- 闘う経済学―未来をつくる「公共政策論」入門/竹中 平蔵
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竹中平蔵氏は小泉内閣時代の閣僚として、2001年から2006年まで郵政を中心とした構造改革を推し進めてきた。本書は氏の政治家としての回顧録といっていいだろう。
「経済ってそういうことだったのか会議」で、見方が変わった竹中氏だが、本書を読んでさらに見方が変わった。かれはやはり評論家や学者ではなく、政治家(政治活動)のほうが向いていたのだろう。わたし自身、大マスコミに印象操作させられていたことを恥じ入るばかりだ。(だが、もう何冊か氏に関する本を読んでから最終的な人物評をしてみたい。・・・と言いつつ、結構人物評してしまっているので、素人はこれだからダメだ。)
氏は、「経済学は実際の政治に役に立つ。しかしそれだけではただの空論になってしまう。実際の政策に落とし込み、生きた経済学を現実に適用する、リアリスティックな公共政策論をしたい」という趣旨のことを本書で語っている。要は「経済学と実際の政治の隙間を埋めたい」ということだそうだ。その言葉通り、本書では氏の6年間の政治家生活を通じて得られた実体験を基に、かなりリアルな実際の政治の動きや仕組みが語られており、その動きを知ることができる。
あれほど大マスコミからイメージ操作され、バッシングの嵐にいた氏だが、その真意はつかめないとはいえかなり飄々とした論調でなかなか興味深い人物であることが分かった。なかでも、批判のパターンには3つあり、慣れてしまうと面白いなどと、強がりとも本気ともわからない感想を述べているところは笑ってしまった。やはり政権担当する側は何をしても必ず批判されるので、こうした姿勢は必須なのかもしれない。福田さんや安倍さんのように、やや打たれ弱い二世三世にもぜひ読んでもらいたいところだ。いちいち真に受けて傷ついたり、神経をすり減らしたりするような小者には権力をもつ資格はないというと言い過ぎだろうか。記者にキレるとはあまりにも器が小さすぎる。そういう意味では、もしかしたら麻生さんは総理に向いているのかもしれない。経緯はどうあれ、あの5月解散は避けられないと言われた危機的状況から、結局小沢さんを追い詰めて逆転(?)したわけだから、少なくとも政局を読む能力と、図太さは立派なものといえる。
話がそれたが、批判的な視点で見れば、本書そのものが、構造改革の名のもとに日本の経済を破壊した張本人である氏の弁明の書であるという言い方もできよう。だがよくよく読んでいくと、やはり郵政事業のような魑魅魍魎は、合理的、民主主義的に考えれば解体する以外に国民が利する方法はなかったことがわかるし、市場原理主義というよりも、未熟な時代に必要だった国営事業がその歴史的な役割は終えたというだけのことだろう。だからこその強大な抵抗なわけだが、これは小泉+竹中コンビでなければ決して実現しなかったということがよくわかる。
氏を市場原理主義とラベリングするのはたやすいが、たとえば第2章 「増税論と闘う」において以下のように書いているのをどうとらえるべきだろう。
「日本国憲法(第二五条)では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めていたが、その「最低限度の生活を営む」ことができるように、所得を再分配するという役割が財政にはある。(中略)しかし、その所得再分配をだれが、どのように、どの程度行うのがいいか、この判断は非常にむずかしい問題である。(中略)所得再分配については、いろいろな考え方がある。だれが、どのように、どの程度行うかという組み合わせを、歴史や社会の風土を考えながら築いていく必要がある。それが、実はその国の民主主義のパフォーマンスが最も問われる点である。(本文64~65ページ)」
このように(結果はさておき)氏自身は、やはりバランスのとれた実務家志向といえるのではないか。結果云々についてはよく調べていないので発言する資格はわたしにはないが、少なくとも政治哲学そのものはまさに「政治家」である。この点は評価すべきだと思う。
さて最後になるが、たびたび氏が強調しているのが「戦略は細部に宿る」という点である。つまり、「いくら理想的な青写真を描いたとしても、それを実現するためのプロセスまで含めて戦略的に考えなければ政策論にはならない(本文276ページ)」といことである。こうして氏は理想論を語り批判だけ行うひとたちを暗に揶揄しているが、とはいえ評論家や学者は、物事を客観的に分析したり、仕組みを解き明かしたりするためには重要な役割を果たすのも事実であり、互いに否定する概念ではない。これは「視点」の問題であろう。本書の目的が「リアリスティックな政策論」なので、そういう意味では氏の主張は非常に明確である。「ガタガタ言うな、口だけなら何とでもできる!」ということだろう。(森永卓郎氏などに向けて言っているのかな?) 刻々と変わる政策決定プロセスの変化を踏まえて、どうすればよいかと考える姿勢や、バッシングを含めた批判を楽しむ姿勢など、何度も恐縮だがやはり氏は学者よりも政治家に向いていたのだろう。
小泉元首相の人物評も興味深いが、これはぜひ本書を読んで各自で確認してもらいたい。