【訃報】作曲家・岩河三郎さん死去
昭和の小中学生のコンクールの合唱曲を
この作曲家抜きでは語れないであろう
岩河三郎さんが亡くなられました。
享年90歳でした。
※亡くなられたのは9月ですが、
昨日になって報道されました。
曲のタイトルだけ見ても、
一定世代以上の人ならどれも知ってる
という方が多いと思います。
歴代優勝校が取り上げた楽曲だけでも
以下のような楽曲があります。
昭和54年の小学校の部の自由曲ランキングでも、
多くの学校が岩河作品を取り上げていました。
多くの学校に愛されたことがわかりますね。
今聴いても逆に新鮮さを感じる楽曲もあるので、
来年あたり歌う学校が増えて欲しいものです。
ここに挙がっていない曲でも
「寒ブリの歌」「石仏」「ひめゆりの塔」や、
富山出身ということで富山を題材とした
「むぎや」「こきりこ」なども著名です。
私にとって思い出深い岩河作品は、
「巣立ちの歌」です。
私にとっての卒業ソングはこれです。
卒業シーズンになると必ず頭の中で流れます。
岩河作品だと知ったのはここ数年のことでしたが。
他にも最近聴きだしてよく聴いている岩河作品は、
「一日に何ども」です。
これはNHKの番組の委嘱作品だったようです。
この曲を収録したNHK東京放送児童合唱団のメンバーが
涙を流しながら収録したというエピソードも残っています。
私もこの曲を聴くと、ほろりとした気持ちになります。
岩河作品は特徴がはっきりしていて、
穏やかな歌いだし→悲劇の予兆→悲劇→穏やかな結末
という流れの曲が大半です。
なので、その流れに気づくと、
「あ、これは岩河作品かな?」と思い、
実際そうだとニヤリとなります。
この1曲の中で緩急・抑揚がはっきりしているのが
コンクールでよく歌われている要因だったと思うのですが、
それ以上に日本人の心を打つメロディセンスが
長けていたということもあると思います。
コンクールではあまり歌われなくはなりましたが、
現在でも校内合唱コンクールでは盛んに歌われ、
「木琴」や「親しらず子しらず」などは
特によく歌われているようです。
多くの心に残る楽曲を残された岩河さん。
ご冥福をお祈りいたします。
この作曲家抜きでは語れないであろう
岩河三郎さんが亡くなられました。
享年90歳でした。
※亡くなられたのは9月ですが、
昨日になって報道されました。
曲のタイトルだけ見ても、
一定世代以上の人ならどれも知ってる
という方が多いと思います。
歴代優勝校が取り上げた楽曲だけでも
以下のような楽曲があります。
昭和54「祇園祭」愛媛大学教育学部附属小学校
昭和58「五百羅漢さん」金竜小学校
昭和52「木琴」神代中学校
昭和53「たじま牛」陽東中学校
昭和54「親しらず子しらず」陽東中学校
昭和56「十字架の島」島根大学教育学部附属中学校
昭和54年の小学校の部の自由曲ランキングでも、
多くの学校が岩河作品を取り上げていました。
◎1位「つる」:35校
(作詞:矢田部誠子、作曲:矢田部宏)
◎2位「若い駿馬」:33校
(作詞:山本瓔子、作曲:柳沢浩)
◎3位「五羽のつばめ」:32校
(作詞:大木実、作曲:岩河三郎)
◎4位「秋祭り」:31校
(作詞:中村千栄子、作曲:岩河三郎)
◎4位「雪の祭り」:31校
(作詞:中村千栄子、作曲:岩河三郎)
◎5位「だいだらぼっちの春」:23校
(作詞:宮沢章二、作曲:岩河三郎)
◎5位「水よはよはよたんぼにたまれ」:23校
(作詞:上野雅典、作曲:滝本泰三)
◎6位「風のつばさを」:22校
(作詞:山本瓔子、作曲:柳沢浩)
◎7位「夜明け」:21校
(作詞:矢田部誠子、作曲:矢田部宏)
◎8位「祇園祭」:20校
(作詞:中村千栄子、作曲:岩河三郎)
◎9位「月のうさぎ」:17校
(作詞:宮地廓慧、作曲:大中恩)
◎10位「アイヌに捧げる小さなレクイエム」:16校
(作詞:中村千栄子、作曲:岩河三郎)
◎10位「月夜のけやきの木」:16校
(作詞:大木実、作曲:岩河三郎)
多くの学校に愛されたことがわかりますね。
今聴いても逆に新鮮さを感じる楽曲もあるので、
来年あたり歌う学校が増えて欲しいものです。
ここに挙がっていない曲でも
「寒ブリの歌」「石仏」「ひめゆりの塔」や、
富山出身ということで富山を題材とした
「むぎや」「こきりこ」なども著名です。
私にとって思い出深い岩河作品は、
「巣立ちの歌」です。
私にとっての卒業ソングはこれです。
卒業シーズンになると必ず頭の中で流れます。
岩河作品だと知ったのはここ数年のことでしたが。
他にも最近聴きだしてよく聴いている岩河作品は、
