ネパールの手帖 -6ページ目

ネパールの手帖

平成22年6月から2年間、ネパールでソーシャルワーカーをしてきました。「ネパール日和」から「東京日和」へ。東京の空の下、ネパールで感じたことを思い出して記していきます。

ネパール人はピクニックが大好き。
山の中ラスワに住んでいた時もピクニックによく出かけていました。お散歩程度でしたが。

雨の降らない、寒くない季節!それはピクニックの季節!

ピクニックに行かなくちゃ!

というわけで、デイケアセンターの子ども達、保護者、兄弟、ばあちゃん、お手伝いさんや友達まで繰り出して、総勢60名!!カトマンズのピクニックはケタが違います!!

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日本の支援で作った道路を通り、向かいます。
この道を通ると日本人の誇りのようなものが芽生えます。それぐらいサララーっとまっすぐなクオリティの高い美しい道路なのです!元気がない時もこの道路を通ると元気になります!(ホントに!)建設指揮をしたハザマ建設の方々はこの真直ぐな道路を作るためにネパールの人にどうやって伝えていったのか・・・。本当に頭が下がります。

という道路をサララーーと走った後は山道をうねうね!!!
バスを2台貸し切って、2時間半程の山の上ナガルコットへ到着しました。

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家族総出です!

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ネパール的ピクニック・・・それは

大音量の音楽、その場で作るダルバート!そしてお洒落していく!これが鉄則!!

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プロパンガス、スピーカーも持参して大騒ぎ!

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ミニ運動会をしたいとのことで企画した私。

「ユキ、サリーを着てきた人はどうするの?」

と聞かれたのでした。まさか山に行くピクニックにサリーを着てくる人がいるわけないと思った私は、

(山にピクニックなんだがら軽装で来るだろう・・・)

と、それなりの企画をしてしまったのです。

こんな服装の皆さん

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おばあちゃん、グルン族の衣装だし・・・

どうやって運動会しよう・・・。

まずは、カジャ(軽食)から。
その後はお茶タイム

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「おれのサンドイッチ食べたなー!」
「しーらね・・・」

これだけで私はお腹いっぱい!

そして、運動会!

お父さん達の「しっぽ取りゲーム」大奮闘!!!
お母さん、お父さん、子どもをごちゃ混ぜにした「電車ごっこゲーム」軽症のケガ人が出るほど大騒ぎ!

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脳性麻痺の子どもも参加できるように、おんぶで参加も紹介。涙が出るほど喜んでくれました!

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そして、二人三脚。ケンケンゲームになっちゃったけど。。。

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体育教育が必須でないネパールの教育。もちろん運動会なんて経験したことがありません。

でもやってみて楽しかったでしょ?これも授業のひとつになるんだよ。

笑顔がいっぱいの家族写真も沢山写し、

忘れていた頃に御飯が出来あがりました。センター長のご主人がネパール軍の偉いさんなので、その部下達が作ってくれました♪

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辛いけど美味しいお肉もたっぷりのダルバート☆
運動会でお腹もすいたから皆いっぱい食べました!

気になったのは、センターでは自主的に食べさせることをしているのに、お母さん達が付きっきりで子供に食べさせていたこと・・・。愛情あってのことですが、これじゃ伸びる子も伸びない!!

新たな課題が見えたのでした。

参加者やセンター長、私からコメントを話し、その後子ども達が頑張って感想を述べ

参加賞をもらって

全員集合もバッチリ!

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楽しいイベントになりました~♪
次回は動きやすい服装でお願いしまーす
もうもう感動の日々!!

私が配属先で最も信頼している先生。サリタ先生。

今日は、なんとサリタ先生が怒ったのです!

「ABCやक ख ग़ を教えたってダメなのよ!!!私達が教えなくてはならないことはもっと別の事だ!私はABCを教えるのは辞める!」

と言って、ベッドメーキングを特訓し始めたのです!

