今、イスラム教とユダヤ教の戦いがアラビア半島で起こっていますが、宗教ほど芸術の美を追求したものはあるだろうか? イスラムは偶像崇拝ではなく、アラーの神が唯一絶対の創造主であり形、姿が無いもの。逆に仏教もキリスト教も偶像を崇拝することで、心の拠り所。従って、バーミアンの石仏のダイナマイト爆発もイスラムの偶像崇拝禁止から来るものです。

 

日本は仏教です。貴重な仏像が沢山ありますが、昨今、凶暴なイスラム系の人たちが入って来ていますが、偶像崇拝禁止の輩がバーミヤンの石仏みたいに木端微塵に潰さないか心配です。

 

以下は静嘉堂の素晴らしい仏像の面々です。

 

 

 

 

 

十一面観音菩薩坐像・春日厨子 鎌倉時代 13世紀末~14世紀

 

 

 

騎獅子文殊菩薩像 南北朝~室町時代 14世紀~15世紀

 

 

毘沙門天立像・朱漆塗厨子 江戸時代 17世紀~18世紀

 

兜跋毘沙門天立像 平安時代 10世紀末~11世紀

 

観世音菩薩立像 北魏時代 521年

 

重要文化財「広目天眷属立像」康円作 鎌倉時代 1267年

 

 

今回の展示は前期後期に分かれていて、私は後期の展示を見学出来ました。 恐らく、前期の方が曜変天目も見れて良かったかな?って思った次第です。

以下の人物模型を「俑(よう)」と言われていて、墳墓に死者を守るために、一緒に副葬されました。時の権力者も死と孤独には敵わなかったでしょう。その中でも秦始皇帝陵の「兵馬俑」は最たるもので、以下のような傭が各時代・各地域に応じて沢山の種類の俑が作られました。傭は当時の人たちの風物詩を悟るに重要な資料となります。

 

守護神の意味では豪快な出で立ちと人相であり、また、甲冑の豊かな装飾から、死者が相当の権力者だったことが分かります。

 

唐三彩は2度焼きされます。1回目は素焼きで1,000~1,100度で焼成。2回目は「低温鉛釉陶器」と言われていて、釉薬を溶かすために800度前後の低火度で再度焼成するのが最大の特徴です。この低温焼成により、緑・白・黄(褐色)・青の鮮やかな色が溶け合い、特有の美しい質感が生まれます。

 

顔には色彩は施さないのが一般的です。何故なら800度と言えども高温で、釉薬が流れると、昔のテレビ番組でベストテンに出演していたアン・ルイスが泣いちゃてマスカラが溶けて流れ出で顔が悲惨なことになるからです。

 

最後の加彩官人は、北魏の宮廷で仕えた人の模造です。 これが参考にされ、現代の時代劇に反映されています。

 

静嘉堂の唐三彩の傭、どれも素晴らしいコレクションでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京国立博物館で表題の特別企画展が実施されていました。

 

いつものように個人的に惹かれたものをアップして行こうと思います。

 

 

高麗時代の観音菩薩坐像と以下は、仏像内に収められていた経文、仏具です。

 

 

 

 

 

高麗時代は仏教が栄えましたが、李氏朝鮮時代の時は儒教が国教とされ仏教は弾圧された歴史があります。 弾圧=排斥となることから、高麗時代の仏像がこれほど綺麗に残っていることは偶然としか言えないのです。

 

青銅浄瓶 

 

仏事を始める際、手を洗うために使われたものだと言われています。

 

銅製銀象嵌香炉

 

銀製鍍金托盞

 

この器形は青磁(次に写真)にもあり、寺院で使われていたそうです。 仏教にはお茶の文化があり、高麗時代の遺物であることが分かる逸品です。

 

そこで歴史観を良く理解出来るように、以下、高麗青磁の歴史的変遷を纏めて見ました。

  1. 誕生と成長(10世紀〜11世紀)
    • 中国・五代〜宋(呉越の越州窯や耀州窯)の技術を継承。
    • 当初は青灰色の釉薬を用いたが、次第に独自技術へ発展。
  2. 全盛期(12世紀前半〜中頃)
    • 「翡色(ひしょく)青磁」の完成:翡翠(ヒスイ)のような深く澄んだ青緑色。中国でも「天下第一」と評価された。
    • 象嵌(ぞうがん)技法の確立:素地に溝を彫り、白土や赤土を埋め込む独自の技術が全盛を極めた。
    • 全羅南道・康津(カンジン)や北道・扶安(プアン)が主要な生産地。
  3. 変容と衰退(13世紀〜14世紀後半)
    • モンゴル(元)の支配下や倭寇の影響で、技術的にやや簡略化される。
    • 14世紀後半には、より堅牢で実用的な「粉青沙器(ふんせいさき)」へと姿を変えた。

