◆◇終戦の日特集◇◆ 戦争とねこバナ。
皆さんこんにちは、佳(Kei)でございます。
いつも駄文にお付き合いいただき、有難う存じます。
こないだ休んだばっかなのに、また休処かい! とツッコんでくだすったあなた、ありがとうございます。
そんなあなたのために、今回もコメ欄開けております。
きょう、8月15日は、皆さんご存知のとおり、終戦の日です。
1945(昭和20)年8月15日、昭和天皇の所謂「玉音放送」によって、太平洋戦争(実質的には満洲事変から続く十五年戦争)の終結を国民に向けて宣言した日です。
実質的な終戦は、9月2日のポツダム宣言受諾の降伏文書への調印の日であり、国際法上の終戦は1952(昭和27)年4月28日のサンフランシスコ講和条約締発効の日ですが、8月15日という日が、今日でも終戦の日として記憶に刻み込まれているということは、明治政府以来の中央集権体制とそれに基づく教育の影響の頑強さ、重大さ(負の意味で)を、示しているように思われます。
だからといって、私は8月15日を「終戦の日」と記憶することが不適当だとは思いません。「終戦」を考えるのは日本人の「こころ」の問題であり、その発露としてこの日が多くの人々の胸に刻まれてきたのは、紛れもない事実であり、そして決して、無益なことではないからです。
私の父は樺太に生まれました。ソ連軍の侵攻によって、祖父母と父と兄弟は、家を離れることになりました。引き揚げ船の中で、父の弟は病に罹り、入植した寒い寒い土地で無くなりました。
私の母方の祖父は、数少ないガダルカナルの生き残りで、奇襲に怯えながら、地獄のような行軍を続けました。マラリアに罹って強制送還されなければ、恐らくこの世にいなかったでしょう。
こういう話を、私は小さい頃から、繰り返し聞かされてきました。
夏の暑い日に。
扇風機の音と、スイカの青臭い匂い、そして仏壇の線香の匂い。
居心地良くはない話ばかりでしたが、今でもいろいろな感覚とともに、それらの話は、記憶に刻み込まれています。
酷く暑い、先祖の霊が還ってくるとされてきた時期に、戦争という人間の、文明の惨禍を考える。
このことを、私はこれからも、続けてゆきたいと思うのです。
人間は過ちを犯す生き物です。ですから、忘れないように、悲劇を生まぬために。
この日を、憶えていたいものです。
* * * * *
前置きが長くなりましたが。
本日は是非とも何か話を書きたかったのですが、イロイロありまして書くのを断念いたしました。
代わりといっては何ですが、今まで書いた戦争にまつわる「ねこバナ。」を、まとめてみました。
全部で五編ございます。
まだお読みいただいていないものがございましたら、ぜひ、つらっとお目通しいただきたく存じます。
今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
※これらのお話は、すべてフィクションです。実在の人物、団体、事件などにはいっさい関係ありません。
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第十話 手紙(34歳 男 兵士・郵便局員) ...戦地からの手紙
第二十九話 ハルの獲物(33歳 男 帰還兵) ...床で弱りゆく男。その時ハルは...
第四十五話 聞き書き(96歳 女) ...亡き祖母の昔話を脚色しました
第五十話 ヒロシマ ...思いを新たにする日が今年もやって来ました
第五十二話 手紙・ナガサキ ...あれから64年。決して忘れぬように
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<(_ _)>
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