「知の衰退」からいかに脱出するか? そうだ!僕はユニークな生き方をしよう!! | One of 泡沫書評ブログ

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「知の衰退」からいかに脱出するか?/大前研一
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書評を書こうと思っていたら、早2ヶ月が過ぎてしまっていた。出てすぐ読んだ本なのに、残念なことである。



本旨からいきなりそれるかもしれないが、私にはもともとひきこもり的なメンタリティがあり、できれば人生の早い段階でリタイアし、競争とストレスのない「スロー」な生き方ができないものかと考えていた。同世代の人間にはあるいは情緒的に理解されるかもしれないが、要するにニート的な生き方である。これは人生の振幅を可能な限りミニマムにする志向で、成功したり他を圧倒したりすることがない代わりに、傷ついたり大きなストレスを感じなくて済む生き方である。近年の流行り言葉でいえば、「草食系男子」と呼べばわかりやすいだろうか。(ニュアンスはだいぶ違うが)


今でも多少この生き方にあこがれるが、こうした生き方は「隠遁」ということばが存在することからもわかるように、昔から存在していた。年をとって一線から身を引いた「隠居」とは違い、「隠遁」にはある種、俗世界からの積極的な逃避をしようとする性向が感じられる。私がよく参照するサイト「世捨て人の庵 」などは、この隠遁を実践しており、そのメンタリティ、哲学等もてらいなく表現されていて非常に参考になる。「資本や資産を持たないことを選択し、大衆化・愚民化してしまうことをラディカルに拒否する」姿勢というのは、私にとっては非常に共感を覚える生き方であり、いまだにあこがれる部分は少なくない。少なくとも自ら思考を放棄した大衆的生き方よりはずっと価値があり、素晴らしい生きざまだと思っているが、やはり自ら経済的なpossessionを放棄してまでこうした「持たざる」哲学を貫徹するほどの覚悟は持てなかった。


ところで、ホンモノの世捨て人の生き方については先述のサイトをご覧頂くとして、「世捨て人」氏が批判してやまない「大衆」とはいったいどういうひとびとのことを指すのだろう。看板コラム「ほぼ世捨て人」で、「悪いのは大衆だ」という項に非常にわかりやすい要約があったので、引用させていただくと、


『―――(大衆とは)最も平均的な9割の人のこと、と言ってもそれほど外れていない。優柔不断、付和雷同で、体制・趨勢に流され、一貫した主義主張がなく、マインドコントロールにかかりやすい人。規格化され、個性がなく、みんなが右を向けば右を向くような人。現状に不満のない人。自分は中流だと思っている人。批判力・独創性・主体性のない人。自分の意見を持たない人。本能、プログラムの通りに行動する人。それでも自分だけは大衆ではないと思っている人だ。(コラム”ほぼ世捨て人”2003年1月 悪いのは大衆だ より抜粋)』


以上の性向をもつ集団もしくは個人ことを「大衆」と呼び、「世捨て人」氏は軽蔑し、嫌悪している。こうした資質は現代を生きる日本人ならある程度「備えてしまって」おり、好むと好まざるにかかわらず、否定はできないだろう。こうしたことに「私は違う」と反論することはたやすいが、反論すること自体が「大衆」であることの証左であろう。そして、実際にさまざまな場面で「では、あなたは自らの頭で考えているか」と問われれば、答えに窮するのが落ちではないだろうか。


なぜこのようなサイトの紹介をしたかというと、私が見たところ、この「世捨て人」的な発想で言うところの「大衆」が、奇しくも本書で大前研一氏の指摘する「B層(*)」すなわち低IQ層」のひとびとの性向とまったく同一であると思えたからだ。一方で有名大学・大学院を卒業し、最高峰のコンサルティングファーム出身の大前氏と、職業フリーターである「世捨て人氏」という、経済的には両極端の生き方を志向していると思われる両氏がそれぞれ個別に指摘する「ダメな人間」の典型がここで同一の像を結んでいるように感じられるのである。これは果たして偶然だろうか?

(*B層:大前氏によれば、小泉首相在任時、竹中平蔵経済財政大臣(当時)が起用した有限会社スリードという広告代理店が作成した資料にあった言葉で、IQの低い層のことを指して「B層」と定義していたという。ちなみに同様の資料によれば「A層」を財界勝ち組企業・大学教授・マスメディア・都市部ホワイトカラーとし、「C層」を構造改革抵抗守旧派としている。)


本書は、端的にいえば、こうした「B層」な人々=低IQな人々に対するラディカルな啓蒙である。我が国は長い経済的文化的繁栄に胡坐をかき、今や世界でも有数の「アホ」の集まりになってしまった。それではまずい、なんとか、日本国全体としてもっと考える国民を増やすべきである、つまり「集団IQ」を高めなければ亡国を待つのみだ、という主張である。


しかし、当然ながら、「それでもいいじゃないか」という反論が予想される。近年、「草食系男子」という言葉があるほど、若者の内向き志向は周知の事実である。このようなある種のデカダンというべき性向は、先進国が陥る典型的な陥穽なわけだが、本書が面白いのは、冒頭でこうした「スモールハッピネス志向」を「ポルトガル現象」あるいは「イギリス病」という、かつて先進国がたどった「いつか来た道」であるとし、あらかじめ「スモールハッピネスという選択もないとは言えないが、それはイコール衰退であり、けっして知的生活・豊かな生活を約束するものではない」と断じているところである。これはなかなか興味深い指摘だろう。他にも、中国には学ぶところがないと思っている狭量な発想ではだめで、学ぶべきところは学ばなければならないというような指摘、これなどもとても還暦を過ぎたとは思えない柔軟な思考である。


大前氏(というか、尊敬をこめて敢えて「研一」と呼びたいが)は、調子が悪い時に読むと疲れるが、元気なときには非常にやる気を与えてくれる人である。研一はいろいろなところで積極的に発言をされているためか、発言の矛盾が目立ってきたり、かつての発言をなかったことにしたりするところがなきにしもあらず、である。ただ、こういう点は有名人である以上仕方がないことかもしれない。それこそ研一にも「いいところだけ学ぶ」ということでという精神で、本書を読まれてはいかがだろう。


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こちらは空港の書店で見かけたためつい買ってしまった研一新書。飛行中の1時間で読了してしまった。終始、研一の自慢話(笑)です。