 

以上を踏まえて、以下のアイテムを見ていくと、時代が追えるのではないかと思います。

 

青磁碗・托 11世紀~12世紀

 

青磁牡丹唐草紋唾壷 12世紀

 

唾壷は中国の汚文化で、文字通り痰を吐く為の壷ですが、高麗ではお茶を捨てる為に使われたとされています。

 

青磁象嵌蒲柳水禽文龍首水注  13世紀~14世紀

 

高麗青磁の衰えの時期とは言え、注ぎ口、持ちてのデコレーションが素晴らしいです。私も思わず見入りました。



青磁象嵌山水人物文扁壷  13世紀~14世紀

 

表の絵柄より、サイドの絵柄が美しく感じました。

 

 

韓国の国立中央博物館に行きたくなって来ましたが、例え韓国でも円安が旅路を阻みます。しかもこれから原油高騰で切符代も上がるでしょうし、日本の前途はいつも多難です。

JALからの注意喚起のメールを失念していた私も悪いのですが、羽田空港第1ターミナルにある北のサクララウンジがリノベーション中で使用が不可。その代わり南のサクララウンジに行くか、電子ミールクーポンをもらうかの2択の案内がありました。

 

以下のJALのメッセージです。

 

 

 

南のサクララウンジは10番ゲート、関西空港行は21番ゲートです。 

 

AIで距離を調べると

 

羽田空港第1ターミナルのゲート10番から21番までは、直線距離でおよそ 800メートル〜900メートル ほど離れています。

  • 移動の目安:
    • 徒歩: 約10分〜15分(個人差や荷物の状況によります)

 

 

1キロ弱、10分~15分、これって年配の方、身障者の方にとって大丈夫なんだろうか? ラウンジが使えない場合は、電子ミールクーポンを出すって言う補償も、お金で処理されてる感は否めないでしょうね。また、高齢者が上手に電子ミールクーポンが使えるのだろうか? 

 

そもそも日本航空は古来より、トラブルは何でもお金で処理するって言う社風があり、その積もり積もった無駄使いで会社更生法の適応を受けることになりました。結果、多額の税金が拠出され社会問題になりました。 この一件で社風と言うのは中々、消せないことが解ります。

 

私はいつも空港には出発の2時間前に行ってラウンジでゆっくりしてから飛行機に乗ることにしているのですが、北の保安検査場から南のサクララウンジ、サクララウンジからゲート21番と往復2キロは疲れました。移動中に思ったのですが、これで遅れてゲートにShow-UPして飛行機が遅延したら、もしくは飛行機が出発してしまったら、これって責任は旅客? JAL? 

 

話は変わりますが、昨日の関空便の窓の汚いこと! 前後の席の窓を見たんですが、油でギトギトで雑巾で拭いた横線の跡がガラスに残っていました。横線は外側のガラスだったので、拭くことが出来ませんでした。

 

 
従って、離陸の画像もモヤモヤとしています。 
 
最後に毎度、定刻に関空に到着できないJAL229便です。 
いつも遅延するのと、偶にゲートが変更になることがあるので、ラウンジを出る際に出発時間とゲート番号を確認することにしています。 今回は定刻の出発、ゲート番号の変更無しと、「えらい、珍しいやん!」って疑心暗鬼になりながら、飛行機に搭乗したら案の定、荷物の搬送で遅延のアナウンスでした。 結局20分ぐらい遅れての羽田を出発しました。
 
関空の場合、帰路は南海電車に乗ることになります。この遅延でいつも乗っている急行を逃し、23時のラピートに乗る羽目になりました。
 
それとこれは日本航空のFaultではないのですが、これまで国内線の到着は2階で、そのまま電車へのアクセスが良かったのです。ところが1階の北の出口からになり、電車の駅からめちゃめちゃ離れました。これも電車を逸した原因です。
 
