自分と向き合うということ(落とし穴) | ひきこもり、お遍路へゆくAmeba版

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自身のアルコール依存症や引きこもり、アダルトチルドレン問題により、生き方を見直す切っ掛けを手に入れ、その舞台に四国八十八ヶ所の遍路を選んだ男のブログ

今、自分が依存症専門病院から依頼されて再建を試みている院内自助グループが1つある。


間も無く1年を迎えながらも長々と引き継ぎ出来る人材も現れず、病院主宰と言うより、もう俺主宰となっており実に困った状態にある。


正に依存症専門病院から俺に対する“依存”である。




そんな自助グループの昨日のテーマが“自分と向き合っていますか?”だった。


実に入院中の患者らしいテーマであるが、俺の答えとしては勿論「Yes」であった。


十年以上に渡って幾つかの自助グループや通院、カウンセリングを継続しているし、


このブログもそうであるように1人でいる時も自分自身と向き合っていることが多い。


と言うか、もう習慣(癖)になっている。


最近だけでも神奈川、沖縄、香川、熊本とセミナーを渡り歩いて(自己治療)いるほどだ。




「Yes」と答えた所でその後を生まない話になるから、俺はそこから話を続け本題に入った。


“自分と向き合う”と言えば如何にも1人での作業と思われるだろうが、俺はそうは思わない。


俺たち依存症者も、そうでない一般人でさえ、自分の良くも悪くもの判断を続けた結果で“今(現実)”という答えが目の前に現れている。


今、これを読んでいる時、その後の一秒一秒と全ての人が自分の選択肢の結果を迎えていることに変わりはない。


俺はそれを続けた結果、辿り着いたのが逮捕と留置場、その後幽閉されることになる依存症専門病院だった。


全てを否定は出来ないが、俺のそれまで31年間の選択肢の多くは間違った方に進んでいたのだろう。


依存症という病気のさせたことではあるが、今の知識あっては同じ結果は迎えなかっただろうというのも答えだ。


それから約12年経った今もまた答えであるが、少なくとも強烈なまでに人生を取り戻している。


以前とは違って、この約12年間選んだ選択肢の多くは間違ってはいなかったのだろう。




つまり、“自分と向き合う”ことはとても大切なことであるが、


自分”と向き合うことと、


自分と“向き合うこと”を取り違えると大きな失敗をしてしまう可能性が出てきてしまう。


結局“自分と向き合う”ことの注意点としては独りよがりにならないことであり、


そこには他者の視点が入った方が良い場合が多い。


もう一度書くが、飲酒時代から少しは本を読んでいた俺は悩みもしていたし、考えもしていたし、真剣に人生を変えようと行動も起こしていた。


が、全ては独りよがりの自分の世界だけでの判断だった。


だから逮捕と牢屋、精神病院というこの世の底の象徴のいくつにも辿り着いてしまった。


今、自分が行っていることや、精神病院に入院中のことを思い出してみよう。


通院もカウンセリングも自助グループも、


入院中に受けたARP(アルコールリハビリプログラム)や集団精神療法も、


全てにおいて“自分と向き合う”作業を大勢の中で行っている。


結局、自分と向き合うということは“個”の作業では無いと言うのが俺の結論であった。


悩みの先には“たられば”の欲とは違って行動が伴うように、


自己完結の危険性は含まれていないのだろう。




また、昨日はこんなこともあった。


若い患者達は自分達独自の自助グループを行うから来ないと言うのだ。


依存症専門病院では、というより依存症者ではよくあることで、あくまでも自分達の(経験を伴わない未熟)やり方で足掻こうとする。


“無力を認める”ということが依存症からの回復の第一歩としてとても重要視されることが良く解る瞬間であるし、


依存症の人は決まって0か100かの白黒思考であるから、今までのやり方や誰かのやり方を全否定して自分色で一から何かとやろうとするものだ。


その自分達独自の自助グループが名前だけの自助グループであり、ただのバカ騒ぎ(恋愛)なのは解りきっていることだし、


そうなるのも理解は出来るが(俺の役目はこうして自分も依存症者であり同じ病院に入院していた全く同じ人なのに敵視されることです)、


“自分と向き合う”ということのもうひとつの落とし穴が、


自分の好む答えを返してくれる“Yesマン”達で身の周りを固めることだ。


結局そうして自分にとって都合のいい事ばかり言ってくれる相手や、世界観の合う人ばかりで周りを固めるということは、


所詮、自分の“井の中の蛙”から出ませんと言うことにもなる。


もちろん、切磋琢磨にあるように良い方向へ導き合う関係もあるが、ここは少なくとも依存症専門病院であり、足の引っ張り合い(酒の飲まし合いや不倫、陰口など)が日常なのだ。


あくまでも自分の知らない考え方や知識に出会った時こそ“世界が広がる”という幸運な状態で、


その幸運に出会う瞬間の多くは“まさかこんな筈ではなかった”という痛みを伴う場合が多いのであり、


「アイツがこんなことを自分に言った!」と怒りを感じることすらある。


多くの人はこれを不幸とかピンチと呼び、


そこから学び取ることもなく、無かったことにしようと蓋をするのである。


つまり、自ら幸運に蓋をするということである。




果たして今の俺を見て、俺の逮捕や離婚やアルコール依存症というこの世の最低の烙印による精神病院幽閉を“不幸”と取る人がどの程度いるだろうか?


「あの人はあれから変わった!」


「一気に酒もタバコもギャンブルも薬も止めて凄い!」


あれから確実に人生が変わった俺にとって、逮捕も離婚も全てが幸運であり、


あれ無くして今の俺は存在しないのである。


今の俺を見らずに過去の俺(事件)ばかりを見てどうこういう奴らは俺の人生には必要ない。


死ね。






そんな俺を見て多くの人が「どうやったら?」と簡単に(小手先だけのテクニックで)盗もうとするが、


それに対する俺の答えは、


「通らなければならない道をしっかりと歩む」


ことであり、


「ショートカットは出来んよ」である。




今でも凄く嫌な自助グループを継続しているし、精神科通院やカウンセリングなど、人の避けるオンパレードで、


他者からの目を、


時には、


お前に何が解るか!


簡単に言ってくれやがって!!


ぶち殺すぞ!!!!


と言うこともザラにあるが、


“自分と向き合い続けた結果”が今であるという事実から、


良くも悪くも俺達は逃げられないんだよ。