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彼女の息子は重度の自閉症。

言葉の単語すら発したことはありませんしコミュニケーションも難しい子です。

しかし、彼女が毎日教えて出来るようになったこと。

「道路を横断する時に手を挙げる」こと。

これがネパールで生きていくに当りどれだけ重要なことか!

彼女は自らの体験からなにが重要かわかってきたようです。

絵本の読み聞かせも私の真似だけでなく、ネパールで出版された本を読んでみたり、自ら絵本を作り始めたり、工夫し始めています。

絵本の文化が皆無と言っていいほど乏しいネパールでサリタ先生頑張っています!!

飛び石連休のネパール。

去年はラスワの赴任地ドゥンチェでのんびり過ごしていたのですが、カトマンズにいてもなぁ・・・

ということで、絶対に行きたかった場所!アンナプルナ内院へ!

神聖な場所ともされている場所で、肉の持ち込みなどは基本的に禁止。

内院というだけあってアンナプルナの中をグイグイーーっと歩いて行くコース。

今回のメンバーは

日本100名山制覇のシニアボランティアKさん

定年前に山登りを始めた割に体力は若者以上のシニアボランティアSさん

元登山部のNさん

現在山岳会にも所属しているSさん

日々村巡回に走り回り親指の爪が2度も剥がれたことのあるUさん

という・・・ついて行けるのか冬山!?

心配に心配を重ねた訳ですが歩くしかありません。

体力がないので登りがとにかくついて行けない私。ヒーヒー言いながら出したがなんとかついて行けました。

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大規模な雪崩跡!ギャーーー!
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山に行くと、山で暮らしながら山を資源に観光客相手に暮らしている“山の民族”に会います。彼らはネパールの成功者でしょう。比較的安定した収入を得ることが出来ます。私はこのような山の民族が本当に大好きです。彼らは安易に海外に出稼ぎに行かず、ネパールの財産であるヒマラヤをしっかりとアピールしながら仕事をしています。

辛いながらも山の楽しさを感じながら登ること数日・・・

ABC(アンナプルナベースキャンプ)

圧巻!!の一言。360度ヒマラヤ!!!本当に凄い景色でした。登ってよかった!

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アンナプルナで感動したこと(1)
薪を使っていなかったこと。森林伐採の問題から薪の使用は禁止されています。しかし、こっそり使っているのを他の山で見ていました。しかし、アンナプルナは違いました。お客さんからヒーターチャージを取って石油のストーブにしていました。100ルピー(100円)のヒーターチャージ。これで守れる森があるのならトレッキング客も喜んで払うことでしょう。

アンナプルナで感動したこと(2)
これだけではありません。食事が美味しい!!トレッキング客に美味しい食事を提供する。基本的なことでしょうが、アンナプルナとエベレストは食事が美味しいと評判です。これって凄く大切なことではないかしら?

アンナプルナで感動したこと(3)
マチャプチュレベースキャンプで働いていた青年。お姉さんが日本に勉強しに行っているとかで色々と話しました。下山していた時、再び彼に会いました。その時彼の手元にはゴミ袋が。ゴミを拾いながら歩いていたのです。綺麗な山にすれば皆気持ちがいい。そして、もっとお客さんが来て喜んで帰ってくれるでしょ。こんなネパール人が増えたら必ず観光大国として成功するはず!!

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アンナプルナで感動したこと(4)
整備された道。私達は歩きやすく、とてもありがたかったのです。この道、ネパール政府が整えたもの??そんなわけがありません。入山料やらで1人4000ルピー(4000円)を政府に支払わなければいけないトレッキング客。しかしこのお金が山の為に使われるわけではありません。政府の懐に入りどこかに消えてしまう・・・。これがネパールの残念な所。しかし、「ネパール政府が悪い」と文句を言うばかりのネパール人ではないのがスゴイところ。なんとアンナプルナでは各ゲストハウスが30万ルピー(30万円)ずつ出し合って道の整備をしているそうです。自分達の欲の為だけにお金を使うのではない。山の事を考えて暮らしている彼らを本当に尊敬します。そして山で暮らしながら山で豊かになってほしいなと願うばかりです。

もっともっとネパールの素敵な所を見て、伝えていきたいなーと思うネパール日和です。

そして、今回ついに!携帯コンロ!?デビュー!本格派っぽい!?これは便利!部屋から出なくてもお湯を沸かして飲めちゃうんですもの!