折角、良い旅をして来たのに、JALのせいで嫌な思いで終わったのはちょっと残念です。JALの傲慢は昔からですが、JALは必ず、消費者はJALに乗る。「だってマイル漬けにして逃げられないもん!」って思っているからだと思います。
 

海外と違って、楽しいひと時はあっという間に終わってしまいます。本日最終日です。

 

 

日曜日の東横インの朝食のメニューからカレーが無くなりました。ローコストでいいサービスをするって言うのは大変なことですが、東横インの朝食の売りって言うかブランドにもなっていたカレーがなくなるのは、寂しいですね。

 

今日は大変な行程でした。実際、20,000歩も歩きました。

 

最初は馴染みの骨董市、富岡天満宮です。

 

 

 

今朝、風が強かったので、あちらこちらでモノが倒れる音がしていました。骨董にとって風は禁物です。割れ物は一気にゴミ屑になりかねませんからね。私はお金が飛んで来ないか期待していたのですが、八幡宮の神様のご加護は無かったようです(笑)

 

 

私の古い友人(コードネーム、プラワティサートさん)が露天商をしています。昔、彼とはタイ、韓国へと良く旅をしたものです。って言う韓国を除いていつも現地集合ですが!(笑) 彼のお店には色んな面白いものがいっぱいあります。趣向が合えば、お手頃価格で売ってくれはるんが彼の良いとこです。って言うか、相場を知っているもの同士、阿吽の呼吸で商談が纏まります。因み彼も東南アジア骨董ハンター会の一員です。

 

彼のお店は、境内のトイレの近くまで行かれると、アジア物、和物が乱立しているので直ぐに場所が分かると思います。もしお近くにお越しの際は、是非、彼のお店を覗いてみてください。

 

本日、プラワティサートさんから2体のタイのラタコーシン初期の仏様を譲っていただきました。

 

次は新宿下落合の氷川神社の骨董市です。

 

 

 

こちらは目白コレクションの小型版って言うとこでしょうか? 中々、マニアックなアイテムが売られています。壊れていても価値観が個々によって違う世界。そんな空間を醸し出している骨董市です。

私のような直し、陶片はガラクタって思っている人にはちょっと馴染めないかもですが、今日はお顔の良い如意輪観音様を拝見できました。江戸後期の仏様らしく、良いお値段も付いていました。露天商さんは、今月末、京都大骨董祭に出店されるそうなので、その時にお会いすることにしました。

 

 

 

東京国立博物館の前の公園でもこのピンクの花を見ました。

 

 

一時間ぐらい品定めをし、特にこれって言うものも無く、永青美術館へ向かいました。

 

富岡から氷川神社までは東西線で一本で来れます。そして、永青美術館の最寄り駅の早稲田も一本で来れますが、

 

 

駅に着いてから14分の徒歩+この急な階段が待っています。

 

 

 

こちらもアジアの特集をされていました。と言っても仏様ばっかりで内容的には、こちらのコレクションを見るなら、松岡美術館のコレクションの方が勝るのではないかと思いました。 あくまでも私の主観ですけどね。

 

こちらは写真撮影は不可。と言っても写真を撮りたいって言う被写体も無く、一時間で切り上げて、石洞美術館へ向かうのでした。

 

その前にお腹が減ったので、早稲田の安中華屋さんでランチをしました。以前、食べて美味しかったのと、他のお店を探す時間もなかったので、一択となりました。 しかし、私、大失敗をしました。

 

 

 

胡瓜が入っているです! 私のウリ系全滅の人で、胡瓜は最大の敵です! 致し方なく、きゅうりを避けていただきました。しかし、鶏肉は美味しかったです。

 

 

お口直しに杏仁豆腐がサービスしてくれます。

 

 

地下鉄、早稲田駅の真上です。 因みにランチセットは990円と学生と骨董貧乏の味方です(笑)

 

さて、石洞美術館です。

 

 

 

ここはちょっと馴染み易い美術館で、良いものは中小企業の社長パワーで購入されたんやと思うのですが、普通のコレクション・アイテムだと我々にも入手可能と思わせるアイテム、もしくは、「これ、持ってる」って思えるコレクションに出会えます。

 

こちらも写真撮影は不可。以前、発刊された図録を買おうと思ったのですが、昔の図録で写真のクオリティがイマイチだったことから敬遠しました。

 

時間が少し余ったので、東京国立博物館へ再訪し、その後、羽田空港へ向かいました。

 

