リウム美術館の李朝白磁で、まず目に入ったのが、この5本爪の龍を描いた染付です。



朝鮮王朝の染付には、龍の文様がよく登場します。龍は王権や吉祥を象徴する特別な文様で、なかでも5本の爪を持つ龍は、王を象徴する文様として扱われました。龍の爪の本数によって身分を表すという話もあり、5本爪は王、4本爪は王族、3本爪はそれより下位の身分を表したとも言われています。5本爪の龍が王を象徴することを知って見ると、この染付の龍が単なる装飾ではなく、特別な意味を持った文様だったことが分かります。

 

そして、リウム美術館の染付を見ていると、面白いものがあります。


 

青い染付だけではなく、鉄絵を組み合わせた龍文です。

青と鉄の色が重なることで、龍の表情や輪郭にも違った力強さが生まれています。

 

一方で、同じ染付でも器形が変わると、ずいぶん印象が変わります。



こちらは土瓶のような形をした染付です。

龍文とはまた違った、実用器を思わせる器形と染付の組み合わせが面白いところです。



さらに、丸椅子もありました。

側面には植物の葉が透かし彫りが施されている面白い作品です。

 

そして最後は、龍ではなく草木を描いた鉄絵です。



青い染付から鉄絵へ。

こうして並べてみると、李朝白磁の表現が、青一色の世界だけではなく、鉄絵や浮き彫りなど、さまざまな技法を取り入れながら広がっていったことが感じられます。今回は、5本爪の龍から始まり、染付と鉄絵が混じった龍文、土瓶型の染付、植物を浮き彫りにした丸椅子型の器、そして鉄絵による草木文まで、リウム美術館で出会った李朝白磁をご紹介しました。

水滴は書の道具、ここで朝鮮半島の文字に対する歴史的なストーリーを理解しておく必要があると思います、

 

当時の朝鮮には、漢字とハングルがあります。世宗大王がハングルを作ったことは、よく知られています。1443年に創製され、1446年に『訓民正音』として公布されました。 私の好きな韓流ドラマで「大王世宗」でも『訓民正音』の発布のシーンは国王即位の時以上のイベントとして放映されていました。

 

朝鮮語は中国語とは異なる。何故なら文字の発音が2音ではなく3音から成り、朝鮮語の音を書き表すためには漢字では限界がありました。そこで、口の形を表した庶民が学びやすい新しい文字が作られました。それがハングルです。

 

ところが、ハングルができても漢字はなくなりませんでした。これは漢字を使う特権階級のステイタスにもなり、中々、貴族、両班に受け入れられることが難しかったのではないか? 或いは、「ハングルは情報漏洩を防ぐために作られた」とする説もありますが、あながち明との関係は今も同じで、有効な防衛策であったかと思うのです。

 

特権階級が使う書と言えば、そこには文房四宝(筆・墨・紙・硯)の一つ、水滴があります。 当時の貴族、両班は文房四宝を愛で、水滴は自慢のアイテム、蒐集アイテムになったと言われています。故に、沢山の水滴が李朝白磁の一つとして焼成されました。

 

リウム美術館には水滴のコーナーがあり、その当時の書の文化で如何に水滴が大事にされて来たかを垣間見ることができます。 以下の水滴の写真で、当時の書の優美をシェアーしたいと思います。

 






























粉青沙器とは?

国立中央博物館によると、粉青沙器は「粉粧灰青沙器」の略称です。

灰青色の素地に白土を施し、さまざまな技法で装飾した陶磁器で、高麗末期の象嵌青磁を源流としています。

年代は、主に朝鮮王朝の15~16世紀。

16世紀中頃まで盛んに作られ、その後、白磁の生産と消費が増えるにつれて、次第に姿を消していきました。

つまり、

 

高麗青磁の「青」
↓
白土を施した「粉青」
↓
朝鮮白磁の「白」

 

という流れを見ることができます。

粉青沙器は、しばしば高麗青磁から朝鮮白磁へ移っていく過程の陶磁器として説明されます。

しかし、単なる「過程」、「つなぎ」ではなく、高麗青磁から受け継いだ象嵌技法を発展させながら、印花、鉄絵、刷毛目など、朝鮮時代独自の多彩な表現を生み出しました。

どこで焼かれたのか?