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そして、ポカラに戻り、念願のマウンテンフライト!
なんと2人乗りの小型飛行機!ネパールで一番お金使った!!でもそれだけの価値あるフライトでしたー!ヒマールの真上をビューーーっと飛びましたよ!

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早朝のすっぴん顔!!
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インド旅行から帰った翌日、冬休みを終えたセンターも始動!

長期休み後は、全てがセロに戻ってしまい、また最初からだよ・・・

というのが、隊員の中でよく呟かれること。

どーせうちもゼロに戻って・・・

と思ったら!!

なんと、絵本の読み聞かせが根付いているではありませんか!!
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わーーーーー!すごい!!

子ども達も自ら、すべり台で遊び始めたり!
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もう!地道にやってきた甲斐あった!
本当に大好きな人達です!
SERSがお送りする特別支援教育研修会、最終シリーズ!!

ワーイ!

もはや、悩み相談から夜遊びまで同志になっている韓国ボランティア。色々な考えを柔軟に受け入れてくれる彼女達と話しているととても楽しい。大学時代の友人と一緒にいるような感覚です。

今回はずっとやりたかった日本と韓国の文化紹介を追加してみました。

韓国紹介
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かわいいチマチョゴリや踊りを披露。私も着させてもらいました。

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日本紹介

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浴衣の紹介、四季や食事について、あとは地震について支援のお礼と共にお話ししました。
すっかりネパールでは風化している日本の地震について。もう一度思い出してもらえればと思います。

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今回は4日間。朝から夕方までびっちりの研修会。

・障害について
・子供の発達
・保険体育の授業について
・言語の授業について
・理学療法
・作業療法
・個別支援計画の評価・作成方法、
・音楽、絵本の読み聞かせ
・園芸療法

などなど研修会は、4日間にわたって行われました。

これ!といって手に職のあるわけでもない私は、SERSでの立ち位置、強みを分からずもがいていました。就労支援と施設マネージメントに力を入れたい!経理の経験を生かし、マネージメント力がない故に閉鎖する学校やセンターを減らしたい!と思っています。しかし、ネパールにはまだ早いような気がしていました。第3回が終わり個人的に地方巡回をしているうちに、「原点」の大切さに気付きました。

そして、今回は原点の原点!!

「知的障害ってなに?」

ということを1時間半お話ししました。とにかくちゃんと伝えたかったので、ネパール人メンバーに概論を説明する所はお願いしました。ついつい自分ひとりで頑張ろうと思いがちでしたが、なにより大切なのは「ネパール人に理解してもらうこと」これを忘れないようにしなきゃ!

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知的障害の人の感覚を感じてもらうため、様々な手法で体験してもらいました。

知的障害の人との関わりって、言葉の通じない外国人とのコミュニケーションと似ているよ。
ということの実験

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日本語だけで指示するゲーム。絵を使うと言語の違う外国人の言っていることも解るよね?という体験。

鏡に映った迷路を鏡だけを見て行う体験。

グルグル回って目が回った状態で座ったり歩いたり。

そして、サヴァンシンドロームの紹介。重度の知的障害でも、才能を見つけると我々では到底及びもしない優れた才能を引き出せる人もいる。とイギリスでの映像を観てもらいました。

「知的障害を持った人の99%は才能を見いだせないでいる。それは周りの人たちが探そうとしないからだ。

一人一人に合った支援を受け、尊敬され、チャンスを得た人は必ず才能を見つけることができる。」

これはサヴァンの青年を指導し続けた教員の言葉。

これが頭の片隅に覚えてくれていれば。

作業療法士さんがボケーショナルについてマネージメント面も触れてくれていたので、いい流れ!

