小倉昌男 経営学 | One of 泡沫書評ブログ

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世の中にいったいいくつの書評ブログがあるのでしょうか。
すでに多くの方が書いているにもかかわらず、なぜ書評を続けるのか。
それは、クダラナイ内容でも、自分の言葉で書くことに意味があると思うからです。

小倉昌男 経営学/小倉 昌男

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ある日、何気なくネットサーフしていたらベンチャー通信というサイトをみつけた。そこには、いわゆる「アントレプレナー」と呼ばれる偉大な方々が色々語ってくれるコーナがあるのだが、小倉氏はクロネコヤマトの宅急便の生みの親として紹介されていた。これを読む限り、どっかその辺の隠居したおじいさんが言いそうな、まあ誤解をおそれず言えば「ありきたりな」ことを言っているだけのように思える。わたしは最初そのように思って、特にそれほどの感慨を持たなかったのだが、後日見つけた極東ブログの書評がじつに興味深いものだったため、思い直して買ってみたのだ。

結論からいうと、finalventさんの書評はたいへん的確だと思う。小倉昌男さんという方は、たしかに、変な人だ。人の心をうつ何かを持ちながら、それでいて妙に自然体なのだ。達観しているとでも言おうか。

「宅急便」というのは、われわれの世代にとって物心ついたときには既にそこにあった社会インフラの一部であろう。「宅急便というのはヤマト運輸の商標で、一般には宅配便というべきなんだ」とかいうトリビアがあったくらいである。まさに宅急便は個人向け宅配のデファクトスタンダードとも言える存在であろう。小倉さんは二代目社長だが、この宅急便事業を育て、日本中をカバーする配送ネットワークを作り上げた中興の祖である。世襲経営者というよりは、起業家にちかいのだろう。宅急便以前に、日本全国をカバーする宅配事業は郵便小包しかなかったのだ。それをサービスの向上のため民間でやろうと思い立ち、実際にやってしまったのである。個人宅配のサービスがここまで向上したのは、ひとえに宅急便のおかげであるといっても過言ではないだろう。もちろんクール宅急便などもそれまで存在しなかった。

本書は経営者の述懐としては抜群に勉強になる部類に入ると思うが、ひとつ重要なことがよくわからない。それは、小倉さんはなぜ宅急便事業などというハイリスクな事業をはじめようと思ったのか、ということ。この根本的なところがわからない。だが本書を読んでいただければ明らかなように、かれはもちろん当てずっぽうではじめたわけでなく、ちゃんとそろばんとはじき、「ネットワーク事業」という宅急便の本質を見抜き、成功すなわち粗利が出るまでのロードマップを描いている。このあたり「個人宅配事業へのアプローチ」として一章を割いているほど、ちゃんと事業の見通しについてつまびらかにしているのだが、しかしそれでも、やはりなぜ当時として成功の確率が低いこんな事業をはじめようと思ったのかがいまひとつわからないのだ。現在の宅急便の成功を知っている今の立場から振り返ってみても、こんな高リスクな事業は止めた方がいいとした当時の取締役の気持ちの方がまだ理解できる。当時も小倉さんほど確信を持っていた人はいなかったのではないか。

ヤマト運輸(当時)はいわゆるオーナ企業であるので、一見ワンマン経営なのかと思いきや、よくよく読み進めていくと、父親であったり労働組合であったり取締役会であったり、なかなか社長の一存でエイヤと決められるものでもなかったようである。(株式会社なのだから当然なのだろうが、)きちんと取締役会で諮り、合意を得てから経営に落とし込んでいくところは、正直やりにくかったのだろうなと思う。特に古い会社ということもあって、労働組合との付き合いはなかなかしんどそうであった。しかし、自伝を読む限り、理想的なかたちで労使が強調して企業として成長していったようである。このへんの機微は、労働組合にとんと縁のないわたしには今ひとつ体感できない感覚であるが、苦い情報が上がらない正規のルートを補助するかっこうで労働組合をうまく活用していたあたりが、並みの経営者ではないということの証左でもあるだろう。


なお類書である『経営はロマンだ!』は、日経新聞に連載されていた「私の履歴書」を単行本化したものである。こちらも自伝なので基本的な流れは同じだが、ヤマトで経営をする前の話(生い立ちや家族の話)と、引退後の福祉事業についての記載が増えている。いわば「ボーナス・トラック」であろうw ところどころ写真もついており当時のよすがを知るいい資料にもなる。昔の彼女と妻の話などはすこし涙が出た。こういうところは現代の男性には真似できないであろう。

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