粉青沙器は、朝鮮半島各地で生産されました。

 
 
 

15世紀前半には、磁器所139か所、陶器所185か所、合わせて324か所の生産地が記録されています。もっとも、これらすべてが粉青沙器の窯だったというわけではなく、生産地については議論もあります。

 

その中でも、日本の骨董の世界で特に知られているのが鶏龍山(けりょんさん)です。

以下の写真は、鶏龍山かどうかは定かでは無いですが、リウムに展示されていた類型です。

 

 

 

 

現在の忠清南道・公州市にある鶏龍山周辺には、15~16世紀に粉青沙器を焼いた窯が点在していました。

 

特に、白土を施した器に鉄絵で草花などを描いたものが知られ、日本ではこうした作品を窯場の名前から「鶏龍山」と呼んでいます。

 

以下は、私が13年前に鶏龍山へ行った時のブログ記事です。

 

 

王室でも使われたのか?

国立中央博物館には、「長興庫」の銘が入った粉青沙器が所蔵されています。長興庫は、宮中で使用する物資などを管理した官庁です。このように、粉青沙器には官庁名などの銘文を持つものがあり、国家の物資調達や貢納との関係がうかがえます。 次の写真は、リウムの年代が分かる粉青沙器です。

 

「三島」とは?

日本の骨董の世界では、粉青沙器を「三島」と呼ぶことがあります。

粉青沙器の中には、白土を施した器に象嵌や印花などで細かな文様を表したものがあります。

日本では、こうした粉青沙器を「三島」と呼び、さらに「刷毛目」「粉引」など、技法や表情によって呼び分けてきました。大阪市立東洋陶磁美術館も、日本では粉青沙器を俗に「三島」と総称する場合があると説明しています。

粉青沙器の技法

粉青沙器には、実にさまざまな技法があります。

  • 象嵌
  • 印花
  • 彫花
  • 剥地・掻落
  • 鉄絵
  • 刷毛目
  • 粉引

 

 

中でも重要なのが、象嵌と印花です。

象嵌は高麗青磁から受け継いだ技法。

印花は、文様を一つずつ彫るのではなく、判を押して文様を施すことで、より効率的に装飾できるようになった技法です。

つまり粉青沙器には、高麗青磁の伝統を受け継ぎながら、新しい時代に合わせて技法を変化させていった姿を見ることができます。

そして、白磁へ

粉青沙器が盛んに作られていた時代には、すでに白磁も作られていました。

その後、白磁の生産と消費が増えると、粉青沙器は16世紀中頃以降、次第に姿を消していきます。

一方、白磁は朝鮮王朝を通じて作られ続けました。

白く端正で節制された白磁は、儒教的な理想社会を目指した朝鮮王朝の思想や士大夫の生活とも結びつき、やがて朝鮮陶磁の中心になっていきます。

高麗青磁から受け継いだ技術をもとに、朝鮮前期に大きく花開いた粉青沙器。

そして、その先に白磁の時代がやってきました。

 

 

 

 

前回は、リウム美術館で展示されていた小型の高麗青磁をご紹介しました。

今回は、もう少し大きな作品を見ていきます。

ここでは、高麗初期の青磁から、象嵌青磁まで、いくつかの作品をご紹介します。

【高麗初期の青磁】

まずは、高麗初期の青磁です。

 

 

 

 

 

 

 

 

小型の作品とはまた違い、器そのものの大きさや形を見ることができます。

 

そして、こんなものも展示されていました。

 

 

青磁というと、器を思い浮かべますが、瓦もあります。

こうした作品を見ると、高麗時代の青磁が、さまざまな用途に使われていたことが分かります。

【高麗中期~後期の象嵌青磁】

そして、今回特に印象に残ったのが、象嵌青磁です。

 

 

 

 

 

 

 

高麗中期から後期にかけて発展した象嵌青磁。

白や黒の文様が青磁の釉面に加わることで、また違った表情を見せます。

 

小型の青磁から始まり、高麗初期の作品、青磁の瓦、そして象嵌青磁へ。

こうして実際の作品を並べて見ると、高麗青磁の展開が一つの展示の中で感じられます。

次回は、高麗青磁から時代が変わり、粉青沙器をご紹介します。

リウム美術館のM1、古美術の展示で、まず目に留まったのが高麗青磁です。

 

