渡辺繁一のブログ -20ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する



友人が進める営業の方法を試してみようかと思う。

自分がそれは、ムダだと思うことでも、他人から進められると一応は試してみる。

他人を尊重することは必要だと思う。
本当のところは、友達との関係性を崩したく無い気持ちなのだろか?
それとも、すこしでも売上げを上げたいという自分のエゴだろうか?

正直に自分の気持ちを考えてみる

しかしながら私は、お客様に無理をして買っていただくことはしたくない。
喜んでいただくことが大事だと考えている。それ、一時それが好きだとか
一時的な好きだとか、だれが持っているからとか、優越感を満足させるためのものは、買った時暫くは満足感を得るが、長続きはしないものなのだ。
買った時は喜びを感じるが、それだけだ。
僕がお客様に与えたい印象は
金額の大小に関係なく。
本当にそれを使ってよかった。
ためになった。
ワクワクする。
将来に希望を感じる。
有意義な価値を価値を感じる
嘘が無い。
期待以上だ。
と事を感じて欲しいと思っている。だからこそ悩んでいる。
「あんた、そんなこと言ってる場合か?
もっときちんと売り上げの事を考えないと」と心の中で別の自分が叫ぶ声がする。
でも、今の状態を冷静な視線で俯瞰してみると。
物やサービスが売れないからこそ、今、これだけいろんなことを考えることがリアルにできていることは、ギフトなのではないだろうか?
考える事は大事だ、でも本気でその状況で考えないと真実は得られない。
もし、沢山ものやサービスが売れていて順風満帆な状態だったら・・・・
今の自分だったら、その状態を楽しみ、感謝するだろう。

しかし、落とし穴がある、人には奢りが生まれてしまう。
それは真実を見る目を失うことになる。
的外れな戦略を思いつく、自分の(まちがった真実では無い)直感を信用する。
その結果、誤った進路を進んでしまうのだ。

何故売れているのか?
これからもっと売るためにはどうすれば良いのだろうか?
お客様は本当に喜んでいただいているのだろうか?
真実を見ないと正しく、謙虚な、
そして大事な視線が無くなってしまうことだろう。
うまくいってる時は、悪くなることを想定することが難しくなる。
それは、気持ちが変わってしまうからだ。

そういう意味で悩み事は、問題解決以上のすばらしいアイデアを私に提供してくれる。
と考えると、悩みことも、まんざらでも無いと思えてくるのだ。
夜更かしして、今日は春の夜の風を感じながらもう少し悩んでみよう。


見えないものをより見やすくこと、それは人に大きな価値を生み出す。
今はやりの「見える化」がそれなのだ。
見える化の効果は大きい、体重を減らすのが目的なのであれば、体重を測らないと体重がいくら減ったのかを見ることが出来ない。
食事、運動、気合いなど、なんでもいい。体重を減らす行動をとって、
それが効果に現れたことがわかる、すなわち結果がでた。
そのことで、体重を減らす行動をもっと起こす気持ちを強化させることができる。

世に中には、結果が見えないものが多いと思っているかも知れない。
でも、進んでそれを見る努力、見る感性を育てることで、自分の行った行為が
行動が、どういった効果、結果を生みだしているのかを見ていくことができる。

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ひとりで仕事の旅に出かけたとき、携えていたテープレコーダーに偶然入っていたわが家の生活の音や声を聴いて驚いた経験がある、まるで、失ったものが遠い記憶の中でとつぜん蘇ったのを聴くような気持ちがした、すでにそういう平凡な幸せを失ってしまって、二度と戻ってこないような思いに襲われた、人はひとりになったときに、かつてその中にいたときには、煩わしく思うことの多かった家庭生活の幸せに、はじめて気がつくものらしい。
 『心にのこる言葉』 小野寺 健 著
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見えるということは、気づくということ。
気づくこと・・・・それが人の成長につながる。


心にのこる言葉 ベストコレクション162 (ちくま文庫)/筑摩書房

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今の自分は客観的に見て、うまくいってないというジャンルに属していると思います。
それには、それなりの理由があると思います。
億万長者が億万長者であるように、貧乏人には、貧乏である理由があると思います。
そのことが最近ですが、少しわかるような気がしてきました。
そのことが解るのは、今、自分がどん底な状態だからなのかも知れません。

中途半端にお金があると、お金持ちの(気持ちだけ)味あう、
ちょっと背伸びをしてみる、など、いろんなちょっとした冒険をしてしまうものなのです。
それは、本でも書いてあるように、ある意味では正解であり、ある意味では不正解のなのです。
自分に足らないものを埋め合わせるために、自分を強く見せようとするために、
お金持ちがもっている装飾品を身につけるのは、大衆心理、マーケティング、ブランディングの罠にまんまと
引っかかっているのです。

