組織は合理的に失敗する | One of 泡沫書評ブログ

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世の中にいったいいくつの書評ブログがあるのでしょうか。
すでに多くの方が書いているにもかかわらず、なぜ書評を続けるのか。
それは、クダラナイ内容でも、自分の言葉で書くことに意味があると思うからです。

組織は合理的に失敗する(日経ビジネス人文庫)/菊澤 研宗

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短くまとめようと思ったのだが、文才がなくてまた冗長になってしまった。出版されたプロの本に「冗長だ」と冗長な書評でケチをつけることほど、恥ずかしいことはない。まあ、これも訓練の一環ということだ。

さて、文庫版のあとがきによると、本書はもともと2000年に出版された「組織の不条理」という単行本がもとになっているそうだ。この「組織の不条理」はどうやら例の勝間和代さんが折に触れて宣伝していたということで、たいそう売れたことだろう。もしかしたら文庫化したのも勝間さんの威光かもしれない。著者は勝間さんに頭が上がらないだろう。何とも形容しがたい。

組織の不条理―なぜ企業は日本陸軍の轍を踏みつづけるのか/菊澤 研宗

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まあそんなどうでもいい話はさておき、本書は「失敗の本質」にインスパイアされた著者が、いつか日本軍を題材にした軍事組織研究を発表したいとかねがね考えており、結実した本らしい。そういえば「失敗の本質」はうちに「積ん読」になっているが、たしかこの本のオビには「勝間さん推薦」と書いてあったような気がする。勝間さんのプレゼンスはすさまじい。書評をしていると彼女に無縁ではいられない。すごい影響力だ。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)/戸部 良一

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また脱線してしまった。勝間さんのパワーにやられてしまっているかもしれない。


このままいくと勝間さんの話で終わってしまいそうなので、さくっと内容をおさらいしたい。本書の骨子は、「新制度派経済学」という”新しい経済学の方法論”を組織論に持ち込み、不合理の象徴といわれた旧日本軍、とりわけ陸軍を題材に、「日本軍は不合理であったために失敗した」という従来の見方を覆し「人間は(限定的に)合理的であったがゆえに失敗した」という逆説的な論考だ。著者によると、この「新制度派経済学」というのは、人間が「限定合理的」であるという前提に立ち、代表的な三つの理論によって組織の行動を分析するアプローチだという。三つの理論とはすなわち


・取引コスト理論 (コストが発生するがゆえに、取引が行われない)
・エージェンシー理論 (モラル・ハザードとアドバース・セレクション)
・所有権理論 (権利の移転)


である。これらの理論は、経営学でよく出るキーワードだから、勉強熱心なビジネスマンはとっくに御承知かもしれない。それぞれの理論の説明は本書のプロローグにうまくまとめられているのでそちらを参照してほしいが、著者によると、これらの新しい理論を用いると、これまで「不合理だったから失敗した」と一方的に断罪されるだけの存在であった旧軍が、むしろ逆に”限定的に”合理的であったがゆえに失敗を繰り返したのだという。また逆に組織がこれらの理論において適切な方法をとったと考えられる場合は、一部の戦闘や統治においてはずいぶんと成功した(効率的であった)ということが言えるという。具体的な、「不合理」の典型例として、有名な「ガダルカナル戦」「インパール作戦」を取り上げ、また逆に「効率的」であった例として「硫黄島戦」「沖縄戦」「ジャワ軍政」などを分析している。

最後にまとめとして、これら一連の日本軍の成功事例と失敗事例をもとに、「第10章 組織の不条理を超えて」と題し、現代の組織運営におけるベスト・プラクティスとして「開かれた組織」というモデルを提示しようとしているのだが、この一番重要(と思われる)部分の整理がやや散漫で、議論が無軌道な感じがしたのが残念である。このあたりは、池田先生がしばしば言及する、いわゆるヒューム的な懐疑主義という進化論的な方法論のことにつながる話だと私は勝手に思ったのだが、この辺の議論の整理がいまひとつよくわからなくていつもストレスになる。もう一歩踏み込んで断定的に説明を加えてほしかったと思う。


本書は学者の書いた本にしては比較的読みやすく、文体にも癖がない。ただし、「不条理」という用語の用法がご都合主義的な感じがするし、また至るところに埋没コスト(サンクコスト)の記述が登場するのだが、これが(経済学では当たり前の概念とはいえ)あまりにも多用されるために、巨大な組織はむしろこのサンクコストこそが決定的な障壁となって変革に失敗するのではないか、という気にもなる。


以上、強引にまとめると、全体的には組織論として非常に示唆に富んでおり、大企業病に悩まされる現代の会社組織には耳に痛い話ばかりだろう。つまり処方箋として非常に有効だということだ。「取引コスト」「サンクコスト」などは、多くの企業体において改革を阻むほとんど唯一の原因と言っても過言でないかもしれないw