ウルタールの路地裏から。 -36ページ目

みょん×ソード the final 『白楼剣は明日に舞う』②

the final①より



 橙の話から冥界の異変を察した藍は、事を胸に秘めたまま彼女に背を向け、主の元へ馳せ散じようとしていた。
 しかし、橙の一言がそれを引き留める。
「……橙? 今は一刻でも……」
 後ろから法衣の袖を引く橙を、藍は肩越しに見つめた。
「……これは、大事な大事なお話なんです! 大変な状況だって言うのは私にも分かります。でも、今だから言わなきゃいけないんです!」
 自分を覗き込むまっすぐな瞳。
 それに藍は少し気圧されたような感覚を覚えた。橙が真剣なのは神社の時と同じだが、それ以上の何かが、橙の視線に力強さを与えているのだ。
 藍は無言で橙に振り返る。
 橙も袖から手を離し、背筋を伸ばして藍に向き合う。そして目を閉じて一つ、大きく深呼吸をして心を整えると……ゆっくりと目を開いて、藍を見据えた。
「私も冥界に、紫さまと藍さまの戦いに、連れていってください」
「……前にも言ったろう、危険な戦いだ。連れては帰るつもりだが、戦いにお前を巻き込むわけにはいかない。今回は安全な場所に隠れて──」
「危険なのはどこも同じです!! なら、私は少しでも藍さまたちと一緒にいたいんです!」
 言い聞かせるように言う藍に、橙は強く返す。しかもそれは以前のような感情任せのものではなかった。その芯に、明確な意志を据えていた。
「私は藍さまたちがいなくなってから今まで、短い間ですけど妖夢さんと一緒に旅をしてきました。いろんなところを歩いて楽しかったけど……その中でたくさんの怖い目や痛い目にも遭ってきました」
 橙の眼ににじむ涙。しかし、彼女はそれをこぼさずに、袖で拭って続ける。
「それで分かったんです。藍さまと紫さまは、こんなにも……ううん、もっと辛い場所で戦っていたんだって。 誰も気づかないような異変に真っ先に気づいて、大きな仕事を二人で抱え込んで、でも自分は何でもないって顔をして……そんなの辛すぎます!」
「それが八雲の……幻想郷の管理者たる者の仕事だ。気にするな、私たちならばどうという事はない」
 言って、藍は橙の頭に手をおこうとする。
 しかし橙は頭に近づくその手を、両の手で包むように、そっと握りしめた。
「……そんなのウソです、強がりです」
 呟く橙の瞳に再び涙が浮かぶ。その表情に宿るは哀しみの色。
 橙の心は切なさで今にも張り裂けそうになっていた。
 しかし、彼女は言葉を紡いでいく。
「旅の中で妖夢さんはいつも私を護って戦ってくれました。いろんな敵を斬り倒して……すごく強くて、優しくて……憧れました。でも、そんな妖夢さんもやっぱり、辛かったり痛かったりしたんだと思います。だから、この前はあんなになっちゃって……。どんなに強くても……私と一緒だったんです」
 橙の脳裏に浮かぶは妖夢と過ごした旅と戦いの日々。短いけれど心に残る、彼女と過ごした日々の出来事がその心をよぎっていく。当然、昨夜のことも。
 こぼれそうになる涙。橙はそれを再び拭うと、いっそうの気迫を込めて藍を見つめ、口を開く。
「だから、もう大事な人が傷つくのを見ているだけなのはいやなんです!! 紫さまも、藍さまも、痛いのや辛いのを我慢してきました。なら、今更私がちょっとくらいそれを肩代わりしたって、罰は当たらないと思います!!」
 あの別れの後からずっと悩み、考えてきたもの。橙はそれをぶつけていく。それはとても無器用で、説得とはいえないものではあったが…彼女なりに見いだした答えだった。
「お願いです。私を大事に思って下さるなら……藍さまのお側で強くならせて下さい!! 藍さまが私を心配しなくてすむように、私が少しでも藍さまの荷物を持ってあげられるように……!」
 すべてを出し切り、橙は口を閉じる。
 しかし今度は眼をそらさない。手を強く握りしめ、小さな全身を奮い立たせて主を見つめる。それはどんな答えからも逃げず、正面から受け止める覚悟だった。
 藍はそんな橙をただ無言で見つめ、そして──



