写真は富川~日高門別間の沙流川を渡る。
日高門別付近の牧場。向こうに太平洋が見える。
日高門別で上り列車と交換。
 
 
鵡川の駅前は更地が目立ち、ちょっと寂しげな雰囲気でした。漁業で栄えた町ですが、鉄道は取り残されてしまった印象です。
 
次の汐見を過ぎると、文字通り進行方向右手に海が。この後、日高線は太平洋が車窓の友となります
しかし今日は霧がかかっており、あまり見通しは良くありません。
 
富川を出てすぐ沙流川を渡ります。この上流に、有名なアイヌ集落、二風谷があります。そして更に上流に鵡川から分岐した富内線が走っていました。
 
再び海沿いに戻って、日高門別着。ここで6220Dホリデー日高と行き違いです。
8月1日は金曜日、ホリデーではありませんが、7月26日から8月17日までは毎日運行される臨時列車なんです。
 
門別は苫小牧を出て鵡川に次ぐ町らしいところ。
北海道はどこもそうですが、ポツポツと町があり、間は極めて人家が少ないですね。日高地方では、森林か牧場が広がっています。
 
 
 



写真は日高本線鵡川駅に停車中のキハ40系。
苫小牧~勇払間の車窓。原野が広がる。
鵡川駅駅舎。


苫小牧から襟裳岬方面に伸びる日高本線。本線を名乗っていますが、今は支線も無く古い気動車が単行で行き交う、典型的なローカル線です。

今回ははまなす乗車の間合いを利用し、往復乗車します。終着駅様似までは150㎞弱、3時間余りの旅。
北海道は広いです
(^_^;)

さて、苫小牧を8時ちょうどに出発した様似行き2225Dは、各ボックスに2人ずつくらいの乗車率。

次の駅、勇払までは13㎞と長い駅間です。この付近、高度成長期には新産業都市に指定され、苫小牧東部工業地帯、略称苫東と呼ばれて発展が期待されました。
ところが様々な要因で計画は頓挫、今では広大な更地が広がる原野です。

苫東が成功すれば、岡山の水島みたいなコンビナート地帯になっていたかも知れませんでした。
しかし、現実は工場がポツポツ建つ荒涼とした原野。どこまでも人気を感じません。
その中をキハ40は淡々と駆け抜けてゆきます。ちょっと九州では見ることの出来ない、寂しさ募る風景です。

やっと人家が見えてきたら、次の勇払着。都市の近郊に住宅地があり、鉄道駅があるという内地や札幌近辺の常識は、ここでは通用しないようです。

更に原野を走り川をいくつか渡ると、8時29分鵡川着。苫小牧を出て最初の交換駅です。
上り列車待ち合わせのため7分停車、その時間を利用して駅舎を撮影しました。
駅舎は建て替えられ、立派な木造でしたが無人駅です。国鉄時代はここから日高町まで、富内線という支線が分かれていました。


写真は札幌に到着した、はまなす号最後尾のスハネフ14。
北広島停車中の2726D東室蘭行き。
 
 
翌朝目覚めたのは、南千歳の手前。苫小牧と札幌を結ぶ千歳線(厳密な起終点は違います)は、道内有数の頻繁な運行本数を誇りますが、苫小牧寄りは結構森林や原野が広がっています。
空は夏模様、おおらかな車窓に北海道に来ていることを実感します。
 
北広島を過ぎた辺りから住宅地が増え始め、同時に進行方向左手にサイクリングロードが併走します。千歳線の旧線跡を利用したもの。現在線が直線的でフラットなのに対し、旧線は地形に逆らわず敷設されていたのが良く分かります。
 
函館方向へのメインルートとして、また千歳空港へのアクセス線として、そして札幌都市圏南東部の郊外路線として近代化してきた千歳線の歴史を感じます
( ̄∀ ̄)
 
新札幌からは完全に市街地。ビルや住宅に囲まれながら、夜行列車は最後の走りを見せます。
私も急いで身支度を済ませ、慌ただしくも名残惜しい寝台列車の朝の雰囲気に身を置きます。
 
ほんと、終点札幌到着6時07分は早過ぎますよねぇ
もっと寝て、もとい雰囲気を味わいたいものです
 
半年振りの札幌ですが、降りずにそのまま快速エアポートに乗り換え。今来た千歳線を引き返します。
ここから先は青春18きっぷの出番、苫小牧まで戻り8時ちょうど発の様似行きに乗って、日高本線完乗を目指します。
 
エアポートは新千歳空港行きなので、途中の北広島で東室蘭行きの気動車に乗り換え。苫小牧~東室蘭間は電化路線ながら、普通列車は全て気動車が担当しています。
それだけ輸送力を必要としていないということなんでしょう。昔、長崎本線も特急は電車なのに普通列車はことごとく気動車、という時代がありました。
 
写真の気動車の形式はキハ143でした。初めて聞く形式名です
(・o・)ノ