神社ではありませんが、案内板があったので行ってみます![]()
近くには墓所と伝わる所もあります。
①鷺の巣俊寛の伏所

えっ…伏せ所なかったよ?
ロープまで使って降りてきたのに
仕方ないので戻ります

↑あっ、あったあった
もう(道)わかんないよ(笑)
奥に水の流れが確認できます。案内板にあった前の川かな?
俊寛の伏せ所は治承1年(1177)。
前々回の神社と同じ年です。
二
七
七
と思い込んでしまいそう記述し、ご迷惑をおかけしました
クレームは来てないけど
漢数字ってわかりにくいよ

↑その奥には…

↑こんな岩がありました。
②唐船岳の金刀比羅神社
こちら何度も通った事があり、気になっていた登り口。
〈長崎市 伊王島町〉

気になったら行かなきゃいけないんだな〜わたしは

↑1の鳥居
…そして扁額(神社の扁額は神額というようですが、扁額の方が知られているかなと思って扁額と書いています)は
コンピラ大権現です。
大権現と言えば、江戸時代までの神仏習合に対し、明治期に「神仏分離」しなさいと令が下りましたが、
そういえば今はもう憲法では信仰の自由があるから神仏習合しても決まり的には問題ないんですね。
実際どの神が、どの仏の仮の姿かという=本地垂迹などはもう逆に難しくて多くの人は気にしないしわからないと思いますが
(それに詳しい人は除く)
神社に仏像があるとか大権現という名称を使うなどの簡単な事は、もう神仏習合のなごりだけじゃなく、単なる(習合時代の習慣を汲む)現代事情なんじゃないかなと思えます。
(※考えを的確に文章に出来ていないかも)

↑鳥居は天保9年2月。
柱の根元は左右とも三方向から石柱で支えられていました。
もしかして柵だった石柱の方を活かすためかも?という雰囲気もありました。

↑こんな所を進みます♪

↑三角点かな?と敷地境界標のようなもの。

↑わたしは薮写真家でも目指すのかな(笑)
元は道だったという薮のね




↑色々と文字情報があります。
左下の『三山石材店』って今も銀屋町にあるとネットで出てくるのですが


↑ほこらには仏像2体も付随していました。
下山します






