今回は長崎市中川の
中川八幡神社です
何の言い訳になるか解りませんが、神社目的で出掛けたのではなく、九割がた他の用事で移動中の途中下車です
前も少し書きましたが中川八幡は「長崎五社」の1つです☆
他には
諏訪
松森
伊勢宮
そして水神…の四社です
四社はすでに訪問済みで、ブログにもしています
(過去のブログは未熟感がありますが
)

↑入り口に、のんびり可愛く日なたぼっこしている猫さん
いつもいるのかな
動物がいてくれるのって良いな

↑一の鳥居です

↑中川八幡神社は
1647年に晧台寺(寺町)の敷地に創建。
1789年にこの地(中川)へ移転とあります。
※晧台寺(こうたいじ)は長崎五(三)大寺の1つです。
他に
本蓮寺
大音寺
さらに光永寺
大光寺
…を加えて五大寺になります

↑中川八幡でまず目を引くのがこちらのレンガ塀
基本「イギリス積み」です☆
手前の端の方が、少し変則的ですが…(かどや塀の長さの関係で変則的になることがあるようです。)
一段に「長い面(長手)」だけが見えるように交互に積まれ、その次の段に「小口の面」だけが見えるように積まれます。
他の積みかたに、同じ段に「長手+小口」が交互に見えるように並べ積み重ねるのがフランス(フランドル)積み。
「小口」の面だけで積み重ねるのがドイツ(小口)積み。
「長手」の面だけで積み重ねるのが「長手積み」
ですがレンガの積みかたもいろいろと複雑なようで
ちなみに街中にはレンガ風タイルが多く、それはあくまで装飾なので、気にしていません

↑二の鳥居です
扁額の字の太かね~
追記:「八」の字がなんと鳩の形。
ついでに長崎市の鳥も鳩になりました!

↑中川八幡神社は
1646年
筑後町の聖福寺※に創建されたとあります。
1748年にこの地へ移転とあります。
先程の由緒書きと、年代や場所が違いますね~…
はじめに言われていた説と、新たに解明された事実(説?)でしょうか?
※聖福寺とは四福寺(黄檗宗のお寺)の1つです。
他の3つは
崇福寺
福済寺
興福寺(日本初の唐寺。昨年のブログに隠元さんが「初登宝地」の扁額を残したと書きました(^^))
があります。
他に少し離れた、滝の観音の霊源院も黄檗宗だそうです(^^)

中川八幡からは少し離れますが
右が出島のこちらの道路、なんと長崎電気軌道のレールの上を自動車が走れまーす
後ろから路面電車が来たら、さながらバック・トゥ・ザ・フューチャー気分…