この考えでお金持ちの気持ちだけ味あう、ちょっと背伸びをしてみるのであれば、
消費しているだけ、もったい無いだけなのです。

お金持ちにもう既になった人の立場からすると、
近道として見えていることが、そうでは無い人の立場からはそうとは見えない。
あるいは見えたとしても、その見え方は、自分の間違った、嘘の願望の投影でしかないのです。
願望は現実化するそれは、正しい、本当の真実の願望を持った場合にそうなるのです。

これだけ苦労しているのだから報われるだろう。
この話が、僕を新しい世界に連れて行ってくれるのではないか?
投資の話は、不安をなくす、楽しい刺激を与えてくれる。
今までの自分は間違っていた、これで変わるんだ。
主婦でも、学生でもそれだけ、簡単に稼いでいる。
良いはなし、楽をして儲ける話は沢山あります。
その通りに言われたことをきちんとやっていれば、儲かる話も沢山あると思います。
僕が多分勉強不足で解らないだけですが。

この発想は、白馬の王子様が自分を助けにやっいてるんだぞ症候群になっていて、
自分でハンドルを握らず、第三者にそれを委ねる、自分を信用していない。
信じるものは救われる。そんな発想。

ちょっと困ると今は、それを助けてくれる人やサービスが沢山ある。
我慢が出来ない。また、我慢が美徳だという時代が終わったという事をいう人もいる。
苦しみを避けることが、ビジネスになり、
不安を解決することが、仕事になる時代。
怖いのは、自分で考えず、ちょっと困った事が、お金で解決できるようになってしまったこと。
自分でハンドルを握らずに、お金を出してもうまく行くはずが無い。
苦しみや、不安は、お金だけで解決できない。
それが必要だと(だれかに)思わされいるだけなのだが、
そうしないといけないと思うわけの解らない「常識」の魔法にかけられていてる
人があまりにも多いのだ。

そんな話は全部「嘘」
真実は違うのだ。

いろんな人脈があっても、それが、今一役に立っていないと感じる。
いろんなセミナーでスキルをおぼえるが、実際の仕事では、活用されない。
現実的にそれが利用できるのは、その話を知識があるということを人に喋る時であるとか。
それでは、学んだこと、活用できるということにはならないのです。

クロールのしかたを本で読んでも、一度もプールで水につかった事の無い人は
プールに入っていきなりクロールができるでしょうか?

セミナーとはこんなものなのです。
覚える一番効果的な方法はなんでしょう?

それは、実践経験なのです。
億万長者になる方法は、沢山の本が出ています。
全部、水の中に入らずにクロールの仕方を書いてある。
本ですから、そうですよね、水の中で読むと濡れて読めない。
そんなこと簡単だよ。
そんなこと誰でもやっている。
簡単なことをする、簡単だからなめてかからずにきちんとそれをする。
それをすると自分が将来どんな成長をするのか、解っているものなのだが・・・
日々それが効果や、結果に結びつきにくい。
だから、飽きてしまう・・・・・・

日常でそれをしないと不自由なことが事があると、それを習慣化し、そのことが身に付くものなのです。
お金についてはそれが大きく左右します。
感謝とは目に見えない、空気も目に見えない、
両方目に見えないし、あたりまえ過ぎて透明化してしまっているのです。
例えば、本当に感動し、感謝の気持ちを伝えなかったら、あなたの吸う酸素の量を半分にする。
そんな決まりができたら、あなたは感謝しなくては生きていくことができなくなるのです。

生きるか死ぬかのレベルで考えると極端ですが、真剣度が増すのです。
日常は、ある意味では、ぬるま湯なのです。
別に感謝しなくても、夢を持たなくても
死ぬことは無いのです。
『夜と霧』の作家であり心理学者のV・Eフランクル氏はナチスドイツの強制収容所で生き抜いた人だ。
心理学というレンズを通して、収容所の凄まじい人間の心理を描いている。そして、いかに、人間が感情によって影響されるものなのかを本の中で書いている。

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医長によると、この収容所は1944年のクリスマスと1945年の新年の間の週に、かつて無いほど大量に死者をだしたのだ。これは、医長の見解によると、過酷さをました労働条件からも、悪化した食料事情からも気候の変化からも、あるいは新たに広まった伝染病からも説明がつかない。むしろこの大量死の原因は、多くの収容者が、クリスマスには家に帰れるという、ありきたりの素朴な希望にすがっていたことに求められるというのだ。クリスマスの季節は近づいても、収容所の新聞はいっこうに元気のでるような記事を載せないので、被収容者たちは一般的な落胆と失望にうちひしがれたのであり、それが抵抗力におよぼす危険な作用が、この時期の大量死となってあらわれたのだ。
 すでに述べたように、矯正収容所の人間を精神的に奮い立たせるには、まず未来に目的をもたせなければならなかった。
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日常はもちろんこんな世界とはことなるのだが、
未来に目的をもたないのは、生きながらにして死んでいるようなものなのだ。
「なぜ生きるのかを知っている者は、そのどのように生きることにも絶える」 ニーチェ
小さいときからなんでもできる子がそのまま大人になっても、意外と評価されません。優等生って、あんまり個性ないでしょ?
でも、欠点のある人がそれを克服しようと思って試行錯誤していると。それが個性として伸びていくから、独特のキャラクターが生まれてくんですね。

