むかし、むかし
何かふっと思い出した子供の頃の話。そう言えば、昔は夏休みになると母親の実家に帰省してた。遠かったので行くと大概1週間は行っていた。行くと母親は久々の帰省で忙しく僕らは母の実家で従兄弟達とお留守番。その従兄弟達も僕らよりも大きいので何かあれば出かけてしまう。結局母親の実家へ行ってもそんなに楽しい思い出は残って無いのだがさっきふと思い出した。その年は長崎にオランダ村が開園した年。祖母と従兄弟、僕ら家族5人でオランダ村へ行った。私もとても楽しみにしていて長崎へ向かった。オランダ村の近くに宿をとり1泊2日の長崎旅行だった。2日目にオランダ村へ向かう予定だったのだが残念な事にいつもは風邪などひいた事なかった私だがこの時ばかりは高熱が出てダウン。宿でずっと祖母とお留守番。風邪をひいて辛かったのもあるが楽しみにしていたオランダ村へ行けなかった悔しさ、そして寂しさと色々な感情が相まっていたのが記憶に残っている。でもよくよく考えたら祖母もオランダ村へはいかず1日宿にいて迷惑かけた。そして何よりオランダ村が開園した夏休みのもの凄い忙しい時期に宿と交渉した父親。本当ならその日は泊まる予定もないのだからよくよく考えたら宿にいれるはずもないのに宿と交渉して夕方までいられる様にしてくれた事を話してくれた。はじめは宿に断られたらしいが父親が交渉して宿も折れてくれたらしい。小さかったので当然そんな事にまで気は回っていなかったが今考えれば当然そう言った事もあったんだなと思った。もちろん、オランダ村へ行かないという選択肢もあったのかもしれないが他にも子供達は多数いて宿で寝かせてもらうというのが1番ベストな選択肢だったのだと思う。でもそれ以上に父親が宿から嫌がられながらも居座る権利を獲得してくれたという話を聞いて親の愛を感じた。時はバブル。宿も横柄だったのではと思う。しかもオランダ村が出来て物凄い忙しかったはず。でも結果的に居させてくれた宿にも感謝だが粘り強く交渉してくれた父親は私にとって偉大である。今は亡くなりましたがクセのある父だったので何かあると思い出してしまいます。雲の上で元気にしているといいなと思っています。