ここでは、小型の青磁を中心に、一点一点を独立したケースに入れて展示しています。

展示室は少し暗く、その中で作品だけに照明が当てられています。

すると、青磁がまるで宙に浮いているように見える。

高麗青磁の美しい翡色が、より際立って見えます。

 

 

この展示を見ていると、リウム美術館が所蔵品を大切に扱っていることが伝わってきます。

そして、これには興味深い逸話があります。

防弾ガラスのショーケース

サムスンの創業者、李秉喆氏は、優れた韓国古美術の収集家として知られていました。

特に貴重な青磁を大切にしていたそうです。

その青磁を守るため、かつて防弾ガラスを使った特注のショーケースまで用意したという逸話があります。

その厚さは30ミリだったとも伝えられています。

それだけ大切にされた青磁。

そんな話を知ってから展示を見ると、こうした一つ一つの作品にも、また違った思いで目が向きます。

では、ここから小型の青磁をいくつかご紹介します。

小さな青磁の魅力

まずは、小さな青磁陰刻碗です。

 

 

小さな器ですが、釉薬の色合いがとても美しい。

光を受けることで、陰刻が浮かび上がります。

 

続いて、酒盃です。

 

 

小さな器だからこそ、形の美しさや、釉薬の微妙な色合いがよく分かります。

 

その他、「これ!」って思ったもの4選です。

 

 

 

 

 

 

リウム美術館では、このような小型の青磁が一つ一つ丁寧に展示されています。

作品そのものの美しさはもちろんですが、その美しさを最大限に引き出す展示方法も印象に残りました。

 

次回は、もう少し大きな高麗青磁をご紹介します。

先日来の訪韓記に戻ります。

ソウルの梨泰院(イテウォン)に、サムスンがサポートしている美術館、リウム美術館があります。

今回、2回目の訪問です。

前回は40歳代の時でしたが、今回は還暦を迎えての訪問。

歳を取ると、やはり移動は無理をしない方がいいですね。

今回はそのあたりも含めて、まずはリウム美術館のあらましをご紹介します。

まずは予約

リウム美術館は、予約してから行くことをおすすめします。

 

 

Googleから下記のURLに入り、日本語変換させると上記の画面が出ますので、右端を選択して下部の「予約する」のボタンをクイックし、あとは順番に進めばOKです。古美術の拝観だけなら、無料です。 

 

 

予約なしでも当日の受付は可能ですが、その場合は受付に並ぶことになり、結構時間がかかります。

せっかくソウルまで来て、美術館の入口で時間を使うのはもったいない。

私は今回、事前に予約してから訪れました。

東大門からリウム美術館へ

今回の宿泊先は、東横INNソウル東大門。

リウム美術館へ行く方法はいくつかあります。

私は朝に光熙門を見たかったので、

  • 東横INNソウル東大門から新堂駅まで歩く
  • 地下鉄で漢江鎮駅へ
  • 漢江鎮駅からリウム美術館まで歩く

というルートにしました。

漢江鎮駅からリウム美術館までは5分と観光案内には書かれていますが、私の場合で約15分。

距離そのものは大したことありませんが、坂道があります。

これが、結構きつい。

若い時なら何ともなかったかもしれませんが、還暦を迎えた今は、ちょっとえらかったです。

 

そこで、これからリウム美術館へ行かれる方、特に年齢を重ねた方には、私はタクシーをおすすめします。

ソウルの一般タクシーは、昼間の初乗りが**4,800ウォン(1.6kmまで)**です。

東大門周辺からリウム美術館までは、それほど遠くありません。

道路の混雑状況にもよりますが、10分前後、料金は1万ウォン前後が目安です。

日本でタクシーに10分ほど乗れば、3,000円前後かかることもあります。

それを考えると、ソウルではタクシーをかなり利用しやすいと思います。

地下鉄で行けば安く済みますが、漢江鎮駅からは坂道を歩くことになります。

だったら、タクシーで美術館の近くまで行ってしまう。

その分、浮いた体力を展示を見るために使った方がいいと思います。

今回、私は光熙門を見たかったので地下鉄を利用しましたが、次に行くなら私はタクシーを使います。

リウム美術館とは

リウム美術館は、韓国の古美術から現代美術まで、幅広い作品を見ることができる美術館です。

館内は大きく、

  • M1 古美術
  • M2 現代美術
  • 教育文化センター

という構成になっています。

建物は、マリオ・ボッタ、ジャン・ヌーヴェル、レム・コールハースという3人の建築家が手がけています。 

 

