古代の正史は? | 久蔵

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落語と歴史のブログ

古事記に伝わる日本の国土は本州・四国・九州とその周辺の島々の歴史が綴られている

 

縄文期に大陸から弥生期に朝鮮半島から移民がありヤマトの原住民とが混合して国内に分布した、古代には本州北部に領土を求め遠征し蝦夷アイヌとも民族混合した

 

蘇我一族の勢いを止めたのは藤原氏元祖の中臣鎌足と中大兄皇子、乙巳の変・大化の改新で自ら天智天皇となった

 

新たな時代にするため渡来系の蘇我一族が衰退絶滅した、朝鮮半島の百済が滅亡する前に天皇皇族の系譜とも混合した

母は渡来系の高野新笠で光仁天皇の皇太子の桓武天皇が長岡京から平安京に遷都し平安朝は桓武天皇系譜が暫く続いた

 

 

平安末期には桓武系の平氏が没落し清和源氏が台頭すると藤原摂関系譜になった、以降は幕末まで清和天皇系譜と臣下の源氏の血統がつながった

 

周期的に大陸や朝鮮半島との交流があり民族結合した、内戦で勝者と敗者に分かれ敗者は虐げられ賤民となった

 

のような渡来系民族の繁栄や衰退が源平・南北朝・応仁の乱・守護地頭の下剋上で何度も入替り繰返した、江戸時代には一旦身分制度が確立したのは史実のとおり

 

本州・四国・九州とその周辺の島々は日本原住民と大陸・朝鮮半島さらに蝦夷・アイヌの血統が混在している、近代になり明確に北海道と沖縄が日本領土になった


 

千島樺太のロシアとの国境主権線は時とともに移り変わり、台湾・朝鮮半島も統治し満州にまで及んだ

 

豊かな満州に夢を託し利益線を朝鮮半島に定め近代日本は満蒙朝経営に注力した、それぞれの現地民族とともに相互移民したという

 

日本の国土に中華(中、台湾)民族・満州(モンゴル)民族・朝鮮民族・アイヌ民族・琉球民族が混在して雑居住した

日本は単一民族だからという話をよく聞くが同じ民族なのか?と想うことが多くあった、市区町村や都道府県をまたぐだけで

 

 

まとまりはなく・ひとつにならない・ひとそれぞれ・思想統一統制は困難、欧米の移民国家の方がもっと激しいのかも知れないが

やがて南洋庁も委任統治した、第一次世界大戦後の国際秩序は民族自決運動が高まり日本は国際連盟の常任理事国のリーダーとして舵をとった

 

がヴェルサイユ条約では欧米の民族自決に留まりアジアは無視されたという

しかも米国は提唱国ではあるが連邦議会否決によって連盟に加盟していないという国際秩序だった、日本はアジアでリーダーシップを発揮するもアジアの他民族は全くついてこなかったという

 


明治初期の文明開化の脱亜入欧思想から転換して戦前に大東亜共栄圏構想に基づき環太平洋を統治していた日本はアジアで孤立した、戦後は日米安保からグローバリズムで英語圏と共栄しようとしている

 

日本は未だ完全独立に至っていない、欧米の植民地になっていた多くのアジアは近代以降も欧米からまだ虐げられていた