写真は1979年11月の時刻表から。
はやぶさ、みずほ、さくら(もちろん寝台特急の愛称)の「小倉とばし門司停車」の様子。
 
 
ふとしたきっかけで、最近35年前の時刻表を入手しました。
仕事と勉強で忙しいはずですが、息抜きと称しやっぱり見入ってしまいますね
(^。^;)
 
古時刻表、一般の方々には何の役にも立たないシロモノですが、我々ファンにとっては興味尽きない一冊
こいつをネタにしたらいくらでも記事が書けそうです
 
しかしあまり熱中もしてられませんので、ぼちぼちアップしてゆきたいと思います
 
さて、第一話は地元ネタから。ズバリ小倉飛ばしです。
 
この時期の九州ブルトレは
さくら、はやぶさ、みずほ、富士そしてあさかぜ2往復のラインナップ(もっともあさかぜ2・3号は下関発着なので、厳密には九州ブルトレとは言えない)。
 
この愛称の並びだけでも胸が甘酸っぱくなります。寝台の★マークがいいですね
o(^-^)o
 
でー、この頃九州唯一の百万都市、北九州市の中心駅小倉は見事にブルトレたちにスカされておりました
(┳◇┳)
 
博多駅を擁する福岡市。今でこそ自他ともに認める九州の首都=最大の都市ですが、当時は人口7~80万人、制令指定都市ではありませんでした。広島もそう。
北九州市が神戸以西、唯一の制令指定都市だったのです(…栄光の過去)
 
通過していた列車の愛称が、ことごとく新幹線に持っていかれているのも、何かの皮肉ですな。
代わりに停車していたのが、門司。客車列車は門司で機関車の付け替えを余儀なくされるので、通過は不可能
 
国鉄の看板列車、ブルートレインを一つの街に二カ所も停めるのはけしからん、ということなのか!?
それだけ良く言えば格式の高い、悪く言えば敷居の高い列車だったんですね。
 
それ以上に、乗客の便宜を図るという発想に乏しかったのでしょう。「寝台特急はそんなにこまめに停めるものではない」的な不文律が存在していたのかと訝りたくなります。
 
小倉通過だと日豊線方面からの乗客は、二回乗り換えを強いられます。富士に乗れればいいですが、時間が合わなかったり富士が満席の場合もあります。
もちろん小倉区民も門司まで普通に乗らなくてはなりません。
 
さすがに「小倉飛ばし」は不評だったようで、翌年80年10月のダイヤ改正で九州ブルトレは全て小倉に停車するようになりました。