渡辺繁一のブログ -9ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

当たり前といえば、当たり前のことかもしれないが、掃除をするのは

周りが綺麗になるため、ホコリなどを取り除くことだ。
それで、自分や周りの人が住み、生活する環境が豊かになる、そのために、掃除をする。

おうおうにして、「掃除は面倒なもの」とおもってしまったり
だれかに言われたからやるという気持ちでは、
オナザリな掃除になってしまう。

本来の目的を見失うと、オナザリになるのは、掃除の話だけでは無い。

仕事は、本来、

お客様の価値を自分のスキルやノウハウで高め。
問題を自分のスキルやノウハウでクリアーにする為にある。

それらを提供することで、お客様が成長し、価値をそのお客さまがた与えるためにある。

と思っているのだが
そうと信じていないと、仕事がオナザリになる。
ひさびさに、小説を読んでいます。

小説には、その答えに至るために人が歩んだ決して真直ぐではない、それがすごく人間的な「路」を感じ、知ることができる、そんなエピソードが沢山含まれている。

その点においてビジネス書は、どこか合理的で、ストレートである。どっちが良いとか、悪いとかという意味は無いのだが・・・・・。

実際に人がモノをどのように感じて、判断して、行動をする過程は、どちらかというと、自然なのは、小説的であるのだ。ビジネス書の用に、その書いてあるようには、なかなかならないものなのだ。

日常における、集中度、情緒により、いとも簡単に、自分の意思がかわってしまう。影響力は、どんなに小さなことにでも潜んでいる。人は本来そういう優柔不断な部分を持ち合わせている。ビジネスのように、YESかNOで割り切れればいいのだけど・・・・

だから、なにかに心を奪われて、突き進んでいる時にでも、どこか心なかでは、本当にこれをしていいのだろうか?なんて気持ちが混在する。たまたま、心を奪われるものの存在が大きいだけのことだったりする、そのあたりの情緒を小説は照らしているように感じる。
クライアントが困っていると、すぐに飛んでいって救う。問題が起る前に対処する。転ばぬ先の杖ということわざがあるように、事前に相手のために失敗をしないようにいろいろと手を尽くす。

不安を取り除き、良い方向へと導く。

でも、本当のところは、それをやって良いのだろうか?と思うことがある。

当たり前と思ってしまうと、人間それが当然だと思う。
ホスピタリティは、ニーズの先読み。お困りになる可能性をあらかじめ取り除こうとする、静謐な、おもてなしの心がそこにはある。

期待を超えるサービスがあれば、人は感動し、その事を忘れない。口コミを増幅させる原動力である。

個別にお客様にユニークな対応をすること、これも、期待をこえる感動をクライアントに与えることになる。

感動を与えて、クライアントにファンになってもらうことはできる。ホスピタリティの基本はここにある。

しかし、ホスピタリティがクライアントにとって成長を促すものになるだるか?それは先ほどわき起こった疑問である。

クライアントを守ることは、リーダーしての役割だろう。しかし、まもられてばかりいると、自らが攻撃する力を失ってしまうことになる。

弱いときには、その盾となり、クライアントを守るナイトのような役割も大切だろう。しかし、盾に依存しすぎると、自らが強くなる機会を失う。つまりクライアントに成長をしてもらうことが重要だ、つまり強くなることだ。

究極のクライアントへの愛とは。

1.単に目先の楽しさ(快楽)を与える続けることは、長期的に見てはクライアントのためにはならない。テレビを見づづけると疲れる。後はなにも残らない。こんな快楽は、人を気分を低下させるだけだろう。

2.クライアントが素晴らしい成長を維持できるようすること。

3.困った時に自らが問題を解決できる道具をクライアントにはもってもらうことが大切だ。いつもいつも、助けることができるとは限らないし、優れた問題解決能力は人間性を豊にする。

4.問題を見つけ出す工夫をすること。
水面下で、人が言葉にしない心のそこで何を感じ、どう思ったのか?それを配慮することで、いままでみえなかったものが見え、いままで問題ではなかったことが問題であるとわかる時がくるはずだ。
中途半端な提案は、クライアントにとってそれをやる動機づけにはならない。
自分は○○の部分だけをやる立場だ、と思って提案してきた。全体をまとめる人にこの部分はお願いをしてと思っていた。

この状況では、クライアントがそれをしたいと思ったとしても、全体をまとめる役割に人がいないことには、僕が提案したことが実現できない、そのことを感じてしまうと、やりたいのだが、できない。そんな中途半端な
状況にクライアントを追いやって来たのかもしれない。

イノベーションは、新しいものやサービスを買ったからすぐに運用できるものでは無いのだ。新しいデジカメは、もはやイノベーションとは言えないのかもしれないが、10年前にくらべ、人が写真にもつイメージはあきらかに変わった。食事をする前に写真を撮ってブログにアップするなんて写真の新しい使い方なんてだれも考えもつかなかったに違いない。

そういう意味では、この写真に対する意味、イメージの違いは、イノベーションだという事が言えるだろう。それは、人の潜在的なニーズ(人とのつながりを求める)を満足させるための、物(デジカメ)、サービス(インターネット、SNS)が全て人を取りまく環境として、準備されていたからなし得たイノベーションということが言えるだろう。

これからの「モノ」創りは、この観点を無視しては、なし得ないだろう。クリエーターは、斬新なアイデアで「モノ」を創り出すかも知れない。
デザイナーは、それが導入されて、どんな良い効果を社会と人の及ぼすのかを考えデザインする。
そして、プロデューサーは、それの結果を実現させるためにいろんな人や団体に働きかける。
この本との出会いは衝撃的だった。僕が、とある宗教施設の演出プランをプレゼンしたときに、こんな質問をそこのオーナーにした。

「この施設に訪れた人に持ち帰ってもらいたい『こと』(意図)はどのようなものなのでしょうか?」

線香臭い、お決まりの答えが返ってくるのはと、ちょっと不謹慎な期待をしながら聞いた覚えがある。

でも、その答えは良い意味で期待を裏切るもだった。

そしてその答えは、すごく共感できるものだった。

「感謝」する気持ちを少しでも多くの人に解ってもらいたい。

というのが、オーナーの答えだった。

かねてから、『もう、不満は言わない』ウィル・ボウエン著という本を読んで、不満を言わない→感謝する気持ちを育てることだと考えていた僕は、すかさず、カバンの中にあった本をそのオーナーに見せて話をした。

オーナーもその話を共感していただき、その本を購入して読むことになった。

そのお返しでオーナーから教えてもらったのがこの本『大河の一滴』である。(本の感想はまたいたします。)

本日、読了して、改めて本との出会い、そして人との出会いに感謝せずにはいられない。そんな心境です。

そして、本来の提案以外に、こんなオフォーをいただくことができた。

「施設の余っている空間を利用して訪れた人達にもっとアクティブに『感謝』することの気持ちが伝わる展示を提案して欲しい」

目下、その内容をプランニング中である。
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