博物館の入り口

 

レセプション

 

古美術の建物の出口

 

 

内装のデコレーションですが、奇抜です。

 

そしてとにかく展示が多い美術館です。

今回、私が特に見たかったのは韓国の古美術。

次回から、私が見てきた作品をご紹介します。

  • 高麗青磁① 小型の青磁
  • 高麗青磁② 大型の青磁
  • 李朝白磁① 水滴
  • 李朝白磁② 染付

まずは、高麗青磁からです。

 

 

朝から京都の弘法市に来ています。

最近の弘法市はダメダメなのは想定内。

本日も一巡しましたが…… 想定通りでした(笑)。

 

 

 

 

そんな中、久しぶりに鷺がいました!

しかし、ホンマ、人相が最悪です(笑)。

こいつ、めちゃくちゃ獰猛で、ネズミなどは頭をひと刺しで射止めます。

見た目は優雅ですが、なかなかのハンターです。

 

 

一巡の途中、ミャンマーのラッカー細工を発見!

上下で年代が違うようですが、下段のものはかなり古いものと見ました。

こういうものを見ると、やはり足が止まります。

しかし、こんなデカいものを買って帰ったら、家庭内不和の元です(笑)。

今回は写真だけ、こっそり撮らせてもらいました。

 

 

 

今日は弘法市よりも、太秦の広隆寺に御用がありました。

 

 

広隆寺と言えば、半跏思惟像。

韓国で半跏思惟像を拝観し、昨日は四天王寺、そして今日は広隆寺。

今回の旅では、三か所で半跏思惟像を拝観することになりました。

 

 

写真は、ネット上から拝借!

広隆寺の半跏思惟像は、写真撮影がスーパー御法度です。

館内は暗闇で、僅かな光源で半跏思惟像が照明されています。

従って、まず目が暗闇に慣れる必要があります。

私は他にも素晴らしい仏像が数多く祀られていたので、ゆっくり拝観しました。

そして最後に、半跏思惟像を30分くらい、にらめっこしてました。

半跏思惟像は、正面より右から斜めに見るのが良いです。

これは実際に見てみると、よく分かります。

 

霊宝殿の拝観料が1,000円もします。

昔、朱印を貰ったことがありますが、こちらの朱印はスタンプだけ。

手書き無しで朱印帳にスタンプが押される、ちょっと味気ない朱印です。

とはいえ、半跏思惟像を拝見し、本日の任務は終了!

 

前回は嵐山に向かって、えらい目に遭ったので、今日は来た道を戻り、嵐電で四条大宮へ向かいました。

丁度、昼時で中華料理に飛び込みました。  お店は「火楓源」って言います。

 

 

 

ピリ辛のチキン炒めを注文しました。

見た目、辛そうに見えますが、それ程辛くはありません。

むしろ山椒の香りが強く、なかなか好みの味でした。

これで980円。

このご時世では、なかなかのコストパフォーマンスでした。

 

 

ランチを済ませて、阪急で帰阪することにしました。

只今、JRは遅延!

JR京都線って、何事も無い日って無いです(笑)。

今日は往路を京阪・近鉄、帰路は阪急にして正解でした。

弘法市は想定通りでしたが、鷺を見て、ミャンマーのラッカー細工を見つけ、そして最後は広隆寺の半跏思惟像。

結果的には、なかなか濃い京都訪問となりました。

鱗雲に五重塔!

「秋が来たなぁ」と思ったのですが……

11時ごろには、すっかり残暑でした(笑)。

 

いつもは毎月21日・22日が骨董市ですが、お彼岸の時期は20日からスタートします。

 

 

四天王寺と言えば、こちらのお赤飯!