 

 

 

羽田空港で、近い位階にフードコートみたいなところがありましたが、これが偉い値段の高いフードコートで、この天ザルが1,680円もしました。しかし、良い値段しているだけあって美味しかったです。エビが4匹入っていて、青のりで天ぷらされていて、ええ感じでした。

 

今、サクララウンジでブログをアップしているのですが、JALの北のサクララウンジが工事中で、今、南のラウンジにいます。10ゲートから21番ゲート、搭乗まで結構歩かされそうです。。。。。

 

それではこれからゲートに向かいます。

泊まりはいつも東横インですが、東横インでも馬喰町のホテルが良いんですが、今回は最後まで待っても予約が取れず、近くの日本橋税務署前の東横インの宿泊となりました。

 

WIFIがかなり改善されていました。ネット検索がスイスイ出来るようになりました。ブログのアップの時間待ちも無しです。

 

 

朝食ですが、好き嫌いの多い私には良いのですが、内容的には減っていく傾向のようです。昔の記事を思い返しても、明らかでした。明日は日曜です。カレーは出るのだろうか? 東横インのカレースープはイマイチです。カレーはルーがドロドロしたのが良いですね!?

 

さてホテルを8時半に出発! 先ずは有楽町の大江戸骨董市に向かいました。

 

 

中国人は見かけませんでしたが、相変わらずの大盛況。欧米からの外人さんが多かったです。露天商のオネーサンが言葉が出来なく困ってはったんで、通役をしてあげました。 外人さんって、意外性のあるものを買います。井戸で使われていた滑車を買ってはったんです。何に使いはるんでしょうね?! 外人、恐るべし(笑)

 

 

こちらは東南アジア骨董ハンター会のTさん(左)とEさん(右)です。Tさんは東南アジアの古裂のエキスパートで骨董雑誌の「小さな蕾」でも紹介された強者です。Eさんはコイン、鉄モノのエキスパートです。 沢山のお客さんが来られていました。 祈商売繁盛。

 

良いものがあるにはあったのですが、「コレ!」って言うものが無く戦果ゼロ! 

 

負け犬は、静嘉堂文庫美術館へ向かいました。

 

 

お目当ては、静嘉堂の唐三彩です。最近、写真が撮れるようなってから、ホンマ、勉強させてもらってます! 今回もじっくり丁寧に、写真を撮りながら拝見させてもらいました。迫力のある唐三彩の像は圧巻でした。絵や書はチンプンカンプンですが、法華経の経文は凄い! ワープロの無い時代にあれだけの均整のとれた文字を書くとは、昔の人の筆捌きに感服です。 詳しくは別のスレッドで記事をアップします。

 

さてランチは、美術館のビルの地下一階にある土佐料理「祢保希(ねぼけ)」で

 

 

 

鰹のたたき定食(1,500円)をいただきました。肉厚で食べ応え満点でした。付け合わせに鰹のガーリック・フレークが付いていて、これがめっちゃ美味しかったので、お土産に買っちゃいました。

 

 

 

 

 

店内は和物の陶磁器が飾られていました。

 

 

いつもはランチ難民になるのが常ですが、今回は美味しいお店に出会えてラッキーでした。灯台もと暗しとはこう言うことを言うんでしょうね!?(笑)

 

ランチを済ません、白銀台の松岡美術館へ向かいます。

 

 

こちらでも唐三彩でした。東京は今、唐三彩で大賑わいです(笑) こちらの唐三彩も顔圧の強いものが多く、メチャクチャ惹かれました。 こちらも別スレッドの記事アップになります。 唐三彩がいっぱいで 多分、お腹いっぱいになるかも。

 

 

 

 

 

こちらでも雛壇が飾られていました。昔、我が家にも雛人形がありましたが、いつしか、倉庫に置きっ放しになっちゃいました。そして、処分! 勿体無いですね。

 

松岡美術館には閉館の17時までいました。 本当はこの後、もう一回、東京国立博物館に行こうと思っていたのですが、流石に疲れちゃいまして、ギブアップしちゃいました。明日は早朝から富岡八幡宮の骨董市に行くので、ホテルでゆっくりすることにしました。

 

となると晩御飯は、「東京はるまき」です。

 

 

 

