写真は信越線横川駅舎。
横川駅構内の、途中で切られたレール。新幹線開業まではこれが軽井沢まで通じていました。
峠のシェルパ、EF63。列車を後押ししていました。
アプト式レール。中央のラックレールに歯車を噛み合わせて推進力としていました。
 
 
これまでの記事で碓氷鉄道文化むら、と表記してきましたが正確には「碓氷峠鉄道文化むら」でした。訂正します
 
1997年の長野(北陸)新幹線開業と同時に廃止された、信越線横川~軽井沢間。
「横軽」の名で親しまれた、国鉄最急勾配の区間でもありました。
 
横軽の説明や歴史など縷々綴っているとこの旅行記は頓挫してしまいそうなので、ここでは触れません。
 
以前、横川には峠越えの列車を後押しする機関車の基地がありました。その機関区跡が、現在碓氷峠鉄道文化むらになっています。
峠のシェルパと呼ばれたEF63始め、多数の鉄道車両が保存されています。
また、横軽旧線を途中まで走るトロッコ列車や子供向けの乗り物まで、鉄道アトラクションも豊富です。
 
とても全ては紹介しきれないので、ごく一部紹介してゆきたいと思います。
 
まずはEF63。
碓氷峠を超えるための専用の機関車として開発されました。
 
横軽旧線の一部を使って、誰でもこの機関車の運転を体験することができます。ただし、数万円払って運転講習を受ける必要があります。クルマの運転と同じで、やはり回数をこなしていかないと、なかなか上達は難しいようです
 
本物の電気機関車を運転できる機会など、そうあるものではありません。興味のある方は、ぜひチャレンジしてみては!?
 
私はお気楽乗り鉄なので、とてもそこまでは…ですね
(^_^;)
 
 





写真は分かりづらいですが、古レールをリサイクルして作られた架線柱。

佐野のわたし駅。昨年12月22日開業の、恐らく現在日本一若い駅。

高崎駅の上信電車。これはごく普通のデザイン。

横川行きの115系電車湘南色。


上信電鉄で旅していると、ふとユニークなものを発見しました。
古いレールで作られた架線柱です。

耐用年数の過ぎたレールは、そのしなやかさを生かしてプラットフォームの屋根を支える柱に加工されるなどの例があります。
しかし架線柱の素材としてこんなに大々的に使われているのを見るのは、多分初めて(気付かなかっただけかも知れないけど)。

かなりの区間で、通常のコンクリート製に交換されていますが、まだまだ古レール製は健在です。緑色のキリンのようなフォルムで、黙って架線を支え続けています
( ̄∀ ̄)

終点高崎に着く少し手前、碓氷川を渡った先に真新しいプラットフォームが見えました。ついひと月前に開業したばかりの、佐野のわたし駅です。
わたし、は渡しのこと。昔、渡し船が両岸を結んでいたそうです。駅名看板の上に渡し船の意匠がされていました。

今は付近にはマンションや住宅が立ち並び、真上は上越新幹線の高架が走る高崎南郊の住宅地です。
ここから電車に乗れば高崎まで二駅5分。利便性の高い駅ですね。
敢えて平仮名にしたのは話題作りのため!?
(*_*)

高崎到着は14時06分。14時19分発の信越線横川行きで碓氷鉄道文化むらを目指します。運良く湘南色の115系でした。
国鉄時代の東海道本線の主力を彷彿させてくれます。西日本ではめったにお目にかかれないので思わずカメラが向きますね
(o^∀^o)

115系は山岳路線用に出力増強された電車。勾配区間の多い高崎車両区の守備範囲を、重い走行音を響かせながら頑張っています
( ~っ~)/









写真は
下仁田電車。キャッチフレーズはネギとこんにゃくとジオパーク。

吉井駅舎。待合室も落ち着いた空間。

超シンプルな鉄橋。

馬庭駅舎。

途中気になった駅舎が幾つかあったので、途中下車して見学することにしました。
そうすると電車にも色々乗れますから。

まずは吉井駅舎。
そして次の馬庭駅舎。

1日フリー乗車券なので、好きなだけ乗り降り出来るのです。結構昼間帯でもダイヤが充実しているから可能な遊びかも
f^_^;
どちらも木造モルタル建築ながら、風格すら漂ってきました。こうした普段着の駅舎も捨てがたいものです。