遠くの方にいても、お赤飯の良い香りが漂ってきます。

 

 

 

久しぶりにお赤飯を買おうかと思ったのですが、今日はあまりの行列に敬遠しました。

そして、今日の戦果。

小さな鳥型のOpium Weightがありました。

ちょっと心が動いたのですが、明日は東寺の弘法さん。

今日は敬遠しておきました。

 

 

そして、今日ちょっと懐かしかったもの。

オープンリール式テープレコーダーです。

皆さん、ご存知ですか?

CDが登場する前はカセットテープ。

そして、その前にあったのが、このオープンリール式テープレコーダーです。

1960年代には、家庭でも使われていた懐かしい機械です。

ということは……

これ、私と同じ歳なんです!

今日、このオープンリールを見た人は、皆さん口々に

「懐かし~~~い!」

と叫んでいました。

もちろん、私も同じです。

今はもう無くなってしまった実家にあったレコーダーを思い出しました。

骨董市というのは、古い物を探す場所だけではなく、

こうして、昔の記憶まで呼び起こしてくれる場所なのかもしれません。

理不尽な落札者を公開処刑にします(笑)

 
このお皿をヤフオクに出品していました。
 

 

8月30日に入札がありました。

ところが、その後、落札者によって不可解な操作が、9月5日に3回も行われています。

 

そして9月6日に落札。

9月8日には、落札者から送り先の住所が送られてきました。

そこで私は商品を梱包し、9月9日に60サイズ・東京行きの送料990円をシステムに入力して、落札者にも知らせました。

 

Yahoo!かんたん決済の支払い期限は9月11日。

ところが、期限になっても落札者から一切入金がありません。

ちなみに9月11日の朝には、私からも「本日が支払い期限です」と注意喚起のメッセージを送っています。

それでも支払いはされませんでした。

そこで、9月12日に落札を取り消しました。

 

 

 

この落札者、私が今回「非常に悪い」の評価を付けたことで、現在は「悪い」の評価が9件になっています。

つまり、今回を除いても、過去に8件の「悪い」評価が付いていたことになります。

 

私からも「非常に悪い」の評価を付け、上記のように厳しいコメントを残しました。

さらに、Yahoo!のカスタマーサービスにも今回の件を報告し、落札後に支払いを行わない行為について、厳重な注意をしてほしいと要望しました。

その回答がこちらです。

 

Yahoo!側の回答では、今回の取引によって出品者に不要なコストが発生することはない、ということでした。

確かに、金銭的な直接損失は発生していません。

しかし、出品者にとって本当に問題なのは、そこだけではありません。

商品が落札されれば、その期間は他の購入希望者に販売することができません。

今回も、落札者から支払いがされることを前提に商品を梱包し、発送準備までしています。

それにもかかわらず、最後に支払いがされず、取引が成立しない。

これは出品者にとって、少なくとも販売機会を失うという意味での機会損失ではないでしょうか。

最後にご紹介するのは、ラタナコーシン朝です。

 

1782年に成立したラタナコーシン朝は、現在のタイ王室へと続く時代です。

 

ラタナコーシン朝の仏像については、以前の記事で詳しくご紹介しましたので、

 

 

 

 

 

まずは「Amazing Thailand」で展示されていた仏像をご紹介します。

 

 

 

 

 

以前、日本で見ていたラタナコーシンの質の高い仏像を、今回は韓国・ソウルで見ることができました。

以前の記事はこちらから。

Amazing Thailandを見終えて

今回の「Amazing Thailand」では、タイの長い歴史を、仏像だけでなく、陶磁器や金工など、さまざまな作品を通して見ることができました。

 

私自身、タイの古陶磁を長年見てきましたので、どうしても陶磁器に目が行きます。それでも今回、タワー期から始まり、ハリプンチャイ、シュリーヴィジャヤ、スコータイ、ランナー、ランチャーン、アユタヤ、そしてラタナコーシンまで、さまざまな時代の美術をまとめて見ることで、改めてタイ文化の奥深さを感じました。しかも、その作品の多くはタイ各地の博物館から集められたものです。普段なら、それぞれの土地まで足を運ばなければ見ることのできない作品を、今回は韓国・ソウルで一度に見ることができました。

 

「Amazing Thailand」――

まさに、タイの長い歴史と多彩な文化を、ソウルで駆け足ながら見ることができた展覧会でした。