孤独のグルメ | One of 泡沫書評ブログ

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孤独のグルメ 【新装版】/久住 昌之

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「モノを食べる時はね 誰にも邪魔されず
 自由で なんというか
 救われてなきゃあダメなんだ

 独り静かで 豊かで……」

(第12話 東京都板橋区大山町のハンバーグ・ランチ)

グルメ漫画は『美味しんぼ』や『ミスター味っ子』、『鉄鍋のジャン!』など、基本的にお笑い系(?)の作品が多いが、本作も初期の『美味しんぼ』に通ずるものがある、いわゆる「瑣末なことをクソ真面目に描写することでギャグに昇華している」系の漫画である。冒頭の引用は、主人公がとあるハンバーグ屋でアルバイトの外国人を人前で罵倒する店主に抗議するシーンで吐いた名台詞なのだが、本作にはこうした名言がたくさん登場する。そのためであろう、インターネットでは少しばかり話題になっていたようだ。

半信半疑で買ってみたのだが、その評判は嘘ではなかった。買って本当に良かったと思える素晴らしい漫画である。何度も読み込める漫画というのはそうそうあるものではない。読めば読むほど味の出る不思議な作品だ。何より谷口ジローの絵がいい。細部まで描き込まれた漫画はまさに職人芸と呼べるもので、主人公の心象をあますところなく描き出している。はじめて行った店の店内を観察する感じが良く出ているし、店を決めるまでの心の動きもまるで自分が感じているような気持ちになる。主人公の表情もいい。

物語の主役となる井之頭五郎の職業は輸入雑貨の貿易商。しかも時代を先取りした、オフィスを持たない「ノマド」ビジネスマンである。しかも独身。下戸。そして、作中に一切名前が出てこないため、じつは漫画を読んでいるだけだと名前すら分からない。そのかれが、仕事の合間にさまざまなところでひたすら外食する。言ってみればただそれだけの内容なのだが、言いようのない「男のロマン」が満載なのである。こうした生き方に「ハードボイルド」を感じるのはわたしだけだろうか? 本書が人気なのは、飼いならされて自由を失ったおっさんたちが、五郎の自由な生き方に中二病的なダンディズムを感じ取り、それが琴線に響くからだろう。異論は認めない。

ひとつ注意しておきたいことがある。扶桑社から文庫版も出ているのだが、安いからと言って文庫版を買ってはいけない。絵が小さくてせっかくの谷口ゴローの美しい絵が台無しになっている。値段は二倍だが、大判で読みやすく、しかも作者の対談集などもついている「新装版」のほうを買うべきだ。