ブックレビュー「南極の食卓」 渡貫淳子 | ネコのひとり言

南極の食卓 渡貫淳子

南極の食卓
著者が第57次南極地域観測隊(2015年12月〜17年3月)で、調理隊員として参加したときのドキュメント。

 

今まで知らなかったことや南極あるある満載で、とても面白いです★4.8

これまでの南極越冬隊関係本といえば、ほとんどが技術屋さんやタロ・ジロの動物ものなど男性目線で書かれたのが多かったのですが、本書は何といっても、料理人目線・女性目線で描かれているのが斬新。

 


2009年に公開された堺雅人さん主演「南極料理人」という映画を見て、南極で働きたいと思ったそうです。

 

南極の食卓 南極料理人

 

「南極で技術者や研究の仕事をしている人たちに料理を作りたい。職場としての南極に強く引かれました」。

本書を読んで驚いたこと、初めて知ったことなど。

(1)越冬隊採用試験は毎年秋に1回のみ
著者は3回目に合格、このとき41歳。南極の食卓

(2)内定中の冬、夏に訓練がある
・3月の冬期訓練は乗鞍岳で、雪の中をスノーシューで歩くコツ、氷の割れ目などに落ちた場合に引き上げたり、自分で這い上がってくる訓練、何らかの天候不順で基地に戻れなくなったときや、遭難時を想定した、小さなテントで過ごすビバーク訓練。
・6月の夏期訓練は座学中心。

(3)調理隊員が1年分の食料や調理器具などの手配をする
・越冬事務局みたいな部署が手配した食材を使って、調理隊員は料理を作るだけかと思ってました。
・過去の発注記録や納入業者リストなどを参考に、南極基地と情報交換しながら、食材を含め新たに発注した方がいいもの、余剰があるもの、調理道具や器具類が壊れていないか、追加した方がいいものなどをチェックし発注する。
南極の食卓
(4)隊員1名の年間食料は1トン
・1トンがどれくらいの量なのかピンときませんが、越冬隊員30名では30トン。
・これを冷蔵品と冷凍品はコンテナ8個まで、かつ総重量の規定内で収め、積み込みの指示も調理隊員が行なう。

 


(5)越冬隊は飛行機でオーストラリアへ直行
・観測船が日本を出航してから2週間後、飛行機でオーストラリアへ向かい観測船に合流。
・日本出航時から観測船に乗る必要がないのは当たり前?

 

南極の食卓 しらせ

 

(6)調理開始は2/1の昼食から
・12月下旬の基地到着から夏隊が帰国する2/1までの調理は自衛隊担当。
・自衛隊は夏隊と一緒にやってきて、荷物搬送・施設設営などを行い、2ヵ月後に夏隊とともに帰国する。

 

南極の食卓 昼食と夕食メニュー

(7)最初の2ヵ月が一番恐かった
・何の食材から使ったらいいのか、どのくらいのペースで消費すればいいのか分からない。
・生野菜のじゃがいも、にんじん、フルーツ類がなくなるのが3ヵ月目。この頃から少しずつなくなるのが出始める。
・4,5ヵ月目には冷蔵室の片付けが済み、どこに何があるか把握できているので、どんどん使っていける状態。
・半年後くらいからは、ストレスなく作りたいものが作れた。

 

南極の食卓 食材管理


(8)隊員の一番のごちそうはキャベツの千切りと卵かけごはん
卵は8ヶ月間使えたが、生玉子はそれ以前で消費。

南極の食卓 キャベツの千切りと卵かけご飯

 

(9)南極の食料備蓄は5年分
・災害時に影響を受けないように、基地からかなり離れた倉庫に保管、毎年スライド。
・米は5年、缶詰・乾物は3年、冷凍食品は1年など保管期間が決まっている。 

(10)極夜明けまで30人がほぼ毎日一緒

南極の食卓 極夜

南極の食卓 お正月メニュー

南極の食卓 バー

 

・極夜開けの7月中旬以降は、氷河の動きの観測、機器の設置や回収、メンテナンスなどで基地外へ出る人が多くなる。
・その人たちのために弁当を準備したり、数日間不在の場合、日数分の食料に加えて、予備食・非常食も用意する。

 

南極の食卓 昭和基地の厨房


(11)火事が一番恐い
・越冬隊員一人ひとりが消化班・ポンプ班、医療班などの係が決められている。
・人が欠けても回るようにシミュレーション、ミーティングを欠かさない。

(12)ゴミはすべて日本に持ち帰る
・固形の生ゴミの扱いは日本と同じ。
・液体ゴミの場合、隊員が食器に残った液体ゴミ、生ゴミを分別して、食器の油分をぬぐい、すすぐ。
・生ゴミは固形でも液体でも、生ゴミ処理機で乾燥させて、焼却炉で灰にする。
・灰をドラム缶に入れて持ち帰る。
・瓶類は破砕、缶類は圧縮。

 

南極の食卓 廃棄物集積場


(13)原料は無限でも限りがある
水は雪や氷を水槽に入れ機械で溶かして作るが、そのためには燃料・労力が必要。

 

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著者は南極越冬を、「1クラス30人の生徒が1年間、学校の校舎で生活するようなもの」と表現しています。
だからこそ「貴重な経験以上に仲間たちとのつながり、苦しいときに救われたのは人間関係」だったのでしょう。


最近、著者が出演されている番組をよく見かけます。
先日もNHK「あさイチ」で野菜の冷凍術、ニッポン放送「あさぼらけ」では南極観測隊を食で支える大変さや、食品ロスなどを話されていました。

 

南極の食卓 あさぼらけ


1年間食糧補給がない場所で調理してきたという実績と経験は、大きな暮らしの知恵となったのでしょう。

著者・渡貫さんは、南極の越冬生活をふりかえり、こんな風に思っています。

 

「南極でハッとさせられたことは、食べること、ゴミのこと、人間関係のこと、日々の生活のこと、危険予知や危機管理のこと、多様性を受け入れること、お互いを尊重すること。そして何より、人との出会いを楽しむこと。どれも日本の暮らしにつながっています」

 

南極の食卓 ペンギン