お一人様晩御飯はホテルで食べるのが一番、気が楽です。しかもホテルだと食後にコーヒーが無料でもらえます。最近、アンケートの要望で、東横インでは無料のコーヒーサービスが出来ました。これはメッチャありがたいです。

 

明日は、東京の東をぐるぐると周る予定です。

 

 

今朝、JALで江戸入りしました。



伊丹を離陸。

 

途中、雲が一面に空を覆っていたので富士山が見えるか心配しましたが、




見えました。しかも帽子を被っていました。



羽田に到着。

 

京急で一旦、蒲田で下車し、駅から道なりに商店街を抜けて、東急蒲田へ

 

今回の江戸の旅のスタートは蒲田からです。

 

 

江戸は時間が止まっています。こんな昭和の電車と出会すとは!

 

蒲田から多摩川、自由が丘を経て上野毛。一時間も乗って227円は激安です。東急、大丈夫???

 

 

最初の訪問は、五島美術館の中国陶芸展です。 

 

 

時代ごとに、且つ、窯ごとに展示されていてました。青磁は最高峰です。どれも一級品でした。中国古陶磁とは、こう言うものだって言う意気込みさえ感じさせられました。

 

写真撮影禁止は残念です。五島美術館は図録がイマイチなんです。今回の展示を図録にしはったら、めちゃくちゃ良い感じなんですけどね。

 

次は、中近東文化センターへ向きます。 

 

 

上野毛から一旦渋谷に出て、新宿経由、武蔵境、そこからバスで中近東文化センターと言う行程です。午前中は西東京を右往左往した感じでした。

 

 

 

武蔵境に13時ごろ到着し、時間が推していたのでケンタでQuick Lunchです。 しかし、バーガーもポテトも小さくなったモンです。

 

 

今回、出光美術館改装で館の逸品がここ中近東文化センターで臨時の展示の企画をされたのですが、今回が最後の展示となります。 「東洋のやきもの」と言われて中国、韓国古陶磁が主かと思いきや、しっかりとベトナム・タイの古陶磁が半分ぐらいあって大満足でした。 タイの古陶磁も、これ「本物?」って思うぐらい、いや、本物ですが(笑)、めちゃめちゃ綺麗なアイテムあり、良い勉強をさせてもらいました。

 

こちらも写真撮影は不可! 出光の図録があるので我慢、我慢! でも図録ではiPhoneの写真には敵わないんですよね。

 

中近東文化センターから一路、東京国立博物館へ向かいます。

 

 

東京国立博物館へ入る手前の公園の噴水界隈で、ピンクが散乱していました(笑) これ、何の花でしょうね?

 

 

 

今回、東博に韓国の国立中央博物館から秀品が来ていると言うことでしたので、行ってみました。ここは写真OKでしたので、改めての記事紹介をします。

 

 

東京国立博物館は金曜、土曜日は20時までの営業です。韓国の中央国立博物館の逸品を堪能して、東洋館の地下一階をパトロールしていたら、すっかり晩になっちゃっていました。

 

今日はJRの一日券を買っていたので、新橋で晩御飯を食べることにしました。



インスタでちょっと気になっていたお店で、「むさしや」って言います。ここの晩御飯が昭和風で良いって紹介されていたので、ちょっと奮発してハンバーグも付けて注文しました。




 

これで1,500円です。 ボリューム満点、しかも昭和風が良いじゃないですか! 現役時代に東京へ日参していると食べるところも決まっちゃうので、意外に東京飯は基本、不味いってバカにしていました。 と言うことで、東京での晩御飯リストに付け加えることにしました。

 

あとはホテルに行って、以上、初日は終了です。

以下の記事を先ずはご一読下さい。

 

 

そもそもの話ですが、国立博物館、それに準ずる機構に経営のスペシャリストがいるんでしょうか? 天下りの使えない官僚が責任者になって、学芸員も派閥、縁故が専らで、表向きそれらを払拭するように見せかけて採用を公開していても、裏では既に人選は決まっていて募集者はその当て馬に過ぎず、そんな組織で自己収入率100%が出来ると到底思えないです。

 

AIで関西の国立博物館を検索すると

 