「一日に何ども」です。
これはNHKの番組の委嘱作品だったようです。
この曲を収録したNHK東京放送児童合唱団のメンバーが
涙を流しながら収録したというエピソードも残っています。
私もこの曲を聴くと、ほろりとした気持ちになります。
岩河作品は特徴がはっきりしていて、
穏やかな歌いだし→悲劇の予兆→悲劇→穏やかな結末
という流れの曲が大半です。
なので、その流れに気づくと、
「あ、これは岩河作品かな?」と思い、
実際そうだとニヤリとなります。
この1曲の中で緩急・抑揚がはっきりしているのが
コンクールでよく歌われている要因だったと思うのですが、
それ以上に日本人の心を打つメロディセンスが
長けていたということもあると思います。
コンクールではあまり歌われなくはなりましたが、
現在でも校内合唱コンクールでは盛んに歌われ、
「木琴」や「親しらず子しらず」などは
特によく歌われているようです。
多くの心に残る楽曲を残された岩河さん。
ご冥福をお祈りいたします。
【Nコン2013】Nコン on the Webでブロックコンクールの演奏動画が公開されました。
ようやくブロックコンクールの
演奏動画がNコン on the Webでも
公開となりました。
もちろん、スマホやタブレットも対応。
久々にブロック動画を楽しみましょう。
合唱好きが集まるブログはここ

にほんブログ村
演奏動画がNコン on the Webでも
公開となりました。
もちろん、スマホやタブレットも対応。
久々にブロック動画を楽しみましょう。
合唱好きが集まるブログはここ
にほんブログ村
【NコンS55講評】審査で中田喜直さんが困ったことは?~合唱の奥深さを感じる全国コンクール審査表
昨日の更新で今年の審査講評を更新しましたが、
前にも少し取り上げたことのある
昭和55年の審査講評について取り上げます。
最優秀校演奏会での作曲家・中田喜直さんの
審査についてのコメントを書き起こしました。
この年まではラジオコンクールなので、
どの学校が演奏しているかわからない、
という方法が取られていました。
翌年以降からテレビコンクールに移行します。
それまでは音声のみの審査だったのが、
歌い方や表情などまで審査するようになり、
審査員の中には、純粋に音楽のみで
審査できなくなるのでは?
と不安視した審査員もいましたが、
杞憂であり、臨場感が加わった、
とおおむね高評価だったようです。
この中田さんの審査講評ですが、
「あんまり上手くて、かわいらしくて
どう審査していいか困ってしまった」
というコメントがいいですね。
こういうコメントが毎年聞けるような
コンクールであって欲しいと願います。
ちなみにその1番目の演奏校が
優勝校の八名川小学校でした。
今年も1番目が優勝でしたが、
歴代を通しても1番目で優勝は珍しいです。
(江東区立八名川小学校の課題曲「びっくりしゃっくり」)
審査員の方々は映像なしで審査してますが、
特に2番の演奏する姿と歌声が私は大好きです。
どの子も自然にリズムにのっていて、
ある子は横に揺れ、ある子は頭だけを揺らす、
ある子は揺れないけど表情から伝わる。
パっと見はバラバラであっても、
表現の方向性はバラバラではなく、
歌声の音色が統一されていても、
音楽の楽しみ方は生徒の主体性に任せる、
そんな感じが伝わり、何度も見てしまいます。
昨今はそのあたりを指導の先生方が
表情やリズムの取り方、口型・髪型などにまで
統一なされすぎているような気がややします。
そんな昭和55年の審査表の画像です。
未知の領域なので貴重ですよね。

画像を見てわかることがいくつか。
当時は現在の過半数方式(ほぼ新増沢方式)ではなく、
点数換算方式という方式でした。
恐らく、Hがほぼ優勝校の秋田南中だと思いますが、
13名の審査員中、5名の審査員が1位につけています。
ただ、9校中8位につけた審査員も最低でも2名います。
そして、Gの学校に1位をつけた審査員もいれば、
Gの学校に最下位をつけた審査員もいるのです。
これが合唱の面白いところであり、奥深さですね。
全国に出る学校はある程度基礎力があるので、
あとはどれだけ多くの審査員から共感を得るか、
そこにかかっているのだと思います。
その共感を得るのが技術なのか、表現なのか、
歌声の音色なのか、合唱は難しいですね。
合唱好きが集まるブログはここ

にほんブログ村
前にも少し取り上げたことのある
昭和55年の審査講評について取り上げます。
最優秀校演奏会での作曲家・中田喜直さんの
審査についてのコメントを書き起こしました。
司会:今年は全体的にいかがでしたか?
