前回の記事ではかなり細かい説明になってしまい、地元の人でないと文章だけではイメージしづらいと反省しまして…
手書きの北九州市と中間(なかま)市の地図を付けてみました
(^_^;)
あと、ちょっと分かりづらいですが、香月線周辺の地形図も。
これで何となくイメージしていただければ

さて、岩崎~新手間は完全に県道61号線と化しており、鉄道の匂いは全くありません。
写真は筑豊電鉄がオーバークロスする地点ですが、単なる架道橋です。
普通廃線跡を流用した道路は、住宅の玄関が逆を向いていたり、脇に平行する道があったりして独特の雰囲気があるものです。しかし、この道は歩道や街路樹が整備され、住宅地に完全に溶け込んでいます。
鉄道の廃線跡と言われても、全然ピンと来ないですね

岩崎駅跡から1.5㎞ほど。新手駅跡に到着です。
現在は中間三丁目バス停。こちらも岩崎バス停同様、高速バス乗車専用となっています。
そこから100mほど先の本町交差点から左折すると、新手というバス停を発見。
この辺り、JR中間駅や筑豊電鉄の電停からは離れていますが、中間市の旧市街地といった風情です。
昔ながらの商店街が見受けられます。また、市役所や郵便局、NTTの建物も付近にありました。
さて、新手バス停に記されたダイヤと路線図を見ると…
1日7本(@_@)
まあ、過疎地ならあり得る話しですが、北九州市のベッドタウンとして住宅地が広がる街としては、ちょっと寂しいダイヤです

路線はどうやら中間市内循環みたいです。
クルマの通行量は結構ありますね。
やはりこの辺りの交通は、マイカーに依存しているようです。
西鉄バスは近年、赤字路線が増えて採算が厳しい路線を切り捨てる傾向にあります。自治体もてこ入れはしていますが、利用者減少→路線・本数の削減→更なる利用者減少の負のスパイラル解消は、なかなか厳しいようです。
石炭輸送に大活躍、部分的に複線化もされた香月線でしたが、炭坑が消え晩年は1日数往復の気動車が行き交うだけのローカル線になってしまいました。
廃止の背景には、もちろん国鉄の無策や民営化対策と言った内部事情があったのは言うまでもありません。しかし「あの線路を道路に転用して、クルマにとって便利な街にしたい」という地元の強い意向があったのではないか、と推測できます。
だから鉄道の痕跡を徹底的に無くしてしまえたのではないか。
また中間市の場合、北九州市に出る鉄道路線が筑豊本線と筑豊電鉄によって確保されているという事情もあるので、香月線の存在意義はかなり薄かったんですね
(ノ△T)
廃線跡走りはここで中断。せっかくですから、新手駅跡にほど近い筑豊中間電停まで、中間市内をぐるりと廻るバスに乗ってみましょう。運良く10分ほどの待ち時間で2時間に一本のバスがやってきました