4回シリーズを終え、完璧に近いプログラム構成!素晴らしいチームワーク!本当に最高の研修会でした。

参加者からも、こんな素晴らしい研修会を求めていたよ!いままでこんな素晴らしい研修会はなかった!と絶賛していただきました。

そしてずーーっと私たちをフォローしてくれていたネパール人メンバーのシャヒさん。
なんと、ご自身の夢を話してくれました。

「今、ネパールには特別支援教育に携わる教員を養成する学校がないから、自分でカレッジを作ろうと思うんだ!その時は手伝ってほしい!」

なんて素敵なこと!
こんなことを考えてくれる人に私たちは多くのことを伝えられたことを嬉しく思います。

SERSの活動はひとまずお終い。しかし、Sさんも皆も頑張っているし、個人的にSERSで伝えたいことをネパール語でまとめてリーフレットにしようと計画中。またも自分で自分の首を絞める・・・

でも、ほんのちょっとでもネパールの障害者が生きてて良かったと思えることが増えるといいな。と思うのです。それだけです。

視覚障害の体験
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一番年下なのに引っ張ってくれたAちゃん
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初参加のシニアボランティアOさん、体育の重要性について(シニアの貫禄!皆さん真剣に聞いています!)
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作業療法についてKさん(素敵なOTさんです!)
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恒例のKちゃん理学療法!
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レディディディワールドによる園芸療法
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Nさんワールドは瞬きするのも忘れます!
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そして炸裂のデモンストレーション!
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他にも多くのボランティアが工夫した講義を行い、あっという間の4日間!
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最終日

飛行機までの空き時間。ここで遊ばないのが日本人と韓国人!!

以前、隊員が派遣されていた聴覚障害者の学校を訪問。

日本文化紹介と交流をしてきました。

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ネパール語手話を教えてもらい自己紹介をしたり
おはしを使う体験や、大きなカブの劇など、子ども達も大喜び!!(私はカブ役です)

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そして、まだ帰りません!!さすが日本人!!

韓国ボランティアJさんのの配属校。去年訪問したAWMRダラン校を1年ぶりに訪問し、Jさんや先生方の頑張りに感動!

子ども達も私たちを覚えていてくれて、温かい気持ちになったひとときでした~
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カトマンズへ帰ると、夜の10時・・・疲れきって顔も洗わずベットに倒れ込みました・・・。
沢山準備をしてくれた仲間達に感謝です!
おしまい。

この息の合ったジャンプ!
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スリランカへ

インドからスリランカへの飛行機の中で辛すぎて座っていられず横にならせてもらうほど。。。
ついにネパールでも行ったことがないのに、スリランカでついに病院へ。。。
ついにダウンし、“おかしな4人組ツアー”から離脱。
悔しい。

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移動でお世話になったオートリキシャ(語源は日本の「人力車」。戦後に世界に広まったらしい!)

スリランカで世界遺産をほとんど切見ず、海辺で本読んで過ごすことに。
それでも退屈させないのかスリランカ!バカンスの国らしく貸し本屋があるのです!

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海!海!うみーーーー!!
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という、なんとも贅沢な静養。

ここは恋人や家族と来るところ。

ひとりビーチにて静養。空だか海だかわかんないくらい青い海を前に3冊読破。バカンスってこういうことですね!ありがとう下痢。下痢じゃなかったら、こんなのんびりしてなかったよ。私的にはバカンスなのだけど、周りの1ヶ月2ヶ月バカンスしている欧米人には、Japanese so creazy!!と休みの短さを驚かれ、Japanese STYLE!ha ha!!誇らしげに言ってみたりする。他国の常識を知るということは、実に不幸。