中田:全体的に素晴らしかったですね。
小学校の一番最初の学校の
課題曲が始まったとき、
困っちゃったんですよね。
あんまり上手くて、かわいらしくて。
これはどうなるかと思ってね。
あとこういうのばっかり続いたら、
どう審査したらいいかと思うくらい、
とってもよかったですね。
司会:審査をなさるときに、どんな形で行われているんですか?
中田:この審査というのはね、
絶対に学校がわからないように
審査するわけなんですよね。
ABCDEFと学校の名前じゃなくて、
アルファベットで出てくるわけですね。
最後に全部順位が決まってからね、
学校を知らせてくれるんですよ。
それでそのときにああこの学校か、
というのがやっとわかるんです。
司会:そういう意味で公明正大ということなんですね。
中田:そうです。
だから偶然性がいろいろ出てくるんですよね。
この年まではラジオコンクールなので、
どの学校が演奏しているかわからない、
という方法が取られていました。
翌年以降からテレビコンクールに移行します。
それまでは音声のみの審査だったのが、
歌い方や表情などまで審査するようになり、
審査員の中には、純粋に音楽のみで
審査できなくなるのでは?
と不安視した審査員もいましたが、
杞憂であり、臨場感が加わった、
とおおむね高評価だったようです。
この中田さんの審査講評ですが、
「あんまり上手くて、かわいらしくて
どう審査していいか困ってしまった」
というコメントがいいですね。
こういうコメントが毎年聞けるような
コンクールであって欲しいと願います。
ちなみにその1番目の演奏校が
優勝校の八名川小学校でした。
今年も1番目が優勝でしたが、
歴代を通しても1番目で優勝は珍しいです。
(江東区立八名川小学校の課題曲「びっくりしゃっくり」)
審査員の方々は映像なしで審査してますが、
特に2番の演奏する姿と歌声が私は大好きです。
どの子も自然にリズムにのっていて、
ある子は横に揺れ、ある子は頭だけを揺らす、
ある子は揺れないけど表情から伝わる。
パっと見はバラバラであっても、
表現の方向性はバラバラではなく、
歌声の音色が統一されていても、
音楽の楽しみ方は生徒の主体性に任せる、
そんな感じが伝わり、何度も見てしまいます。
昨今はそのあたりを指導の先生方が
表情やリズムの取り方、口型・髪型などにまで
統一なされすぎているような気がややします。
そんな昭和55年の審査表の画像です。
未知の領域なので貴重ですよね。

画像を見てわかることがいくつか。
当時は現在の過半数方式(ほぼ新増沢方式)ではなく、
点数換算方式という方式でした。
恐らく、Hがほぼ優勝校の秋田南中だと思いますが、
13名の審査員中、5名の審査員が1位につけています。
ただ、9校中8位につけた審査員も最低でも2名います。
そして、Gの学校に1位をつけた審査員もいれば、
Gの学校に最下位をつけた審査員もいるのです。
これが合唱の面白いところであり、奥深さですね。
全国に出る学校はある程度基礎力があるので、
あとはどれだけ多くの審査員から共感を得るか、
そこにかかっているのだと思います。
その共感を得るのが技術なのか、表現なのか、
歌声の音色なのか、合唱は難しいですね。
合唱好きが集まるブログはここ
にほんブログ村