35歳までに読むキャリアの教科書 | One of 泡沫書評ブログ

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35歳までに読むキャリア(しごとえらび)の教科書 就・転職の絶対原則を知る (ちくま新書)/渡邉 正裕

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一時期、「カツマー」なる象徴的なことばがネットをにぎわしたことがあった。もともとは経済評論家の勝間和代氏の著作に共感し、自己実現やキャリアといった、自己啓発的な文脈で自分磨きに励む女性たちのことを指す意味合いで使われていたことばだが、勝間氏のプレゼンスが増すに従い、自己啓発の持つ「宗教的」な部分にスポットがあてられるようになってしまった。今では、カツマーといえば「自己啓発マニア」「教祖に搾取されて、自分たちは永遠に年収10倍になれない庶民」というような文脈で、有り体にいえばdisる意味の方が多くなってしまった感がある。

勝間氏の本は2冊くらいしか読んだことがないので聞きかじりで恐縮だが、「自己啓発」の系譜でいえば、勝間さんはむしろ直球ど真ん中であり、『7つの習慣』や、『思考は現実化する』みたいな流れをそのまま引き継いでいるに過ぎないのではないだろうか。ものすごく単純化して言えば、自己啓発の要諦は「前向きに生きて努力を続けよう。そうすれば結果はついてくる」みたいな話が、さまざまな趣向で手を変え品を変え、繰り返し語られるだけだろう。このフレームは、教祖(著者)に煽られた信者(読者)は、教義を信じて実行するが、信者が失敗するも成功するも信者の心がけ次第であり、基本的には一方的に搾取されるだけであるという、一種宗教的な要素を本質的に抱えている。カツマー現象に対する反発も、こうした「自己啓発のダークサイド」に対する気持ち悪さがその奥底にあるのだと、わたしは常々感じている。


さて翻って本書である。ビジネス書の一種ではあるが、題名からも明らかなようにこれも「自己啓発」の一種だろう。そういう意味では、ビジネス書と自己啓発本の区別は未だにつかないが、最近この手の本をよく読むようになった。今年に入って何冊読んだだろうか。なぜ、こうした自己啓発系の本を乱読するのかといえば、もちろんわたし自身が今のビジネスに行き詰まりを感じているからに他ならない。つまり「カツマー」なのである。といっても勝間教には入信しなかったが、教祖はネット上にたくさんいる。自分にぴったりの教義を探しては、託宣を与えてくれる教祖を探し続けているわけだ。これまでも池田信夫氏、城繁幸氏、ホリエモンなどといった「アルファブロガー教(?)」や、Twitter上で見かけた「英語教」、「海外留学教」などの新興の派閥に入信したりしていたわけだが、どういうわけだかわたし自身の暮らし向きは一向に改善しない。その答えはもちろん「行動を起こさないから」である。

もちろんこれは一種の諧謔であって、だから「自己啓発は宗教なんだ」と一方的に断じられるとこまる。そんなことを言えば戦後の「終身雇用教」だって十分に宗教的だ。社長室に神棚が飾られていたとか、信者全員で旅行に行くとか、教義の力強さでいえば自己啓発系など足元にも及ばないだろう。要するに「動機」に踏み込んだ話は、見方によってはどうしても「煽り」「洗脳」という側面が付きまとうということが言いたいわけである。


話がそれたようだ。冒頭に変なことを書いてしまったせいで、本書が最近よくある『○○歳までに○○しなさい』系の本だと思われると著者に申し訳ない。ただ最近は文章を短くすることをモットーにしているので、駆け足で内容を俯瞰しよう。結論だけ先に言うと、「学生のうちに読んでおくのがいい」。

簡単に要約しよう。「いい大学を出て大手に就職して終身雇用・年功賃金・職能給を前提としたキャリア」というモデルが崩壊したにも関わらず、多くの学生や現職のサラリーマンたちはこれ以外の価値観を見いだせずに閉塞感にあえいでいる。こうした状況にあって自己防衛していくにはどうしたらいいのか? こうした時代においてキャリアを順調に築いている人はどのような働き方をしているのか? 本書はこの問題について考え方のプロセスと、いくつかのロールモデルを示している。本書はそういう本である。

最後に、個人的に面白いと思ったところをいくつか引用して終わりにしたい。(都合により一部改変しています)

―――…ドイツ陸軍を再建した立役者として知られる軍人、ハンス・フォン・ゼークトが提唱したものとして一般に流布されている有名な理論がある。ゼークトは本書と同様、「動機」と「能力」に注目しており、その有無で、部下である軍人たちを、4種に分類している(中略)

①有能な怠け者(能力アリ、やる気ナシ)。これは「前線指揮官」に向いている。
②有能な働き者(能力アリ、やる気アリ)。これは「参謀」に向いている。
③無能な怠け者(能力ナシ、やる気ナシ)。これは「連絡将校」「下級兵士」に向いている。
④無能な働き者(能力ナシ、やる気アリ)。これは銃殺するしかない。(70-71ページ)

―――…”人生の意味や目的論”は、正論であるが故に逃げ場がなく、若者を追い詰めるようだ。(中略)これは「自分は何がしかの人にならねばならない、それが自己実現であり、人生の目標なのだ」と大それた誤解をしている人が多いことによる。この誤解とは、客観的に目に見える成功こそ目標にすべきだ、と考えている点にある(中略)目標を決める時期についても、大学3年の就活の時点で、ましてや孫(引用者註:正義、ソフトバンク社長)氏のように10代で、がっちり目的を決める必要はない。働くことに意味や目的を見出す作業を続け、20代後半、遅くとも30歳くらいまでに、おおまかな「登りたい山」を決めることを目標にすればよい。真逆に振れて、「労働に意味なんかない」と投げやりになるのが一番良くない。(102-103ページ)

―――(働く動機を探す方法を一通り紹介したうえで)最後に、実社会での就業経験こそが最良の発見方法だということを強調したい。社会の荒波の中で自分と向き合い、他者との比較のなかで本当の自分を発見していくのである。(中略)まずは働く。学生という身分は学校から見たら「お客さん」であり、お金を払う側にいる。「稼ぐ側」と「払う側(お客さん)」の立場の違いは決定的で、稼ぐということは必然的に付加価値が求められるのだから(規制業種ではこれが弱いのが問題だ)、能力のストレッチが不可欠となり、負荷がかかる。その過程で、「この仕事は下らない」「やりがいがある」などと価値判断がなされ、内なる動機が顕在化してゆく。動機が先ではなく、仕事の負荷が先なのだ。(124-125ページ)



わたし自身、働いてみて感じた実感とマッチする部分が多い。そういう意味で、歳をとってから読むには惜しい本だ。対象読者が学生というのはそういう意味である。