回復食にビーフバーガーを食べようとオーダーするも、「ビーフないからチキンでどう?」とか言われる。「ビーフ!Beef!びーふ!水牛でない牛肉が食べたいんだ!」と訴える日本人女子。なぜそんなにビーフが食べたいの??と不思議がるシンハラ人。私は半年以上、水牛でない牛肉を食べていない。。。なぜって、、、私は日本人だけど、ネパールに住んでいて、ネパールはヒンドゥー教国で、、、あーー面倒だ!!Seafoodで手を打とう。「海老ちゃん、お魚さん久しぶり!会いたかったよ!!」スリランカありがとう。ここは天国。

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どうしても行きたかった象の孤児院へ。私の先祖は象なのではないか?というほど象が好き。
91頭の象に踏まれそうになりながらも、触りまくり、授乳もし、餌もやり、感激!ここで住み込みで働きたい!通常、観光客は数時間しか滞在しないらしく丸一日ウロウロする私は色々と仕事もさせてもらい泊まっていけ!とまで言っていただき、「喜んで!!」と言えないのが残念。

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仏の歯が納められている仏歯寺。(私は何度も抜歯寺と間違えてしまう)

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終盤、友人達と合流し、海鮮三昧!買い物三昧!すっかり元気に。

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久々の寿司に涙をこらえながら、心の底から「おいしい・・・」と呟きながら頂く。感動すると人は無言になる。

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美味しい海鮮は半年のお別れ。

最後の悪あがき!!ハーゲンダッツのアイスにタピオカアイス。
悔いなし!!

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残り半年頑張れるエネルギーを体いっぱい溜んだ冬休みでした♪
また必ず行きたい国“スリランカ”。すっかり魅了されました。

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友人達へ感謝感謝。ダンニャバード!
わーいわーい!冬休み~

去年は冬休みも任地で頑張るのだ!!と張り切って子どももいないのに走りまわり、凍傷になったのでした。

今年の1月は海外へ!と決めていたので、同期2人途中から3人と一緒に旅行に行ってきました。
普段は週6日、週休1日で頑張っているのでお許しを!

久々のホリディ!小さなネパールから久々に外にでてリフレッシュ!ウッキウキの写真ばかりご紹介していきたいと思います!

【インド】

まずはヴァナーラス

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ヒンドゥー教徒の聖地。
入ると赤痢になるぞ!とか様々なウワサを聞いて行ったヴァナーラス。

キレイじゃん!泳げるくらい綺麗だぜ!!

川に向かい入り組んだ道を進み、現れた聖なる河。

ここで初日の出を見ようというわけです。
初詣です。今年も健康で楽しい1年でありますように。

年越し蕎麦、鏡餅も準備していきましたよー

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デリーの綺麗な空港に大興奮!!
おーー自動販売機!!電気がないと活躍しないよね。などと空港だけで鼻血を出しそうになっていました。でもお店の人と話しながら買い物するネパールスタイルの方が私は好きです。時間はかかるけどね。

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電車だーーーー!すげーーー!電車や汽車に興奮できるのも、なんにもないネパールに住んでいるお陰。

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インドのローカルフードは本当に美味しい!!安い食費で美味しいゴハン!


【アーグラー】

そうです!タージマハール!
美しい。世界一美しい建造物とも言われるタージ。

幸運にも天気も良く、ゆっくり堪能できました。
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【ジャイプル】

ピンクシティと呼ばれる街。

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ラジャスターン地方は王政が強く、繁栄した土地。
乙女心揺さぶるお店で買い物三昧!!

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そして、マック!!!