関西の主要な国立博物館・美術館(独立行政法人国立美術館含む)は

  • 京都国立博物館 (京都市東山区): 平安〜江戸時代の京都ゆかりの文化財(考古、陶磁、絵画、染織など)を展示・保存。
  • 奈良国立博物館 (奈良市): 仏教・神道美術を中心に国宝や重要文化財を多数収蔵。特に正倉院展が有名。
  • 京都国立近代美術館(京都市左京区): 京都・西日本の美術に重点を置き、工芸全般や近代絵画を収集。
  • 国立国際美術館 (大阪市北区): 大阪中之島にある地下の美術館。現代美術を中心に国内外の作品を展示。
  • 国立民族学博物館 (大阪府吹田市): 通称「みんぱく」。世界各地の文化や民俗資料を展示。

京都、奈良の国立博物館は、仮に65%が適わない場合でも、国宝の保管倉庫の役割は大事かと思います。京都近代はあまり知らないんですが、国際美術と民俗学、この二つは、万民受けするような企画展をしたのって数えるくらいしか無いと思うので、統廃合しても良いかと思います。 

 

さて文化庁ですが、彼らが管轄下の機関の経営方針の云々を言う前に、文化庁は一体、博物館、美術館に何をして来たのだあろうか? 金を恩着せがましく博物館、美術館にサポートするか、国宝の選定、古墳の見回りぐらいとちゃいます? 不要論で言うなれば文化庁が不要で、文科省の一部門で対応すれば良いのではないかと思います。庁とすることこそ、税金の無駄使いだと思います。

 

昨今、エジプト大博物館が開館されました。 

日本が総額850億円を払ったそうですが、そんなお金があるんやったら、日本の博物館、美術館に十分な予算を付けてやったらええやん! って思いました。 国民が疲弊していて、海外にお金をばら撒くのはホンマ、やめようよ、高市早苗さん!

人の死は、どの時代でも死後の世界や魂の行くへに関心や恐怖が芽生えるものなんでしょうね?!

仏教が伝来した時、それまで自然崇拝しかなく死への恐怖しか無かったことから、心の拠り所が出来た時の民衆の歓喜は計り知れなかったことでしょう。 それから時代を経て、人は様々な着色を宗教に施して行きました。仏像は最たるもので、その着色が芸術となって行きました。

 

11時から学芸員さんの案内があり、そこで聞いたことを少し、ご紹介出来ればと思います。

 

木造金彩阿弥陀如来立像 鎌倉時代

 

左右対称がこの時代の阿弥陀さんの特徴で、鎌倉時代の快慶の作風がこの仏像に伝承されているそうです。

 

 


鍍金が剥がれていても、このお顔に惹かれました。

 

千体聖観音菩薩立像 (2体とも)

 

菩提樹蒔絵厨子

 

美術館は暗闇の中で上手く照明を配置されてはいるのですが、最近、加齢で目が悪くなったのか、こう言った細かいデコレーションを見るのが大変になりました。 iPhoneで写真を撮って、細かさを認識した次第です。

 

 

【重文】 埴製枕

棺の中に収められる遺体の頭を置く、枕になります。現世のお葬式は黒が基調になりますが、昔は赤い色であったことが面白いですね。

 

半月(上の写真)になっているのは、棺が割竹型になっていて、棺桶内で安定を保つために、埴が半月型になっているとのことです。

 

【重文】 普賢十羅殺女像

10人の女神は元々、悪鬼だったそうで菩薩に仕えるうちに神化したそうです。ぱっと見、17人が描かれているようですが、実際は20人が描かれています。



象の面に3人、見えますか?

 

法隆寺金堂天蓋付属天人像

 

刺繍阿弥陀三尊来迎図  鎌倉時代 13〜14世紀

 

人の髪の毛を使った刺繍なんだそうです。

 

 

当麻曼荼図   鎌倉時代 13〜14世紀

 

菩薩と阿弥陀の見分けですが、着飾っているのが菩薩さん、質素な趣が阿弥陀さんです。阿弥陀さんは、着飾らなくても後光で光っているからなんだそうです。

 

 

 

家内の還暦祝いのランチの前に、午前中は藤田美術館にいました。丁度、展示の入れ替えのタイミングで、藤田家伝世のお雛様を拝見することが出来ました。


蒔絵と言い、将棋の駒のような備品と言い、とても細かな装飾で、めちゃくちゃ惹かれました。私なんか、他の展示そっちのけで、見入ってしまいました。


通常、藤田の展示は3か月ごとに入れ替わるんですが、お雛様は3月だけの展示らしく、正に必見です。


以下、ペタペタと写真を貼って見ましたが、やはり、実物を見るに限ります。