「……強くなったな、橙」



 橙の手を、握り返した。
 橙の顔にぱああっと咲く笑顔。
 藍は微笑みをたたえながら、それを見つめていた。
 その心の内、彼女は橙の目覚めるような成長に驚き──そして、何ともいえないうれしさを感じていた。
 この子は強くなった。
 もう私や妖夢の後をついてまわっていた甘えん坊じゃない。この子は憧れや義務感といった外の理由だけでなく、確かな信念を持ち、内なる己の意志で、己の道を選ぶまでになったのだ。
 まぁ、その信念が愚直なまでの優しさだというのはこの子らしくもあるのだが……とにかく、ここまできた橙を頑なに縛るのは、もはやこの子のためでない。
 ただの私のわがままだ。
 そう、本当に大切なら戦いから遠ざけるのでなく、戦う術を与え、その上で護り抜くべきだったのだ。
 藍は自分の手を握る、橙の小さな手に視線を移す。そこには旅の中で作ってきたいくつもの小さな傷あとがうっすら残っていた。
 藍は微笑みに苦笑を混じらせる。
 私は……この子のどこを見ていたんだろうな。私があちこち奔走している間に、この子は旅の中で確かに成長していたんだ。
 なら、私はそれに応えよう。
 ふっと笑い、藍は橙の頭を撫でる。今度は橙もそれを拒まなかった。
「いいでしょう、同行を許可します。……紫さまをお護りするぞ」
「はい!!藍さま!!」
 主として静かに命を下す藍。
 橙は、それを満開の笑顔で受け──そこで気づく。
「あっ、でもここから冥界にはどうやって……」
「案ずるな、方法はある」
 言って、藍はどこに隠していたのか鞘に収まった一本の刀を取り出した。
 そして藍はその刀を抜かずに鞘を握り、柄頭を地面に向ける。
「藍さま、それは……?」
「見ていろ」
 橙を後目に、藍は鞘の付け根に取り付けられた『引き金』を引いた。
 響く銃声。
 それとともに、地面に小さな穴が開いていく。
 そう、これは刀ではない。刀を模した拳銃だったのだ。
 鞘に見えたのは異様に長いグリップ。鍔は撃鉄とシリンダーで、地面に向けられた柄頭が銃口というわけである。
 藍はその異様な拳銃で地面に銃弾を撃ち込んでいく。
 その穴は藍と橙を囲む円形の軌道を描き…それがつながったとき、地下で奇妙な機械音が響いた。
「……これが場に応じて自在変化を行う、九尾の狐たる私の力が一つ」
 地面が円形に崩れ、生じた穴に飲み込まれていくふたり。
 「あ…きゃぁぁぁ!?……あれ?」
 闇に落ちていった橙は、柔らかいものに受け止められていた。
 そう、橙の落ちた先は堅い地面でなく柔らかな体。周りは地の底でなく、機械がひしめくコクピットで、気づけば橙はシートに座る藍の膝の上にいた。
「これは……」
「射撃戦用ヨロイ、〈ヴォルケイン〉だ」
 橙を膝に乗せたままコンソールを操作する藍。
 目の前のディスプレイに表示されるステータスには、赤銅色の装甲にマントを羽織った二本角の騎士の姿が映し出されていた。
「こいつのローラーダッシュならすぐに幽冥結界までたどり着ける。掴まっていろ、橙」
「はいっ!」
 藍の膝の上で固定ベルトを締め、ぎゅうっと抱きつく橙。
 藍の動きが一瞬止まる。
「……ッ!」
「藍さま、どうしたんですか?」
「な、何でもない、行くぞ!」
「はい!!」
 藍の操作にあわせて〈ヴォルケイン〉は地面から飛び出し、足のローラーで走り出した。その速度はすさまじく、みるみるうちに竹林を突破していく。
(待っていて下さい、妖夢さん、紫さま。私たちも行きます!)
 轟音をあげて疾走する〈ヴォルケイン〉の中、橙は苦境にあるであろう二人に思いを馳せる。




(妖夢……)
 並みいるマシンを斬り、砕き、突き進む妖夢の〈ダン〉。
 幽々子はその姿を変貌した〈ダイモージャ〉の中から見つめる。いや、ただそれしかできなかった。
 奪われた〈ダイモージャ〉の制御。金属の触手に拘束された身体。彼女は今、囚われの内にあった。
(……ッ!)
 もがき、抜け出そうとするが叶わない。幽霊と違い実体を持つ亡霊は物質を透過することができないのだ。その上、この触手は絶えず幽々子から霊力を吸い上げているため、彼女はろくな弾幕すら生成することができなかった。
(くやしいけど、打つ手なし……ね)
 歯がみする幽々子。
 せめてもの抵抗として時折身をよじるが、動けば動くほど、金属の触手はその身体を締め付けていく。亡霊であるからには死ぬということはないが、それでも相当の痛みが幽々子の全身を苛んでいた。
 そんな幽々子の姿をあざ笑うかのように、襲撃者たる『端末』は彼女を見下ろしていた。
 そして、見つめるその姿は単純にして異形。コクピットを覆う触手群の中央に鎮座する、一つ目のカメラアイを備えた金属球体がそれの全てだった。
 襲撃は突然。
 紫の提言で行われた〈ダイモージャ〉を用いた西行妖からの霊力収集実験中に、『月の石』に付着していたこの小さな『端末』が制御系を乗っ取り、その膨大な力をかすめ取ったのだ。結果、〈ダイモージャ〉は敵の傀儡となり、直後その奇襲を受けた紫の〈バルディオス〉は中破、幽々子は人質兼出力制御のためのパーツとして捕らえられてしまったのだった。
 『端末』は幽々子から目を離すと、前方のモニタに目をやった。