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ひさしぶりーー

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さて、この辺りから私のお腹の調子が悪くなります・・・・
ゴロゴロ・・・
ネパールでもほとんどお腹壊したことないのに・・・
痛い・・・・



【チャンディガル】

私のワガママでどうしても行ってみたかったチャンディガル。
ここはル・コルヴィジェが都市計画を成功させたと言われている街。

インドで最も多く高所得者の住む街。
外国人はほとんどいないのに、外国人に興味を示さない街。
外国人受け入れ体制が全く準備されてない街。
自分の街に誇りを持っている人達が住む街。

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ロックガーデンも想像以上の大規模なガーデンで興奮しっきり。


【デリー】

都会を堪能!!またも買い物三昧。
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素敵なインド人に沢山であった旅でした~。
90%以上の人は本当に親切で人懐っこく優しい。
インド大好き!
「インド、ウソツカナイ」は本当でした。

後半は嘔吐下痢に侵され、そのままスリランカへ移動。

スリランカ行きの飛行機では座っていることもできず・・・

後編へ続く。



カトマンズでの知的障害者デイケアセンターにて、念願のJICA隊員による研修会を開催することができました!

ギリギリまで、日程や時間が決まらず、イライラ、ハラハラ・・・

今回はJICAのシニアボランティアO氏(体育指導)、青年海外協力隊ラシラジ(栄養指導)に協力してもらいました。

以前からダウン症の子ども達の肥満傾向が気になっていたのです。また、運動機能を高めるプログラムに興味を持っているスタッフ達。でも、スタッフ自信が運動を学校で習ったことがないため、運動の仕方がわかりません。

そんな時、シニアボランティアOさんは元体育の先生で、さらに養護学校での指導経験もあるとのこと!調整員さんに「手伝ってもらうしかないでしょー!」と背中を押され、思い切って頼んでみました。

地方のセンターからも是非来てほしい。そんな思いから、臨機応変に動くセンター!
YUKIいいこと思いついたわ!!

「午前中にノルウェーが支援をしてくれている個別支援計画の研修会を組んで、午後にJICAの研修をする。そうすれば、ノルウェーの研修費で皆を呼ぶことが出来るわ!」

ナイスアイデア!!

今まで私が巡回してきたダディン、ルンビニ、ダンガリからも先生達が集まっていました。
「ユキ久しぶり!ユキには沢山の事を教えてもらったよ!こんどはいつ来るの?」
など、沢山の先生と再会。


【午前の部】

これが素晴らしい研修!!
スイスのNGOに所属しているという、ネパール人の講師による、知的障害者の個別支援計画について。
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こんな難しいことネパールの先生に話したって出来やしないよ。。。
と、頭っから、話半分で聴き始めた私・・・。

それが!!

素晴らしい内容だったのです。
「個別支援計画に関するフォーマットはたくさんある。それをネパール語に訳せば簡単だ。
でも、ネパール人はフォーマットを理解することに慣れていない。そして、その支援計画を遂行するのは教員であり、親である。だから、自分が使いやすいフォーマットを作りましょう。」

そう言って、フォーマット作りから始めたのである!自分で作ったフォーマットなら、自分で使うかな?そんな期待もできます。

そして、絵を描き、ゆっくりとわかりやすいネパール語で話す講師の先生。今まで出会ったネパール人の中で最も聞きやすいネパール語でした。

「子どもの問題行動」この意識すらない先生方に障害に関わる行動ではない、一般生活の「行動」を例に挙げ説明してくださったのは、「行動」っていう概念すらない先生方には15%くらいは理解できたかな?理解していたのは現場には入らない管理職の先生だけかもしれません。現場の先生方は「??」って顔も見受けられました。でも、これから!これから!!


【午後の部】

停電時間の都合上、初めに「スポーツから子どもの健やかな成長を促す」というような内容で、Oさんに講義をしていただきました。

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ペラペラなネパール語。単語量も多くてビックリ!他のセンターの様子をビデオで紹介、健常児がやった場合と障害児がやった場合の比較もみてもらい、わかりやすい内容でした。

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また、日本では授業の1/3は英語、国語、算数といった机に向かう授業以外の体育、音楽、道徳なども授業があります。という日本の紹介もしてもらい、私はすっかりそんなことも伝えていなかったなぁ。と思いだしたりもしました。

