昨日は福岡のヤフオクドームまで、オープン戦を見に行きました。もちろんユニフォームに身を包み、ホークスバリバリ応援です
(≧∇≦)

相手は中日ドラゴンズ。こちらはエース摂津投手が先発なので、5イニングぴしゃりを期待していました。
ところがコントロールが定まらず、らしくない四球連発。一回はドラゴンズの拙攻に助けられましたね

打線は去年と違いランナーを確実に得点に結びつける上手い攻撃グッド!
初回は本多選手の脚を生かした攻撃で、無安打で一点♪二回には柳田選手の豪快なアーチでさらに二点♪♪
結構バッターボックスに近い席だったので、打った瞬間「バカーン☆」とすごい音がしましたよ

それからもお互い加点。しかしイニングごとに変わる中日の投手陣を着実に攻略するホークス打線。
残塁の山を築きファンのため息を誘ってきた昨年と違い、ヒト桁安打で7点しっかりもぎ取りました。

これで4番李大浩の調子が上がれば、相当すごい打線になりそう
!(b^ー°)

そしてピッチャーは
ルーキー森がいいね!

ダイナミックなフォームから繰り出されるストレートは威力十分。相手打者は完全に打ちあぐねていました♪
投げ終わったあと、「ヤアッ」「ウオッ」とか、気合いを入れる声が聞こえて来るんですよね。これは生観戦ならではです
森投手、勝利の方程式入りへ期待大ですね
( ~っ~)/

ゲームは結局7-2の快勝♪
名物、勝利の花火を拝んで来ましたチョキ

ヤフオクドームにはオープン戦にも拘わらず連日一万数千人のファンが詰めかけています。
それだけホークスファンの、今年にかける期待の大きさが現れているのです。

同時に、福岡(九州)人の野球熱の高さも感じます。

関東では人気あるサッカーは、福岡も北九州も一万人入らないですからね。

古時刻表を読む、第二回です。

今回取り上げるのは、九州の急行列車。
翌年10月のダイヤ改正で幹線から姿を消してしまった、博多~熊本を結ぶ「ぎんなん」、博多~大分の「ゆのか」が最後の働きを見せています。

70年代までは特急は文字通り、特別な急行だったんですね。
西鹿児島行きは食堂車まで連結しています
(*^o^*)

「ちくご」は熊本と長崎を結ぶ気動車急行。
なぜ福岡県南部の旧国名、筑後の名がついているかと言うと、筑後平野を貫く佐賀線(現在廃止)を経由していたからです。

佐賀~長崎は出島と併結、当時は分割併合が当たり前でしたからね。


写真は1979年11月の時刻表から。
はやぶさ、みずほ、さくら(もちろん寝台特急の愛称)の「小倉とばし門司停車」の様子。
 
 
ふとしたきっかけで、最近35年前の時刻表を入手しました。
仕事と勉強で忙しいはずですが、息抜きと称しやっぱり見入ってしまいますね
(^。^;)
 
古時刻表、一般の方々には何の役にも立たないシロモノですが、我々ファンにとっては興味尽きない一冊
こいつをネタにしたらいくらでも記事が書けそうです
 
しかしあまり熱中もしてられませんので、ぼちぼちアップしてゆきたいと思います
 
さて、第一話は地元ネタから。ズバリ小倉飛ばしです。
 
この時期の九州ブルトレは
さくら、はやぶさ、みずほ、富士そしてあさかぜ2往復のラインナップ(もっともあさかぜ2・3号は下関発着なので、厳密には九州ブルトレとは言えない)。
 
この愛称の並びだけでも胸が甘酸っぱくなります。寝台の★マークがいいですね
o(^-^)o
 
でー、この頃九州唯一の百万都市、北九州市の中心駅小倉は見事にブルトレたちにスカされておりました
(┳◇┳)
 
博多駅を擁する福岡市。今でこそ自他ともに認める九州の首都=最大の都市ですが、当時は人口7~80万人、制令指定都市ではありませんでした。広島もそう。
北九州市が神戸以西、唯一の制令指定都市だったのです(…栄光の過去)
 
通過していた列車の愛称が、ことごとく新幹線に持っていかれているのも、何かの皮肉ですな。
代わりに停車していたのが、門司。客車列車は門司で機関車の付け替えを余儀なくされるので、通過は不可能
 
国鉄の看板列車、ブルートレインを一つの街に二カ所も停めるのはけしからん、ということなのか!?
それだけ良く言えば格式の高い、悪く言えば敷居の高い列車だったんですね。
 
それ以上に、乗客の便宜を図るという発想に乏しかったのでしょう。「寝台特急はそんなにこまめに停めるものではない」的な不文律が存在していたのかと訝りたくなります。
 
小倉通過だと日豊線方面からの乗客は、二回乗り換えを強いられます。富士に乗れればいいですが、時間が合わなかったり富士が満席の場合もあります。
もちろん小倉区民も門司まで普通に乗らなくてはなりません。
 
さすがに「小倉飛ばし」は不評だったようで、翌年80年10月のダイヤ改正で九州ブルトレは全て小倉に停車するようになりました。