAV女優』とほとんど同じような内容ではあるが、取り上げる範囲が「セックス産業」全体ということで、前回よりも多少大きな枠組みで描かれている。「セックス産業」なので当然、AVに関しても取り上げているが、それだけでなく、いわゆるソープランドやピンサロといった営業型の店舗で働く女性たち、そしてわたしは知らなかったのだが、「援デリ」という個人売春の一種についても取材されている。こうしたセックス産業に従事する女性たちに対して行われるインタビューを中心に、この「業界」の世相を切り取るといういうものだ。中村氏の著作に親しんだ人には特に驚きはないだろうが、20年前のセンスで性風俗産業を捉えている人には衝撃的だろう。長引く不況やグローバル化による影響は、セックス市場にも容赦なく押し寄せている。いまや女性の「性」は値崩れしまくった挙句、「性」に対する常識まで変えてしまった観がある。

中村氏は「おわりに」でこのように述懐している:

私は長年、「親や彼氏がどう思うか?」「人間は1人で生きてはいけないので、身近な人を裏切らないほうがいい」「金銭感覚が狂うと元に戻れない」などの理由で、女性がセックス市場で働くことに懐疑的であったが、もはやそんな悠長なことを言っていられる状況ではなくなってしまった。例えセックス市場であっても、精神的苦痛のない居場所があって、社会との接点である経済活動に参加して、平均的な女性より少しでもゆとりある生活を実現できていれば、もはや恵まれているのではないか、と思うようになった。」

ここには、多数の女性にインタビューしてきた氏の本音が詰まっているように思う。「遊ぶお金に困ったから…」というような人たちだけが踏み入れる世界だったはずのセックス市場は、もはや完全に一部の高スペック女性たちがしのぎを削る、狭き門になってしまったという。確かに、女性アイドルの質の低下と、それに反比例するかのように美しくスタイルに恵まれたAV女優たちが次々に誕生する世相は、どこか狂っているような気がしなくもない。だが、こうした構造的な不況は、もしかしたら、我々のような”一般の”労働者が将来直面する未来をちょっとだけ先取りした風景なのかもしれない。

■過去の書評
名前のない女たち 最終章
日本売春史

職業としてのAV女優 (幻冬舎新書)/幻冬舎
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