その後、身長、体重、BMIの測定、握力、長座体前屈の測定など、大盛り上がりの研修でした。
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しかし、参加者の多くが表を読めないのにはビックリ。全くわからないようなのです。私たちは学校教育で自然に表の見方を学んだのだなぁ。と成績の悪かった私でもわかるわけですから、日本の教育って凄いかもしれません(笑)

その後、ラシラジによる栄養指導
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ラシラジは同期隊員。日本での訓練から共に過ごしている仲間です。いつか彼女の活動を見てみたいと思っていたのが、まさか自分の配属先で叶うとは!嬉しいことです。

アイスブレイクから始まった栄養指導。ただのアイスブレイクではなく、バランスって、栄養も一緒なんだよ。というフリでした!さすが!

ネパールの食事から出来る食事のバランス、未然に太ることを防ぐこと。ダウン症の肥満傾向など、日本での経験も生かして、そしてネパールの文化を理解したうえで気を付けることを話してくれました。

Oさんやラシラジの話を聞き「異業種交流」の大切さを改めて感じた一日でした。
今回はスリランカで協力隊員をしているMさんも見学に来てくれ、写真をバシバシ写してくれたので助かりました~

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きょうはネパールバンダ(ゼネスト)です。
「大使館より極力外出はしないように。キャンパス近くは過激行動が多いから近づかないように。」

との連絡がありました。

朝から静まり返るカトマンズ。

しかしおなかがすいた。。。
超外国人っぽい服装で、危険は避けながら!

観光客の宿などが多くあるタメル地域。

ここはストライキ中でも開いていることが多いので、ごはんを食べに・・・

と落ち着いたであろう昼頃歩き出すと。。。

今日はバイクすら走っていません。

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皆歩いています。

これを日本では「歩行者天国」と言うんだよ。

しかし、今日はタメルも閉まっています。

よーーーく探すと
裏口があるお店は裏口に回るとやっていたり、シャッターが20センチ程開いていて、覗くと店員がいたり。

歩いているとバイクがヒューっと走っていました。

すると

「オラオラ!!!なにやっとんじゃ--ーーー!!!!!!」(的なネパール語で)


過激派団体の旗をマントのように肩にかけた人達がバイクを取り囲みボコボコに殴り始めました。
どうやらマスコミ関係者ということで許してもらったようですが、怖かったー。

タイヤを燃やして抗議行動をする人。

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色々です。

チベットのようにストライキすることすら国に弾圧されたことを思うと、
ストライキをして自分たちの想いをぶつけられるだけネパールは幸せなのかな・・・とも思ったり。

今日のストライキは解除時間になっても車が走っておらず、閑散としたカトマンズでした。

そんな歩行者天国を有効利用するネパール人も!!

なんと、いつもは車だらけのタメルの入り口に仏画を描く若者ネパール人が!

いいね!こういう時にしか出来ないことを考えちゃう!その発想にアッパレ!!

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世界中に散らばる青年海外協力隊員。

ネパールに遊びに来られるのは、

モルディブ、ブータン、バングラ、スリランカ、ウズベキスタン、インド、

の隊員さんだけです。
他の国からはたぶん来られません。

そして、この寒い電気ないドゥッカ(辛い)な12月に、なぜだか続々と隊員さんが遊びに来ています。

ようこそネパール!

まずはスリランカ隊員さん5名様。

カトマンズ隊員で食事会

なんと、JICAネパール所長も御参加いただき、20名近い食事会!

続きまして、

モルディブ隊員さん3名様~

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「ネパール最高!こんなに誘惑の多い国、お金いくらあっても足りないでしょ!」と食べ続け!

韓国料理お腹いっぱい食べてビールもたくさん飲んで行かれました~
(モルディブはイスラム教の国なのでお酒を飲むことがほとんど出来ないそうです。。。可哀想。)

世界遺産を巡り、ネパールをいっぱい褒めてもらい、
またまたネパールが誇らしく思える今日この頃です☆

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