恋は二度目のアネモネ -5ページ目


泡風呂でささやく愛なんて、
適当な賞賛くらい軽薄だ。
ぶくぶくぶく。



ドーナツみたいな穴があいてる。
わたし自身が、
ドーナツのようだというのにさ。
二の腕にへばりついた泡の粒々が、
何かの卵みたいに、キラキラ光ってる。
わたしはまだ、
人生の恥ずかしさから全然抜け出せないでいる。


赤い、という理由だけで
真っ赤な雨傘を買った。
赤いだけの雨傘は、
ほんとはあまり気に入っていない。
二の腕を舐めてみる。
潮の味がする。


いつまでたっても、
入念だ。
それに比べて
さらりと自然にうつくしいなんて、
本当にあなたはどうかしている。
ふやけた指先と、
ふざけた歯を、
そっと隠したい。
隠したいのに、
泡がとけて、
どうしようもなくすべてあらわになるよ。

ああ。









神楽坂に、恐竜がいた。





すてきなフォルム。


上野の博物館に行くのをやめて
神楽坂に来てみたら、
上野で出逢うはずだった恐竜に出逢ったのだ。

人生ってふしぎ。

気取った街は意外と、
気取らないわたしたちに優しかった。
そしてあなたは相変わらず、
わたしにだけはとことん優しい。
だからわたしも、
最後のひとくちを、
いつもあなたに譲るのだ。

コロッケ
巨大肉まん
プレミアムモルツ
ソースカツ丼
たいやき
カフェラテ
パルミジャーノ
うどんすき
レモン酎ハイ

おいしいとこを、全部あげたい。
自分でいただくより、それが幸せ。
それって愛ではないですか。




近所の神社で紅葉のライトアップをしていた。
東京ってすごい。
表面だけでするっと楽しめる。
するする
人ごみをすりぬけて、
家に帰るまでの道中もきらめいてる。







わたしは言葉が好きだけど、
男の色気は、
言葉じゃないところに感じる。

わたし何故だか昔から、
肌がうるおってしまうほど、
宮本浩次に色気を感じる。
有名人で好きな男は、
ジュリーとみやじだけ。
本当に何故だかわからないのだけれど、
今日は朝から晩までずっとみやじのことばっかり考えていた。
なんという不毛な一日。
彼は、
声はもちろんだけど
のどぼとけと
汗と
髪をぐしゃぐしゃにする仕草がとても色っぽい。
口も。
わたしは、口が素敵な男が好きだ。

この人に出逢わない人生でよかった。
こんな人に恋をしたら、
夢中になりすぎて破滅してしまうよ。
ピカソもそうだ。
出逢わなくても、絶対好きになるってわかる。
そしたらわたし、破滅しちゃうわ。

色気とは、花のようなもので、
持って生まれたものに違いない。
選ばれし者に備わっている魅力。
かっこいい、とはまた違う。
にじんでるし、
もれてる。
ああ。
画面からでも伝わるなんて。
なんて。
なんてことでしょう。
にくらしいわ。

あー
本当は、
破滅してもいいから出逢いたかった。









泡に入ると、
ハートがときめく。
肌の上でくしゃくしゃと、
小さな破裂音がたくさん。
くしゃくしゃ。
泡の音。
もしくは、わたしの音。
キッチュで軽薄。
くしゃくしゃ。
抱きしめる。


とてもとても簡単なことを
先延ばしにして、
手遅れになって、
簡単に取り戻したとしても、
もう手遅れだ。
心が同じ形のままならいいけど、
砂のようにさらさら、
一瞬で変わってしまうよ。

わたしはきっと明日にはもう、
あなたに会いたくなるだろう。
あなたもそうだ。
あなたは弱くて、可愛いの。
わたしは弱くて強くてふてぶてしいので、
週末と週明けのひとりきりを、
うまく楽しみたいよ。
あなた以外の、
さまざまなものの、ちからを借りてさ。









白身のお刺身は冷たくしっとりとして、かすかな脂が甘かった。醤油をちょこっとだけ付けて、ワサビをきかせて、食べた。
直樹の頼んだ日本酒をお猪口に注いで分けてもらった。


あたりめと、スパークリングワイン。
呑みながらの読書は、あぶない。
この文章で泣けて仕方がないわたしはうつけ者で、
おそらくだけど、幸せ者だ。


33歳。
誰にもわかってもらえないと思うけど、
わたしはこの年で、
もう余生を生きている気分なのだ。
シビアな感受性で、
理不尽や怒りや憤りや悲しみを
子どもの頃に消化してしまったから、
すべてを飲み込んで、納得した現在は、
もう、今生ではないように思えるのかもしれない。
でも、子どものときから、
人生を俯瞰で見ていたように思う。
小学3年生のときの担任の先生が、母に言った言葉。

この子はあまりにも大人びているけど、心配しないでください。
周りの子どもたちが、成長するごとにだんだん追いついてくるのを待ちましょう。

だって。
そりゃ大人びるよ。
子どもでいさせてもらえなかったんだもの。
恨んだりもしたけれど、
今となれば感謝している。
わたしの感受性は、
おそらく負の感情がなければ育たなかった。

でも、
そんなわたしが
孤独だ。
と、思いきや。
全然孤独じゃなかったのだ。

職場で運命的に出逢った同じ宇宙のお姉さんとはずっと仲良くしているし、
恋人にはもう10年以上、ときめきと愛が途切れない。
家族ともうまくやっている。
幸福だ。

幸福なのだ。

だけど、
わたしは人生を俯瞰で見ている。
なにもかもが、
かりそめにしか思えない。
そして、
かりそめだと思うからこそ、
こんな文章で泣けてしまうのだ。

わたしの人生の中で、
楽しくて嬉しくて素敵なこと。
それに似た文章に出逢うと、
心をざらっと、
片手で撫でられたような感覚になる。
わたしも温泉旅館で、
好きな人と過ごしたな、と思うだけで
有り難くて泣ける。
何で、このくらいのことで泣くほど感情的になるのかというと、
余生だから、というほかない。
好きな人が生きていてくれるだけでも有り難いのに、
素敵な時間を一緒に過ごせるなんて贅沢なことなのだ。


当たり前なんてない。
だから。
あなたが無事に帰ってきた今日に安堵する。
あなたの寝息は、
わたしにとって、神の寝息のように尊い。
大げさかもしれないが、
あなたがいなければ、
わたしは余生すら失って、ただの屍になってしまうのだから。

それでもわたし、
これ以上ないほど楽に生きている。
妻で母で女であることに縛られきっている母に比べて。

人生を楽に楽しく生きるには、
自分だけの哲学を持つことだ。

わたしは女でよかったわ。
生まれ変わっても女になりたい。
そしてろくでもないあなたの恋人に、
きっとまたなりたいな。