 幽々子もそれを目で追う。
 そこに映るのは戦い続ける〈ダン〉の姿。

 左右から襲い来る機械竜を二刀で刺し貫き、そのまま全身を回転させ引き裂く。さらに、〈ダリア〉の吹き出す粘性の流体を紙一重でかわし、その首をはねる。
(……強くなったわね)
 機体の影響もあるだろうが、〈ダン〉を操る妖夢はもはや以前に白玉楼で苦戦していたときの彼女ではなくなっていた。目の前の敵だけでなく周囲を広く見据え、四方八方から襲い来る敵と冷静に切り結んでいく。
 そして、その強さに感心しているのは幽々子だけではないようだった。
 『端末』もピコピコと電子音を響かせながらめまぐるしくカメラアイを動かし、その挙動を観察する。そして、しばらくそうしていたかと思うと、おもむろに本体を幽々子に向け、電子音声で問いかけた。
『〈ダン・オブ・サーズディ〉の搭乗者(チェスター)について、排除に有益な情報の提示を要求します』
 なめらかながらも抑揚の全くない無機質な声。その無粋な響きに、幽々子は嫌悪感を覚えた。
 そして、そうでなくとも彼女の答えは決まっていた。
「嫌よ。あなた、女性に対するものの聞き方がなってないもの」
 そっぽを向き、突っぱねる。そんな幽々子の拒絶に対し、『端末』は特に何かを感じた様子もなく、
『そうですか』
 と短く言うと、触手の拘束を強め始めた。
(──ッッ!!)
『情報の提示を要求します』
 再び響く無機質な声とともに、手足がぎりぎりと締め付けられる。鈍く、長い痛みが幽々子を襲った。
「──ッッ、はぁ……はぁ……もう、分かったわよ。教えたげるから離しなさい」
 額に汗を浮かべ、息も絶え絶えに言う幽々子。
 根を上げたとおぼしきその反応に、『端末』は触手の拘束をゆるませる。そしてゆっくりと本体を幽々子に近づけた。
『では、提示を』
「まったく……痕が残ったらどうしてくれるのよ」
『提示を』
「……分かったわよ」
 悪態にすら反応しない『端末』に幽々子は再び嫌悪感を覚えながらも口を開く。
「あの子、私の部下で、白玉楼庭師の魂魄妖夢はね……」
『……』
 妙に引っ張る幽々子の言葉を、『端末』は無言で待つ。しかし、感情の機微にうといこの機械は気づいていなかった。
 モニタに映る〈ダン〉、そしてその中の妖夢を見つめる幽々子が、口元に微かな笑みを浮かべていることに。
「あの子は……ふふっ、どーしようもない、馬鹿なのよ」
 言って、小さく吹き出す幽々子。窮地にあるというのに、その瞳には慈しむような暖かさが宿っていた。
「その上不器用だから、あんな力任せの真似しかできない。まぁ……そこがまた可愛いんだけどね」
 幽々子は柔らかく目を細める。
『……?』
 『端末』はその意味を計りかねるように球体の全身を傾げていた。
「さぁ、どうするの? あの子はこのまま突き進んで私を『護り』に、そしてあなたを『壊し』にくるわよ? うかうかしていたら……」
『不明瞭な言動は許可していません』
「──ッッ!!」
 触手に再び力が込められる。その拘束は先ほどよりも遙かに強くなっていた。
『有益な情報の提示を』
「……ッッ、お生憎様。私、可愛くない上に冗談の一つもいえないような子とはお喋りしたくないの」
『提示を』
「っく、はぁ……っ!」
 四肢に走る想像を絶する激痛。
 その中でも、幽々子は思考を巡らせていた。
(強がってはみたものの、まずいわね……魂のない機械に私の『死』を操る力は使えない。でも、これで少しは時間を稼げたかな……妖夢、紫、後は……お願いね)
 痛みの奔流に消え入りそうな意識の中、幽々子は愛する従者と友人に一縷の願いを託した。



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