『ダメなときほど運はたまる』萩本欽一

この本は、衝撃でしたね・・・ほんと、目から鱗、というのは、萩本さんの実践的な考え、人の育て方、書かれている。

ビジネス書では、もっと偉大な人が沢山の本をだしていて、立派な話が沢山聞くことができるが、理論的であったり、素晴らしすぎたりして、頭にシューワーとイメージを描くことができない。
難しい話は、大学の講義をきいたように記憶に残ってしまうので、自分の中に落とし込むのが難しく、時間もかかかる。

この本は、ほんとに日常的な出来事を書いてある。その普通の日常から、萩本さんがその出来事をどうとらえたのかが、垣間みれる。

自分が解っていることを伝えるには、そのことをその通りに伝えるだけではダメなんだなぁということがよくわかる。

関根勉さんが、萩本さんにあったとき、彼は既にデビューしていたのだが、ぜんぜん売れてなかった。
本文から
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『欽ちゃんのドンとやってみよう!』で彼にちょっと損な役回りをしてもらいました。リハーサルのとき僕の代役をやってもらったんです。自分でやってると、他の出演者に的確な指示が抱けないでしょう。だから僕の代役を関根にやらせて、「出演者にここはこうしたほうがいい」と言ったり、ときには怒ったりしました。
 関根にとっては、なんの得にもなりませんよね。僕は関根に指示をださないし、直接教えることはしなかったから。でもね、関根は文句も言わずこの役をこなしながら、しっかり勉強してたのです。
 (中略)
のちに関根がこう言うのをきいて、びっくりしました。
「大将は、僕になにも教えてくれなかったけど『欽ドン』のリハーサルで代役をやらせてもらったことが最高にたくに立ったんです。大将が人に言うことを聞いていたら、大将の考えがす~っと頭に入ってきた。自分が言われたんじゃなく、他人に言うことを傍らで聞いていたから冷静に受け止められたんだと思う。それが僕の芸になったんです」
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この文章を読んだら本当に頭のなかにリアルにスタジオの中で、出演者達が熱心に収録前のリハーサルをしている緊迫感と、リアリティが伝わるようなのです。
関根さんの後日語った話から、萩本氏への愛情を感じ、感情をともなう理解の仕方がいかに実践的でだいじなのかを改めて感じるのでした。



ダメなときほど運はたまる ~だれでも「運のいい人」になれる50のヒント~ (廣済堂新書)/廣済堂出版

¥840
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巨大プロジェクトは、一度に数100人の人々が混乱せず、合理的に最大限の仕事を安全におこなう必要がある。ゼネコン、サブコン、設計事務所、コンサルがいて、施主がいる、建物(ハード)を合理的に完成させるには良い形なのかも知れないけど、その計画は、あくまでも建物を作るためのものである。

事業主の夢、施設のあり方、来たお客様に対してのベネフィットなどを計画しているのでは無いという事を最近すごく意識しています。

通常、技術的な専門業者には、エージェント(代理店)がはいり、導入するための方向性と目的をハンドリングして、プレゼンして、導入計画になる、という流れなのですが、施設の使われ方は、検討するが、時系列的にみての検討、将来、未来を見越すとその設備の陳腐化を検討したり、また、使うことによって、新しい価値を施設が生み出す可能性があることをもっと積極的に伝えないといけない、専門業者としての「義務」がありのでは無いかと思うことがあるのです。

もちろん、専門的な話は業界が異なると解りにくいと思います。だから説明しないというのは、義務の放棄であり、詐欺なのです。

導入する機材、例え10円の部品であっても、事業主にとって「ムダ」なものを提案してはいけないです。

メンテナンスは、何が目的か?業者が継続的な売上げのめどを立てるためのものでは無いのです。それをしないと機材が故障し、運営に支障がでる、その結果、来場した人に対して不利益を生じさせたり、施設を好きになってもらう機会を失うことになるから、それをしているのです。

売上げを上げることが目的になっていまうと、真実が見えなくなるのです。

説明は、相手の世界観でわかるようにする必要があるでしょう。それの必要性、ご理性、それをデザインした理由など、これが全て、事業の目的をサポートすることにつながっている事が大事なのです。また、そのことが事業主に正確に伝わることで、新しい価値を創造するための方法、考え方が創り出されると信じています。

説明することで、事業主様が理解すると、今度は本当はこんなことを望んでいる。
結果的にはこういう形が施設が有るべき姿なのだということがお互いの認識としてわかるようになってくると。専門業者も今までこれが必要だと思い込んでいたものが全く必要なもので無いということに気づくことができたり、手薄な箇所がわかったりするのです。本当のリスクが見えるとでも言うのでしょうか?その凸凹を旨く調整することが、最適化につながり、設備の本来の目的を明確にすることが出来るのです。