セイジャク。A-4
A-4
(和弥)
黒のスーツに身をかためて、空いたグラスをめいっぱいのせたトレーを片手で運ぶ。
見間違い?
いや、ゆう。。。
間違いない。
「ゆう!」
聞こえるはずもないのに、オレは叫んでた。
「ゆう!」
その時、ガラスの向こうの彼女の視線が、偶然に、ふとオレを捕えた。
どのくらいの時間だろう。
オレたちはじっと見つめ合ったまま動けなくなった。
そして・・・
ゆうが笑った。
嬉しそうに、鼻の頭にキュッとしわを寄せて。
つられてオレも笑った。
ゆうはオレにしっかりと頷いて、そして仕事に戻って行った。
ゆうが、生きてた。
そしてゆうが、笑った。
あの頃と同じ笑顔で。
ラウンジの支配人の厚意で、オレはブライダルのスタッフルームに案内してもらえた。
「あなたにどう引き合わせようか、色々策を練っていました」
支配人はオレを先導しながらそう言った。
「西谷には口止めされてるし、でも、あなたはきっと西谷を心配しているだろうと思うしで、困りましたよ」
「すみません」
「あ、いえいえ、こんな気分は久しく味わっていませんでした。子供の頃、悪戯を考えてる時のテンションに良く似てた」
支配人は笑った。
「ちょうど火曜日の昼にパーティが入ると聞いて、このチャンスは逃せないと思いましてね。平日に結婚式なんて、ほんとに珍しいんですよ。やっぱり運命ってあるんでしょうね」
運命。
だとしたら、再び君はオレを受け入れてくれるだろうか。
スタッフルームのドアの前でゆうを待つ。
何から話せばいいだろう。
迷惑じゃないだろうか。
さっきみたいに、笑ってくれるだろうか。
恐怖にも似た振動が小さくオレを震わせた。
ガチャッ
ドアの開く音。
姿を見せたのは
ゆうだった。
笑顔だった。
その笑顔がゆらゆら揺れてる。
泣くんだな、オレ。
泣いてるんだな。
仕方ないよな。
ずっと会いたかったから。
すっとその笑顔が見たかったから。
もう、無理だと思ってたから。
ボロボロこぼれてく涙を見て、ゆうがそっとハンカチを渡してくれる。
ハンカチを受け取るふりをして、ゆうの手を引き、
そして抱きしめた。
折れそうに細かった。
でも温もりが腕の中に広がった。
「オレ・・・待ってた・・・」
「うん。・・・あなたの言葉を糧にして、私、頑張って治療したの。もう病気になんか負けないから。・・・待っててくれてありがとう」
突然、耳の中が騒がしくなった。
驚いて顔を上げる。
いつの間にかスタッフルームのドアの前に並んでたスタッフさんたちの拍手が、オレの静寂な世界の扉を一瞬で開いてしまった。
裏庭で見たのと同じ笑顔が祝福をくれる。
オレは改めてゆうを見つめた。
「おかえり」
「ただいま」
